表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十七章 消された研究者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
247/251

第二百四十七話 エリウスの拒絶

第247話 エリウスの拒絶



【異世界・エリウスの研究室/過去】


「失われた者を、別の層から戻すための門だ」


オルガ・セフィロの言葉に、エリウスはすぐには答えなかった。


研究室の中央には、意識の反応を記録する水晶板が並んでいる。

壁には何重もの結界術式が刻まれ、そのさらに奥には、セラのいる結界層が隠されていた。


ヴァルド・レイグは壁の術式へ指を滑らせている。


「この層は安定している」


低い声だった。


「身体から切り離した意識を保存しながら、外部の情報を受け取れる。

 通常の封印術では不可能だ」


エリウスは二人を見る。

「どこで、この研究を知った」


オルガは表情を変えなかった。

「王都の記録を調べた」

「戦場で重傷者を一人運び込み、その後、

 死亡記録も治療記録も残さなかった研究者がいる」


結界層の奥で、セラは息を潜めていた。

身体はない。

本当の呼吸もない。

それでも、見つかってはいけないという感覚だけは強くあった。


エリウスは静かに答える。

「治療を受けた者の情報を、外部へ公開する義務はない」


「治療したとは言っていない」

オルガの目がわずかに細くなる。

「やはり、保存に成功しているんだな」


エリウスはそこで、自分が誘導されたことに気づいた。

だが、否定はしなかった。


「仮に成功しているとして、それを門へどう使うつもりだ」


オルガは水晶板の上へ手を置いた。

灰色の光が広がり、一つの図が浮かぶ。


名前。


記憶。


身体。


場所。


それらを繋ぐ複数の線。


「人が死ぬ時、すべてが同時に消えるわけではない」

オルガは言う。

「名前は他人の記憶に残る」

「声や文章は記録に残る」

「魔力反応も、場所によっては残光として残る」


エリウスの表情が険しくなる。

「残ったものを集めて、人間を作るつもりか」


「戻す」


「違う」

エリウスは即座に否定した。

「残された記録を集めても、それは本人ではない」


ヴァルドが振り返る。

「器があれば違う」


「器?」


「新しい身体を用意する」


その言葉で、エリウスは二人が何を考えているのか理解した。


残った名前。


記憶。


反応。


それらを別の身体へ入れる。


死者を蘇らせるという名目で、記録から新しい存在を作る。


「誰の計画だ」

エリウスが聞く。


オルガは少しだけ沈黙した。


やがて答える。


「カシウス」


その名は、王都の研究者の間でも知られていた。

人間の身体と意識を分け、別の役割を与える実験を進めている男。

何人もの術師や兵士が消えたという噂もある。


「断る」

エリウスは言った。


オルガは表情を変えない。

「まだ説明は終わっていない」


「聞く必要がない」

エリウスは机の上の資料を閉じた。

「君たちが戻そうとしているのは、人間ではない」

「記録を並べ、都合のいい身体へ入れた何かだ」


ヴァルドが低く言う。

「意識が続けば、同じ人間だ」


「誰がそれを決める」


「観測した者だ」


エリウスの目が鋭くなる。

「それが最も危険なんだ」


観測した者が、本人の形を決める。

どの記憶を残すか。

どの感情を消すか。

どんな役割を与えるか。


観測者にとって都合のいい人間を作り、それを戻った本人だと呼ぶ。


「本人の選択がない」

エリウスは言った。

「自分で帰ると決めることも、自分の名前を受け入れることもできない」

「それは救命じゃない。支配だ」


オルガの声が少し冷たくなる。

「本人が死んでいるなら、選択はできない」


「だからといって、他人が代わりに選んでいい理由にはならない」


研究室に沈黙が落ちた。


オルガはしばらくエリウスを見ていた。


「あなたは、戦場で少女を救った」


結界層の奥で、セラの光が小さく揺れる。


「身体を失った意識を保存した」

「それと我々の計画は、何が違う」


エリウスは迷わなかった。

「私は、あの子の形を決めていない」


「しかし、層へ入れた」


「消えたくないという反応を確認した」


「言葉では答えていない」


「言葉だけが選択ではない」


エリウスは結界層のある壁へ、ほんの一瞬だけ目を向けた。


「私は、あの子が自分で名前を選び直せる場所を残した」

「何になるかは、あの子自身が決める」


オルガはその視線を見逃さなかった。


壁の奥へ目を向ける。

「そこにいるのか」


エリウスは何も答えない。


ヴァルドが一歩、壁へ近づいた。

「開けろ」


「断る」


「研究だけを渡せ」


「断る」


「なら、我々が調べる」


エリウスは杖を床へ突き立てた。

白い結界が二人の前へ立ち上がる。


「帰れ」


ヴァルドの周囲にも、低い音とともに結界線が浮かんだ。

二つの術式が触れ、研究室全体が揺れる。


だが、オルガが片手を上げた。

「今日は帰る」


ヴァルドが見る。

オルガはエリウスから目を離さない。


「考え直す時間を与える」


「答えは変わらない」


「そうかもしれない」


オルガは研究室の出口へ向かう。

「だが、あなたの研究は、あなた一人のものではない」


エリウスは答えなかった。

二人が立ち去ったあとも、しばらく結界を解かなかった。

完全に気配が消えたことを確認し、ようやく壁へ手を置く。


「セラ」


結界層の奥から、光の文字が浮かぶ。


《聞こえてる》


「今の二人の声を覚えるな」


《どうして》


「君の記憶から、ここへ戻ってくる可能性がある」


セラの光が不安そうに揺れる。


《悪い人?》


エリウスは少し考えた。


「危険な考えを持っている」


《また来る?》


「ああ」


エリウスは隠し結界をさらに一層増やした。


「次に誰かが来ても、私が呼ぶまで返事をしてはいけない」


《エリウスの声でも?》


その質問に、エリウスは一瞬だけ止まった。


「私の声でもだ」


《でも、本物かもしれない》


「本物の私なら、君が返事をしなくても怒らない」


エリウスは静かに言った。


「君が自分で安全だと判断するまで、待つ」


セラは、その言葉を覚えた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・現在】


セラの話が続く中、灰色の封鎖結界が再び狭まった。


《記録停止》


《未確認証言》


《研究者該当なし》


オルガの文字が、セラの過去へ重なる。


だが、その前へ白い線が伸びた。

匠の補助線。


「続けろ」

匠の声が分析室へ届く。


「記録は私が支える」


ヴァルドの封鎖術式が、外側から白い線を押し潰そうとする。


匠は線を三つに分けた。

一本をセラ。

一本を現実側の日下部たち。

もう一本をハレルの主鍵へ繋ぐ。


一つを消しても、別の場所へ同じ証言が残る。


ハレルも言った。

『エリウスは、セラさんの選択を守った』


サキが続ける。

『無理に役割を与えなかった』


リオも、ユナのそばから言う。

『オルガとヴァルドの計画を拒否した』


複数の声が、セラの証言を固定していく。

灰色の文字が薄くなった。


深層からオルガの声が聞こえる。

『それ以上、過去を開けば、あなた自身が保てなくなる』


セラは静かに答えた。

「私の心配をしているのではありません」


短い沈黙。


「あなたが恐れているのは、エリウスを消したことが知られることです」


灰色の結界が大きく揺れた。


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/臨時医療受け入れ室・昼】


日下部たちは、セラの証言を聞きながら記録を続けていた。


佐伯が紙へ書く。

『オルガ・セフィロ、ヴァルド・レイグがエリウスへ門の共同研究を依頼。』


村瀬が続ける。

『死者の記録を器へ入れ、帰還した人間として扱う計画。』


日下部は通信波形を確認した。

「妨害が強くなっています」


画面には何度もエラーが出ている。


だが、紙の記録は消えない。


佐伯が聞く。

「城ヶ峰さんへ送りますか」


「送ります」

日下部は内容をまとめ、隔離回線へ流した。


数秒後。

城ヶ峰から返信が届く。


『受信。』

『エリウス殺害または失踪に、

 オルガとヴァルドが関与した可能性を捜査対象へ追加する。』


村瀬が画面を見る。

「まだ、殺害されたとは話していません」


日下部は答える。

「城ヶ峰さんも、ここまでの流れで分かったんだと思います」


三人は再び通信へ耳を傾ける。


セラの声は、まだ続いていた。


◆ ◆ ◆


【異世界・エリウスの研究室/過去・数日後】


オルガとヴァルドが来てから、エリウスは研究資料を分け始めた。


危険な部分は燃やす。

必要な部分は別の結界層へ移す。

セラへ繋がる記録は、名前を消して保存する。


そして、セラ自身を研究室からさらに深い層へ移した。


《どこへ行くの》


「一時的に、もっと奥へ移す」


《エリウスは?》


「ここに残る」


《一緒に来ないの?》


エリウスは答えなかった。

代わりに、セラの前へ小さな光を置いた。


《これは?》


「案内標識だ」


白い光には、いくつもの意味が込められていた。


安全。


停止。


偽の声。


戻れない道。


そして、待つ場所。


「私からの通信が途切れたら、この光に従って奥へ進め」


《いつ戻るの》


「私が迎えに行く」


《約束?》


エリウスは頷いた。


「約束だ」


セラは、その言葉を信じた。

エリウスはいつも戻ってきた。

毎日名前を呼び、話を聞き、本を持ってきた。

だから、今回も戻ってくると思った。


白い結界が閉じる。

セラのいる層と、研究室が切り離された。


その日の夜。


研究室の外へ、二つの反応が現れた。


オルガ。


ヴァルド。


今度は、客としてではなかった。


◆ ◆ ◆


エリウスは一人で二人を迎えた。


「考え直したか」

オルガが聞く。


「答えは同じだ」

エリウスは杖を構える。

「研究は渡さない」


ヴァルドは、研究室を囲む結界へ触れた。

「一部が消されている」


「お前たちに使わせないためだ」


「残りはどこだ」


エリウスは答えない。


オルガの周囲へ灰色の文字が広がる。


研究室に残る反応。

消された資料。

隠された結界。

セラへ続いていた痕跡。


「奥に移したな」


エリウスは杖を床へ突き立てた。


白い光が爆発するように広がった。


「〈封界・隔絶環〉!」


研究室全体が別の層へ切り離される。

オルガとヴァルドを閉じ込め、その間にセラの結界層をさらに遠ざけるための術。


だが。


ヴァルドは一歩も動かなかった。

「この術式は知っている」


低い声とともに、白い結界へ黒い亀裂が走る。

エリウスの術式を、外側から壊したのではない。

内側の意味を書き換えた。

隔絶する結界。

それを、逃げ道を閉じる結界へ。


白い壁が反転する。


エリウス自身が、研究室の中央へ閉じ込められた。


「ヴァルド……」


オルガは水晶板へ手を置く。

灰色の文字がエリウスの身体を囲んだ。


名前。


所属。


研究記録。


王都での活動。


人々との関係。


すべてが表示される。


「最後に聞く」

オルガは言った。

「研究の保管場所はどこだ」


エリウスは答えなかった。


「なら、記録から探す」


灰色の線がエリウスの記憶へ伸びる。


エリウスは残った力で、杖を握った。


セラへ続く記憶だけを、自分の内側から切り離す。


「〈記憶封縫〉」


白い光が頭部を走る。


セラの名前。


セラの場所。


セラへ続く道。


そのすべてが、エリウス自身から一時的に見えなくなる。


オルガの灰色の線が止まった。


「自分で記憶を封じたか」


エリウスは苦しそうに笑った。

「これで、私からは見つけられない」


ヴァルドが一歩近づく。

「なら、もう必要ない」


次の瞬間。


黒い結界線が、エリウスの胸を貫いた。


◆ ◆ ◆


【異世界・エリウスの結界層/過去】


遠くで、白い光が消えた。


セラはすぐに気づいた。


毎日感じていたエリウスの反応。


結界層の外側にあった、暖かい光。


それが突然、途切れた。


《エリウス?》


返事はない。


約束を思い出す。

どんな声が聞こえても、返事をするな。

案内標識に従え。

待て。


セラは待った。

長い時間。

どれほど待ったのか分からない。


やがて、外からエリウスの声が聞こえた。


『セラ』


いつもの声。


毎日名前を呼んでくれた声。


『もう安全だ』


セラは光を強くした。


返事をしようとする。


だが、足元の案内標識は赤く光っていた。


偽の声。


《エリウスじゃない》


声が止まる。

その直後。

結界層の外を、灰色の文字が通り過ぎた。


セラは声を出さず、さらに奥へ進んだ。


エリウスが最後に残した道に従って。


一人で。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・現在】


セラは目を開けた。


「エリウスは、殺されました」


ノノは何も言えなかった。


現実側の日下部たちも、その言葉を聞いている。


医療棟では、ハレルたちが沈黙していた。


セラは続ける。

「オルガとヴァルドは、研究資料を奪いました」

「そして、王都の記録を書き換えました」


研究者名簿。


結界術師の記録。


治療所の報告。


戦場でセラを救った記録。


エリウスの研究室が存在した場所。


すべてから、エリウスの名前が消された。


「人々の記憶にも、同じ処理が行われました」


エリウスを知っていた者は、別の研究者だったと思い込んだ。


研究室があった場所は、最初から倉庫だったと記憶した。


エリウスの術式は、オルガとヴァルドが作ったものとして残された。


「王都から」


セラは静かに言った。


「エリウスという研究者は、存在しなかったことにされました」


灰色の結界に、大きな亀裂が走る。


「でも」


セラは顔を上げた。


「私だけは覚えていました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ