第36話 帰る場所がある
月曜日。
朝。
真昼は、加湿器の水を替える夢を見て目が覚めた。
ぼんやりしたまま天井を見る。
数秒後。
ミシ。
小さい音。
真昼はそこで、ゆっくり目を閉じた。
最近。
夢の中にも、
二〇三号室の生活音が混ざり始めている。
会社。
午前。
真昼は会議中、何度もスマホを見そうになっていた。
もちろん、
連絡なんて来ない。
来るはずがない。
でも。
気づけば、
帰宅時間ばかり考えている。
真昼は資料へ視線を戻し、小さく息を吐いた。
周囲の声が遠い。
異動の話。
来月の予定。
飲み会。
全部。
少し遠く感じる。
昼休み。
同期が笑いながら言った。
「佐伯さん最近、仕事終わったらすぐ帰るよね」
真昼は少し止まる。
「あー……まあ」
「前はもっとフラフラしてなかった?」
真昼は曖昧に笑った。
「最近ちょっと疲れるので」
嘘ではない。
でも。
本当は違う。
真昼はそこで、ふと気づく。
最近。
“帰る場所がある”
感覚が強い。
だから。
外で時間を潰さなくなった。
会社帰りのコンビニ。
無意味な寄り道。
駅前を歩くだけの時間。
全部減った。
真昼はそこで小さく目を閉じる。
その変化は、
本来なら良いことのはずなのに。
帰宅。
夜。
アパートの階段を上がる。
真昼の足取りは、
迷いなく二〇三号室へ向かう。
鍵。
ドア。
暖かい空気。
味噌汁の匂い。
ミシ。
小さい音。
真昼はそこで、
今日一番深く息を吐いた。
「……ただいま」
数秒。
ミシ。
返事。
真昼は靴を脱ぎ、ソファへ座り込む。
疲れていた。
でも。
帰ってきた瞬間だけ、
身体の力が抜ける。
その時。
上から、低い声。
「……今日は、人と話してたので」
真昼は天井を見る。
「……会社でですか」
「……はい」
真昼は少し笑った。
「……最近、それ全部分かるんですね」
上は静かだった。
少しして。
「……佐伯さん、前より声出してるので」
真昼はそこで止まる。
前より。
笑っている。
食べている。
生活している。
三浦はずっと、
そこを見ている。
真昼はぼんやり天井を見る。
そして。
最近ではもう。
その視線を、
完全には拒絶していない。




