第49話 戻るべき場所
日曜日。
夜。
真昼は、珍しく何もせずにキッチンへ立っていた。
味噌汁の湯気。
静かな加湿器。
冷蔵庫。
その全部を聞きながら、
ぼんやり鍋を見ている。
最近。
こういう時間が増えた。
何かを考えているわけじゃない。
でも。
二〇三号室の空気へ身体を置いているだけで、
少し落ち着く。
真昼は味噌汁を器へよそい、
そのままテーブルへ置いた。
二つ。
もう。
迷いなく。
真昼はそこで少し止まる。
最初は、
自分でも驚いていた。
でも最近では、
二つ並んでいる方が自然に感じる。
その時。
上で、小さく床板が鳴る。
ミシ。
真昼はぼんやり天井を見る。
「……できましたよ」
言ってから、
少しだけ止まる。
最近。
“報告”
じゃなくなっている。
普通に話している。
生活の中で。
上は静かだった。
少しして。
「……ありがとうございます」
低い声。
真昼はそこで、
小さく目を閉じた。
ありがとう。
最近。
三浦のそういう言葉へ、
妙に安心してしまう。
真昼はソファへ座り込み、
味噌汁へ口をつける。
暖かい。
静かな部屋。
ミシ。
加湿器。
小さい生活音。
その全部の中で。
真昼はふと気づく。
最近。
東京の部屋を、
ほとんど思い出さなくなっている。
家具。
駅。
通勤路。
コンビニ。
昔は確かに、
そこで生活していたはずなのに。
今はもう、
輪郭が少し曖昧だ。
代わりに。
二〇三号室の空気だけが、
妙にはっきり身体へ残っている。
その時。
スマホが震えた。
上司。
『明日、午前中で返事もらえると助かる』
真昼は画面を見つめたまま止まる。
明日。
もう。
本当に。
決めなければいけない。
東京へ戻るか。
このままここで生活するか。
真昼はゆっくりスマホを伏せた。
返事は打たない。
その瞬間。
上で、小さく床板が鳴る。
ミシ。
真昼はそこで、
ほとんど反射みたいに肩の力を抜いた。
最近。
何かを決めようとするたび。
この音だけが、
静かに思考を止めてしまう。
真昼は味噌汁を飲みながら、
ぼんやり天井を見る。
静かな部屋。
暖かい空気。
生活音。
その全部が、
もう“普通”みたいに身体へ馴染んでいる。
だから。
真昼は最近、
分からなくなっていた。
戻るべき場所が、
どちらなのか。




