第41話 保留
土曜日。
朝から、部屋は静かだった。
加湿器の音。
冷蔵庫。
外の車。
そして。
時々鳴る、小さい床板の軋み。
ミシ。
真昼はソファへ座ったまま、
ぼんやりその音を聞いていた。
最近。
休日になると、
時間の感覚が曖昧になる。
外へ出ない。
誰とも会わない。
ただ。
二〇三号室で生活音を聞いている。
それだけで、
一日が終わる。
その時。
スマホが震えた。
母親。
『異動の件どうなった?』
真昼は画面を見つめたまま止まる。
返事を書こうとして。
やめる。
まだ決めてない。
そう送ればいいだけなのに。
言葉にした瞬間、
何かが現実になりそうだった。
真昼はスマホを伏せる。
その時。
上で、小さく床板が鳴った。
ミシ。
真昼はゆっくり天井を見る。
「……最近、ずっと保留ですね」
言ってから、
自分で少し驚く。
まるで。
相談しているみたいだった。
上は静かだった。
数秒。
長い沈黙。
それから。
「……ここ、静かなので」
低い声。
真昼は何も言えなかった。
また、それだ。
三浦は、
ずっと生活の話しかしていない。
便利とか。
好きとか。
戻らないでほしいとか。
そういうことは言わない。
ただ。
静か。
暖かい。
生活できる。
それだけ。
でも。
真昼は最近、
その基準へ少しずつ引きずられている。
真昼はソファへ深く沈み込む。
静かな部屋。
味噌汁の匂い。
加湿器。
ミシ。
外では、
誰かが車のドアを閉める音がした。
遠い。
その音だけ、
妙に遠く感じる。
真昼はぼんやり天井を見る。
そして。
ふと気づく。
最近。
この部屋にいる時だけ、
ちゃんと息ができている気がする。




