13.神隠し
ギルドの重い扉を抜け、朝の喧騒が戻ってきた広場の片隅で足を止める。
手にした依頼書には、『旧市街の仕立て屋:三日前から行方不明になった見習いの捜索』とだけ簡潔に記されていた。
「さて、どう動くべきか……」
思考を巡らせながら、現実世界で人が消えた際のセオリーをいくつか頭の中に並べてみる。
一つは、監視カメラや交通機関の利用履歴といったデジタルな痕跡を追う方法。
二つ目は、SNSや通信記録から交友関係を洗い出す方法。
三つ目は、生活圏や最後に目撃された場所を丹念に聞き込む方法だ。
だが、ここは中世ファンタジーを下敷きにした『SecondLifeEndPoint』の世界。
街角に監視カメラなどなく、スマートフォンに類する通信機器も存在しない。
魔法的な追跡スキルを持つ職業や、情報屋の手を借りる選択肢もあるが、まずは自分の足で一次情報を拾い集めるのが筋というものだろう。
「結局のところ、現場での聞き込みに勝るものはない、か」
依頼書に記された住所を頼りに、旧市街へと足を向けた。
旧市街は、真新しい大通りとは対照的に、入り組んだ石畳と年季の入ったレンガ造りの建物がひしめくエリアだった。
朝市が立っているのか、通りには商人たちの活気ある声と、買い出しに歩く人々の熱気が満ちている。
だが、目的の仕立て屋『銀の針』の前に立つと、そこだけが周囲の賑わいから切り離されたように静まり返っていた。
重厚な木製の扉には、「本日休業」と書かれた古びた看板がぶら下がっている。
「……休みか。タイミングが悪かったな」
出直すべきかとも考えたが、依頼が出ている以上、店主が中にいる可能性は十分にある。
軽く息を吐き、駄目元で真鍮の取っ手に手をかけた。
カチャリと小さな音が響き、鍵のかかっていない扉が、思いのほかあっさりと内側へ開く。
「失礼する。ギルドの依頼を見て来たのだが」
薄暗い店内には、色とりどりの反物と縫いかけの衣服が所狭しと並んでいた。
染料と古い布の匂いが鼻をくすぐる。
声をかけると、奥の作業場から布の擦れる音とともに、初老の男性が姿を現した。
疲労の色が濃く滲んだ顔には、深い皺が刻まれている。
「おお……冒険者の方ですか。休業の看板を出したままで申し訳ない」
主人は慌てた様子でカウンター越しに頭を下げた。
「その、見習いの件ですね。どうかあの子を見つけてやってくだされ」
「事情を聞かせてもらえるだろうか。三日前から行方不明とあったが」
「はい……。先月から雇い入れたばかりの、真面目で手先の器用な女の子だったんです。それが三日前の朝、いつもの時間になっても店に来ず……心配になってアパートへ向かったのですが、留守でした。荷物もそのまま、書き置き一つ残さずにです。あの子に限って、無断でいなくなるなんて考えられない」
主人の声はかすかに震え、両手はカウンターの縁に縋るように強く握られていた。
その瞳の奥に見える焦りと悲しみは、あらかじめ用意されたデータとは到底思えないほど生々しい。
瞳孔の細かな揺れ、浅い呼吸、言葉の端々に滲む感情の機微――そのすべてがゲーム内のAIによってリアルタイムに生成されているという事実に、静かな感動を覚えずにはいられなかった。
彼らは、ただの「村人A」ではない。この世界で確かに生きている一人の人間なのだ。
「なるほど。最後に彼女を見た時の様子で、何か変わったことはなかったか? トラブルに巻き込まれていたとか」
「いえ、思い当たることは何も……。ただ、最近は少し寝不足のようでした。『夜中に変な物音がする』と、こぼしていたことはありましたが」
顎に手を当て、聞いた情報を頭の中で整理する。
「分かった。彼女の住んでいたアパートの場所を教えてくれ」
「旧市街の北端、古井戸の近くにある『蔦の葉亭』という集合住宅です。どうか、よろしくお願いします」
深く頭を下げる主人を後に、仕立て屋を出る。
教えられた住所へ向かうにつれ、通りの喧騒は少しずつ遠のいていった。
旧市街の北端は日差しの届きにくい入り組んだ路地が多く、湿った苔の匂いが漂っている。
目的の『蔦の葉亭』は、その名の通り厚い蔦に外壁を覆われた、古めかしい三階建ての集合住宅だった。
中庭に足を踏み入れると、不自然なほどの静けさが耳を打った。
集合住宅であるにもかかわらず、生活の物音がまるで聞こえてこない。
窓辺に干された洗濯物もまばらで、空き家のような冷たい空気が漂っていた。
これが辺鄙な土地や、何か曰くのある場所ならまだわかる。
だがここは首都であり、先ほどまでの賑やかな通りからもさほど離れていない。
雰囲気だけで敬遠されるにしては立地は悪くないし、ここまでの道中で見た似たような集合住宅には、人が暮らしている気配がしっかりとあった。
どう動くべきか考えながら、見習いの部屋があるという二階の廊下を見上げていると、背後からカツカツという足音が近づいてきた。
振り返ると、買い物籠を提げた中年の女性が、いぶかしげな視線をこちらへ向けていた。
ユニンとしての長身と真っ白なコートは、このうらぶれた路地では嫌でも目立つのだろう。
不審者と思われたままでは印象も悪い。
ここは素直に、この女性へ失踪の件を尋ねてみることにする。
「少しお尋ねしたい。このアパートに住んでいる仕立て屋の見習いを探しているのだが、最近彼女を見かけなかっただろうか?」
威圧感を与えないよう、できる限り柔らかい声で問いかけた。
女性は一度周囲を確かめるように視線を巡らせ、それから声をひそめる。
「あの子なら、三日前の夜から見てないよ。でもね、お兄さん……いなくなったのはあの子だけじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「ここ一週間で、このアパートの住人が三人もふらりといなくなっちまったんだよ。夜逃げかとも思ったけど、荷物は残ったままだって大家が言ってた。それに……」
女性はさらに身を寄せ、顔を近づけてきた。
「消えてる人間がいるのは、ここだけじゃない。隣の区画でも、そのまた向こうでも、ポツポツと人がいなくなってるって噂だよ。まるで、神隠しにでも遭ったみたいにね」
「神隠し……」
「あんたも冒険者なら、夜の路地裏には気をつけな。何が潜んでるか分かったもんじゃないからね」
それだけ言い残すと、女性は足早に自室へと戻っていった。
一人残された中庭で腕を組み、静かに息を吐く。
最初はランクEのクエストということもあり、単なる家出か、些細なトラブルだろうと踏んでいた。
だが、複数の場所で同時多発的に人が消えているとなれば話が違ってくる。
これは、ただの「人探し」で片づくような依頼ではない。
もっと大きな筋書き、あるいはこの街の裏で蠢く何かに繋がっているクエストへと発展している可能性が高かった。
「予想外に長くなりそうだな……」
見習いが住んでいたという二階の扉を、私はもう一度見上げた。




