8.冒険者ライセンス
指定された5番窓口に近づくと、先ほど入り口で応対してくれた女性とどこか雰囲気の似た、きっちりとした制服姿の受付嬢がカウンター越しに微笑んだ。
「冒険者になるためのライセンスの取得で、お間違いないでしょうか」
「ああ。お願いする」
「かしこまりました。では、こちらの書類に必要事項をご記入ください。記入が終わりましたら、窓口の隣に設置されているポストへ投函をお願いいたします」
カウンターの下から一枚の羊皮紙とインク壺付きのペンを取り出し、こちらへ滑らせてくる。
「投函後、こちらで審査をさせていただきます。問題がなければ自動的にライセンスが有効となり、お客様のメニュー欄に『冒険者ライセンス』の項目が追加されますので、そちらでご確認ください。審査にはおおよそ六時間程度かかりますので、その前後にご確認いただければと存じます。なお、記入用のデスクはあちらになります」
「わかった。ありがとう」
羊皮紙とペンを手に、少し離れた壁際のマホガニー調の記入台へと向かう。
剣と魔法の世界における冒険者登録という、いかにもファンタジーらしい響きの手続きでありながら、その実態は「メニューに自動追加される」という無機質でシステマチックなものだ。
そのちぐはぐさに、内心で小さく息をついた。
デスクに羊皮紙を広げ、視線を落とす。
記入欄は名前、性別、生年月日といった基本情報から始まり、現在のジョブ、ステータスと続き、一番下には『IS』とだけ記された、説明のない欄が設けられていた。
「ステータス、か」
そういえば、先ほどチュートリアルでアイテムを拾った際、視界の端にプロフィールらしき項目が見えていたことを思い出す。
虚空に指を滑らせ、青白く発光する半透明のウィンドウを呼び出す。
『プロフィール』の項目に触れると、現在の自分に関する詳細な情報が一覧となって展開された。
生年月日の欄には、現実世界の西暦とは異なる、見慣れない暦の表記があった。
おそらく、この世界独自の暦なのだろう。
正誤を確かめる術はないが、システム側が算出した値なら、そのまま書き写せば問題ないはずだ。
だが、項目を目で追っていくうち、ふとペン先が止まった。
「……そういえば、レベルの記載がないな」
RPGにおいて基本中の基本とも言える「レベル」の概念が、どこにも見当たらない。
しかも、書類に記載されていた『IS』という項目は、プロフィール画面にも存在しており、そこはぽっかりと空欄のままだった。
「シエル。少し聞きたいんだが」
虚空へ向けて声をかけると、ポンッと軽い音が弾け、光の粒子の中からチュートリアル妖精が姿を見せた。
「レベルが存在しない理由と、この『IS』という項目について教えてもらえるか?」
「はい、もちろんです!」
シエルは宙でふわりと一回転し、小さな胸を張って答え始める。
「まずレベルについてですが、この世界にはそもそもレベルという概念がございません! 理由といたしましては、この世界では『戦うこと』だけがメインではないからです。もしレベルが存在してしまうと、戦闘職ではない生産職や商人の方がレベルを上げられないという状況が発生してしまいますよね?」
「なるほど……」
「ですから、代わりに『熟練度』が存在するんです! あらゆる行動で熟練度が上がり、それによって入手したスキルポイントを消費して、好みのスキルツリーを伸ばしていく。そうすることで、唯一無二のユニークなご自身が出来上がっていくというシステムになっています!」
顎に手を当て、深く頷く。
どのような生き方を選んでも、それが正当に評価される。
誰もが対等に挑戦できる土台としては、これ以上なく理にかなった設計だ。
戦うことを強いられず、自分の役割に専念できるのなら、国家運営という選択肢も十分に現実的な道になり得る。
「また、ISについてですが、これはこの世界に存在する極めて独特なスキルの略称です!」
シエルが小さな人差し指をぴんと立てた。
「一般的なスキルツリーとは完全に切り離されたもので、特定のシナリオをクリアしたり、特定の行動をとったりすることで獲得できるユニークスキル……それが『インディペンデンス・スキル』、通称ISとなります! 説明は以上です!」
「ありがとう、助かった」
「いえいえー! ではでは!」
シエルは元気よく手を振ると、再び光の粒子となって消えていった。
IS――インディペンデンス・スキル。
わざわざ独立した枠として扱われているということは、それだけ強力か、あるいは特殊な性質を持つ証なのだろう。
二つと同じものが存在しないユニークな代物だからこそ、特別な項目が用意されているに違いない。
今は空欄でも、いずれ何らかの形で手にする機会が訪れるはずだ。
思考を切り上げ、ペン先を走らせる。
カリカリと羊皮紙を擦る音だけが、静かな空間に規則正しく響いた。
必要事項をすべて記入し終え、指定された木製のポストへ書類を差し入れる。コトン、と乾いた音を立てて底へ落ちていった。
これで、ライセンスが発行されるまでおよそ六時間。
クエストを受けられない以上、この場に長居する理由はない。
それに、ここは市役所さながらの規律に貫かれ、あまりにも静かすぎる。
求めていたような、生々しい噂話やプレイヤーたちの実感の伴った情報を拾い集めるには、明らかに不向きな場所だった。
次に向かうべきは、もっと雑多で、人々の熱気が渦を巻く場所だ。
重厚な扉を押し開け、私は再び喧騒に満ちた首都ノヴァ・パトリアの街へと踏み出した。
珍しく後書きを書こうと思います。
今のところ展開としてはあまり進んでおりませんが、のんびりとみていただければと思います!
(一応、この後からは少し進めていこうかなとは思いますものの、世界観の説明などが多くなる都合上、遅いことについてはご理解いただればと…!)
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