第28話 後回し 6月21日
日曜日。
真昼は、昼過ぎまで何もしなかった。
テレビもつけない。
動画も流さない。
ただ。
加湿器の音と、
時々鳴る床板の軋みを聞きながら、
ぼんやりソファへ座っている。
それだけの時間。
少し前までなら、
こんな休日は耐えられなかった。
でも今は。
静かな部屋へ、
もう一つ生活音が混ざっている。
それだけで、
空っぽじゃなくなっている。
真昼はぼんやり天井を見る。
その時。
上で、小さく咳。
ゴホ。
「……まだ治ってないんですね」
少し間。
「……長いので」
低い声。
真昼は小さく息を吐いた。
最近では、
この曖昧な返事にも慣れている。
その時。
ふいに、スマホが震えた。
母親。
『東京戻れるなら、ちゃんと戻った方が安心だよ』
真昼は画面を見つめたまま動かなかった。
安心。
普通。
正しい生活。
その言葉全部が、
少し遠い。
真昼はゆっくりスマホを伏せる。
返事は打たない。
その瞬間。
上で、小さく床板が鳴った。
ミシ。
真昼は目を閉じた。
その音だけで、
胸の奥が少し落ち着く。
もう。
完全に。
身体が覚えてしまっている。
その時。
ふいに、上から低い声。
「……佐伯さん」
「……何ですか」
少し間。
「……今日、どこも行かないので」
真昼は少し止まる。
「……はい」
「……静かなので」
真昼は何も言えなかった。
また、それだ。
静か。
生活。
音。
三浦の基準は、
全部そこへ戻る。
でも。
最近。
真昼自身も、
少しずつ同じ感覚になり始めている。
外へ出るより。
誰かと会うより。
この部屋で、
小さい生活音を聞いている方が落ち着く。
その感覚が、
どうしようもなく怖い。
真昼はソファへ深く沈み込む。
部屋は暖かかった。
味噌汁の匂い。
加湿器。
冷蔵庫。
上の気配。
全部。
もう二〇三号室の“普通”になっている。
その時。
スマホがまた震えた。
上司。
『明日までに一回話そうか』
真昼は画面を見つめたまま動かなかった。
返事をしなければいけない。
分かっている。
でも。
真昼は気づけば、
ぼんやり天井を見ている。
数秒後。
上で、小さく床板が鳴った。
ミシ。
真昼はゆっくり目を閉じた。
その音だけで、
考えるのを後回しにできてしまうことが。
一番まずかった。




