第23話 6月16日 空っぽの部屋
火曜日。
朝。
真昼は、目覚ましより先に目を覚ました。
静かだった。
完全に。
真昼は布団の中で天井を見る。
白い木目。
点検口。
動かない空気。
ミシ、という小さい音を待っている自分に気づき、真昼は目を閉じた。
起き上がる。
キッチンへ向かう。
何もない。
味噌汁も。
湯気も。
生活音も。
真昼は冷蔵庫を開けた。
卵。
豆腐。
味噌。
ある。
でも。
使われていない。
真昼はしばらく立ち尽くしたあと、小さく息を吐いた。
「……自分でやるか」
掠れた声。
味噌汁を作る。
鍋へ水。
出汁。
味噌。
簡単な作業。
なのに。
妙に空っぽだった。
誰にも気づかれない音。
返事のないキッチン。
真昼は味噌を溶かしながら、ぼんやり天井を見る。
静か。
それだけで、
胸の奥が落ち着かなかった。
会社。
午後。
異動面談。
真昼は会議室前の椅子へ座ったまま、ぼんやり床を見ていた。
東京へ戻れる。
普通なら、
迷う話じゃない。
でも。
頭へ浮かぶのは、
昨日の静かな部屋だった。
「佐伯さん」
上司の声。
真昼は顔を上げる。
「入って」
会議室。
椅子。
資料。
上司は柔らかい口調で言った。
「東京、空き出そうなんだよね」
真昼は黙って聞いていた。
「正直、山形かなり大変だったろ」
「……はい」
「戻りたいなら全然言っていいから」
真昼は返事ができなかった。
頭の中へ、
二〇三号室が浮かぶ。
静かな天井。
味噌汁。
ミシ。
咳。
メモ。
真昼はゆっくり視線を落とした。
「……少し」
上司が待つ。
「……考えたいです」
その言葉を口にした瞬間。
真昼は、自分で少し驚いた。
即答しなかった。
戻りたい、と。
言えなかった。
帰宅。
夜。
アパートの階段を上がる。
静か。
二〇三号室。
鍵。
ドア。
冷たい空気。
真昼はそこで止まった。
まただ。
何もない。
真昼は靴を脱ぐ。
部屋へ入る。
静か。
冷蔵庫だけが鳴っている。
真昼はソファへ座り込み、ぼんやり天井を見た。
何も鳴らない。
返事もない。
その時。
真昼はふと気づく。
昨日から、
ほとんど誰とも話していない。
会社では喋った。
でも。
“帰宅後の会話”
が消えている。
そのことが、
妙に部屋を広く感じさせた。
真昼はゆっくり膝を抱える。
静かだった。
昔の自分なら、
この静けさを望んでいたはずなのに。
今は。
ただ、
空っぽに感じる。
テーブルの端。
小さいメモだけが、
まだそこへ残っていた。




