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第35話 ここが静かだから

 日曜日。


 昼過ぎ。


 真昼は、ソファへ座ったままぼんやりテレビを眺めていた。


 内容は頭へ入っていない。


 加湿器の音。


 冷蔵庫。


 時々鳴る床板。


 ミシ。


 その方が、

もうずっと耳へ馴染んでいる。


 その時。


 ふいにスマホが震えた。


 同期。


『今日いたんだ』


『駅前で見かけた気した』


 真昼は画面を見つめたまま止まる。


 駅前。


 スーパーへ行った帰りだろうか。


 真昼はゆっくり返信を打つ。


『いたよ』


 送信。


 それだけ。


 会話は続けない。


 続ける気にもならなかった。


 その瞬間。


 真昼はふと気づく。


 最近。


 会社の人間関係が、

少しずつ遠くなっている。


 嫌いになったわけじゃない。


 でも。


 仕事が終われば、

もうそこで切れてしまう。


 続きを持ち帰らない。


 真昼はスマホを伏せ、ソファへ深く身体を沈めた。


 その時。


 上から、低い声。


「……今日は、静かなので」


 真昼はぼんやり天井を見る。


「……休みですからね」


「……はい」


 短い返事。


 部屋が静かになる。


 でも。


 気まずくない。


 会話がなくても、

空気だけで成立している。


 その感覚が、

最近はもう自然になり始めていた。


 真昼は小さく息を吐く。


「……最近」


 掠れた声。


「……外いる方が疲れるんですよね」


 言ってから、

真昼は少し止まる。


 上は静かだった。


 数秒。


 長い沈黙。


 それから。


「……ここ、静かなので」


 真昼は何も言えなかった。


 また、それだ。


 静か。


 生活。


 音。


 三浦にとって重要なのは、

ずっとそこだけだ。


 でも。


 最近の真昼も、

少しずつ同じ感覚になっている。


 外は疲れる。


 人が多い。


 音が多い。


 でも。


 二〇三号室は、

味噌汁と加湿器の音しかしない。


 真昼はぼんやり天井を見る。


 その時。


 ふいに、

上で小さく咳が鳴った。


 ゴホ。


 真昼は反射的に顔を上げる。


「……また咳してますよ」


「……少し乾燥してるので」


 真昼は小さく息を吐き、

加湿器の水を替えるため立ち上がった。


 もう。


 その動きに、

迷いがなくなっていた。

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