最終話 続いていく。これから先も。
水曜日。
夜。
真昼は、ソファへ座ったままぼんやりテレビを眺めていた。
内容は頭へ入っていない。
加湿器。
冷蔵庫。
味噌汁の匂い。
時々鳴る床板。
ミシ。
その方が、
もうずっと身体へ馴染んでいる。
会社では、
異動の話が少し話題になっていた。
「佐伯さん残るんだ」
「もう山形慣れた?」
「東京戻りたくないの?」
真昼は曖昧に笑って、
適当に返していた。
でも。
本当は。
“山形”
じゃない。
二〇三号室だった。
真昼はぼんやり天井を見る。
点検口。
見えない気配。
その向こうに、
誰かがいる。
普通じゃない。
分かっている。
でも。
最近ではもう、
その異常さを考える時間自体が減っていた。
その時。
上から、小さく咳が鳴る。
ゴホ。
真昼は反射的に顔を上げる。
「……また咳してますよ」
少し間。
「……大丈夫なので」
低い声。
真昼は小さく息を吐く。
最近。
こういうやり取りが、
本当に自然になっている。
心配して。
返事があって。
生活が続く。
真昼はゆっくりソファへ身体を沈めた。
外では、
誰かの笑い声が聞こえる。
車が通る。
遠くで犬が鳴く。
生活音。
でも。
その全部が、
少し遠い。
二〇三号室だけが、
静かだった。
暖かかった。
真昼はぼんやり天井を見る。
その時。
ふいに気づく。
最近。
もう、
“帰りたい”
と思う場所が一つしかない。
仕事で疲れた時。
雨の日。
朝。
夜。
全部。
頭へ浮かぶのは、
この部屋だけだった。
味噌汁。
加湿器。
ミシ。
小さい生活音。
真昼はゆっくり目を閉じる。
上で、小さく床板が鳴る。
ミシ。
返事みたいな音。
真昼はその音を聞きながら、
静かに息を吐いた。
部屋は暖かかった。
生活音は小さかった。
そして。
その静かな生活だけが、
これからも続いていく気がした。
「マヒルの生活」終わり




