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第21話 6月14日 日曜日

 日曜日。


 朝から雨だった。


 窓へ細かい雨粒が当たり続けている。


 真昼はソファへ座ったまま、ぼんやり天気予報を見ていた。


 部屋は薄暗い。


 加湿器の蒸気。


 味噌汁の匂い。


 上で、時々小さく鳴る床板。


 ミシ。


 真昼は無意識に、その音へ耳を澄ませる。


 最近。


 雨の日の部屋が、少し落ち着く。


 外へ出なくていいから。


 いや。


 それだけじゃない。


 部屋の音が、はっきり聞こえるからだ。


 真昼はそこで思考を止めた。


 駄目だ。


 本当に。


 その時。


 スマホが震える。


 会社の同期。


『今日暇?』


 真昼は画面を見つめた。


 少し前なら、

適当に外へ出ていたかもしれない。


 でも今。


 外へ出るより、

この部屋にいたいと思っている。


 その感覚が、静かに怖い。


 真昼は返信を打つ。


『今日は部屋いる』


 送信。


 その瞬間。


 上で、小さく床板が鳴った。


 ミシ。


 真昼はゆっくり天井を見る。


「……何ですか」


 少し間。


「……雨、強いので」


 真昼は小さく息を吐いた。


 また、それだ。


 会話。


 生活。


 天気。


 全部が自然に混ざる。


 その時。


 ふいに、部屋の電気が一瞬暗くなった。


 チカ。


 真昼は顔を上げる。


 雨音。


 風。


 古い建物の振動。


 そして。


 数秒後。


 部屋が完全に暗くなった。


 ブツ。


 停電。


 真昼は止まる。


 静か。


 冷蔵庫も。


 加湿器も。


 全部止まる。


 急に。


 部屋から生活音が消える。


 雨音だけ。


 暗い。


 真昼は反射的に天井を見た。


「……三浦さん?」


 数秒。


 沈黙。


 返事がない。


 真昼の喉が乾く。


 暗闇。


 静寂。


 生活音がない部屋。


 その瞬間。


 真昼は、自分でも驚くほど強い不安を覚えた。


 いるか分からない。


 気配がない。


 音がない。


 そのことが、

妙に怖い。


「……いますよね」


 掠れた声。


 数秒。


 長い沈黙。


 それから。


 暗闇の上で、小さく床板が鳴る。


 ミシ。


 真昼はそこで、ほんの少し息を吐いた。


 安心した。


 完全に。


 音ひとつで。


 その瞬間。


 真昼は暗い部屋の中で、静かに寒気を覚えた。


 暗闇。


 雨音だけが、部屋へ満ちていた。


 真昼はソファの上で動けなかった。


 停電。


 冷蔵庫も。


 加湿器も。


 エアコンも。


 全部止まっている。


 急に。


 部屋が、

“生活を失った空間”

へ戻ったみたいだった。


 真昼は暗い天井を見る。


 さっきのミシ、という音。


 それだけで安心した。


 その事実が、まだ胸の奥を冷たくしている。


「……まだいますよね」


 小さい声。


 数秒。


 暗闇の中で、小さく床板が鳴る。


 ミシ。


 真昼はゆっくり目を閉じた。


 最近。


 返事が言葉じゃなくても成立する。


 それが怖かった。


 外で雷が鳴る。


 ゴロ、と低い音。


 古い窓が少し震える。


 真昼はスマホを探り、ライトを点けた。


 白い光。


 狭い部屋。


 ローテーブル。


 味噌汁。


 テーブル端のメモ。


 そして。


 点検口。


 真昼はそこで止まる。


 停電している。


 つまり。


 天井裏はもっと暗い。


 真昼は無意識に口を開く。


「……大丈夫ですか」


 言った瞬間。


 自分で固まる。


 心配している。


 天井裏の男を。


 停電の暗闇の中で。


 上は静かだった。


 少しして。


「……慣れてるので」


 低い声。


 真昼は何も言えなかった。


 慣れてる。


 その言葉が妙に重い。


 暗い場所。


 狭い空間。


 静かな生活。


 三浦は、

そこへ長く居続けている。


 真昼はスマホのライトを消した。


 また暗闇。


 雨音。


 気配。


 その時。


 ふいに、真昼は思う。


 もし今。


 三浦が本当にいなくなったら。


 この暗さに耐えられるんだろうか。


 その考えが浮かんだ瞬間。


 真昼はゆっくり膝を抱えた。


 停電した部屋は、

少し前までの自分なら恐怖だったはずなのに。


 今は。


 上の小さな物音があるだけで、

妙に落ち着いてしまう。


 雨音の向こう。


 暗い天井裏で、小さく咳が鳴った。


 ゴホ。


 真昼は暗闇の中で、

静かに目を閉じた。


 停電は、一時間ほどで復旧した。


 ブツ、と冷蔵庫が鳴る。


 加湿器が小さく震え、白い蒸気を吐き始める。


 エアコン。


 電子レンジの時計。


 生活音が、一つずつ部屋へ戻ってくる。


 真昼はソファへ座ったまま、小さく息を吐いた。


 その時。


 上で、小さく床板が鳴る。


 ミシ。


「……戻りましたね」


 少し間。


「……はい」


 低い声。


 真昼はぼんやり加湿器の蒸気を見る。


 停電していた間。


 部屋は静かだった。


 昔の自分の部屋みたいに。


 なのに。


 今はその静けさが、妙に空っぽに感じた。


 真昼はゆっくり顔を覆う。


 もう駄目だ。


 本当に。


 その時。


 スマホが震えた。


 上司から。


『異動面談、火曜午後ね』


 真昼は画面を見つめる。


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