第32話 自分の生活
木曜日。
朝。
真昼は、目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました。
静かな部屋。
薄暗い天井。
数秒後。
ミシ。
小さい音。
真昼はそこで、ゆっくり息を吐く。
最近。
この音を聞くまで、
身体がちゃんと起ききらない。
真昼は布団の中で天井を見る。
白い木目。
点検口。
その向こうに人がいる。
普通じゃない。
分かっている。
でも。
その異常さより先に、
安心が来る。
真昼は目を閉じた。
駄目だ。
本当に。
会社。
午前。
真昼は会議中、ほとんど話を聞いていなかった。
資料。
数字。
説明。
全部、遠い。
頭のどこかで、
今日の帰宅時間を考えている。
早く帰れるだろうか。
味噌汁あるかな。
その思考が自然に浮かぶ。
真昼はペンを持つ手へ少し力を込めた。
昼休み。
同期たちが笑いながら話している。
飲み会。
異動。
旅行。
普通の社会人の会話。
真昼はその輪の端で、曖昧に笑っていた。
でも。
どこか少しだけ、
別の場所にいる感覚がある。
二〇三号室。
暖かい空気。
ミシ。
味噌汁。
静かな生活音。
真昼はそこでふと気づく。
最近。
会社で起きたことを、
“誰かに話したい”
と思うようになっている。
でも。
その相手として最初に浮かぶのが、
天井裏の男だった。
真昼はゆっくり顔を伏せた。
終わってる。
本当に。
帰宅。
夜。
アパートの階段を上がる。
真昼の足取りは、
もう迷わない。
二〇三号室。
鍵。
ドア。
暖かい空気。
味噌汁の匂い。
真昼はそこで、
ほとんど無意識に笑ってしまう。
「……ただいま」
数秒。
ミシ。
小さい音。
返事。
真昼は靴を脱ぎながら、小さく息を吐いた。
帰ってきた。
今日も。
その時。
上から、低い声。
「……今日は、人多かったので」
真昼は天井を見る。
「……会社ですか」
「……疲れてる音、してたので」
真昼は少し黙ったあと、小さく笑う。
「……便利ですね、それ」
上は静かだった。
少しして。
ミシ。
小さい音。
真昼はソファへ座り込み、ぼんやり天井を見る。
最近。
この部屋へ帰ってきて、
こうして会話をしている瞬間だけが。
一番、
自分の生活をやれている気がしていた。




