三浦について
俺は、音で生活を見ている。
昔からそうだった。
足音。
鍵。
咳。
鍋。
水道。
洗濯機。
人は、
思っているより色んな音を出して生きている。
だから。
静かすぎる部屋は分かる。
ああ、
もう生活が止まりかけてるんだな、と。
佐伯真昼の部屋も、
最初はかなり静かだった。
帰宅。
コンビニ袋。
袋の音。
それから長い沈黙。
風呂も入らない。
食器も鳴らない。
洗濯機も回らない。
夜中に少しだけ動いて。
また静かになる。
あの部屋は、
音が薄かった。
だから最初は、
少し気になった。
本当に、それだけだった。
味噌汁を置いた日。
下の部屋は、
かなり長い間静かだった。
見ているんだろうと思った。
知らない鍋。
知らない匂い。
怖かったんだと思う。
でも。
しばらくして。
小さい食器の音がした。
スプーン。
椀。
それから。
少しだけ呼吸が落ち着く音。
俺は、
そこで少し息を吐いた。
食べた。
それだけで、
妙に安心した。
そこからだった。
生活音が、
少しずつ増えていった。
洗濯機。
風呂。
鍋。
独り言。
最近は、
笑う音も少し増えた。
下で生活が回っている。
それを聞いていると、
少し落ち着く。
別に。
会いたいわけじゃない。
触りたいわけでもない。
ただ。
生活が止まっていない音を聞いていると、
少し安心する。
昔。
俺の部屋にも、
もっと音があった気がする。
でも。
もうほとんど覚えていない。
だから今は、
二〇三号室の音ばかり聞いている。
佐伯真昼は、
最近よく天井を見る。
最初は、
かなり怖がっていた。
当然だと思った。
でも。
最近は違う。
確認みたいに見上げる。
いるか。
静かすぎないか。
音があるか。
そういう見方になった。
停電の日。
下の部屋は、
かなり静かだった。
冷蔵庫も。
加湿器も。
全部止まっていた。
雨の音だけ。
暗い部屋。
それから。
「……いますよね」
小さい声。
俺は、
少しだけ迷った。
返事をしない方がいい気がした。
このまま、
静かに離れた方がいい気もした。
でも。
かなり長い沈黙のあと。
俺は、
小さく床板を鳴らした。
ミシ。
すると。
下で、
少し呼吸が落ち着く音がした。
俺は、
その音を覚えている。
消えた数日。
管理会社が来ていた。
だから別の空き部屋へ移った。
見つかるわけにはいかなかった。
でも。
かなり静かだった。
下の生活音が聞こえない。
鍋も。
洗濯機も。
咳も。
何もない。
俺は、
妙に落ち着かなかった。
だから戻った。
夜。
下の部屋から、
小さい声がした。
「……いたんですね」
俺は、
その声を聞いた瞬間。
少しだけ安心してしまった。
駄目だと思った。
本当に。
でも。
もう遅かった。
最近。
佐伯真昼は、
帰宅すると呼吸が落ち着く。
ドア。
靴。
ソファ。
加湿器。
それから。
ゆっくり静かになる。
俺は、
その音を聞いている。
下で、
生活が続いている。
それだけで、
少し安心する。
今日も。
鍵の音がした。
階段。
ドア。
暖かい空気。
「……ただいま」
俺は、
小さく床板を鳴らす。
ミシ。
すると。
下で、
少し呼吸が落ち着く音がした。
暗い天井裏で。
俺は、
静かに目を閉じた。




