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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十七章 消された研究者編

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第二百四十話 三人の幹部

第240話 三人の幹部



【どこでもない層/深層】


医療棟の映像が、暗闇の中に浮かんでいた。


青い治癒光。

寝台に横たわるユナ。

そのそばにいるハレル、リオ、サキ。


そして、ユナの選択反応の近くで揺れる黒い影。


ジャバは、少し離れた場所で三人の男を睨んでいた。


「勝手な真似はやめろって?」


返事をしたのは、黒髪の男だった。


「ああ、そう言った」


穏やかな声。

だが、謝る様子はない。


男は医療棟の映像を見たまま、静かに続ける。


「今、君が飛び込めば、ハレルたちは戦う」

「主鍵も副鍵も揺れる」

「医療棟の結界も乱れる」


ジャバが笑う。

「それでいいだろ」

「まとめて潰せる」


「潰した後は?」


ジャバの笑みが止まる。


黒髪の男は、初めてジャバを見る。


「門は閉じる」

「一ノ瀬ユナの選択反応も消える」

「匠が作った手順も、最後まで見られない」


「だから何だ」


「我々が欲しいのは、壊れた門ではない」

男は再び映像へ視線を戻した。

「完成する瞬間だ」


Cが静かに言う。


「白峰律」


男は少しだけ笑った。

「そう呼ばれるのは久しぶりだな」


白峰律。


クロスゲート・テクノロジーズの幹部。

クロスワールドゲートの基本言語を作った男。

そして、雲賀匠の古い友人。


白峰は、医療棟に映る細い白い補助線を見ていた。


「匠らしい」


カシウスが聞く。

「何がだ」


「門を作ったのに、最短距離を選ばない」

白峰は、reの補助線を指先でなぞるように動かした。


「危険な場所を避ける」

「記憶を入口にしない」

「最後は本人に選ばせる」


白峰は小さく息を吐く。

「昔から変わらない」


その声には、懐かしさがあった。

だが、後悔はなかった。


灰色の長衣をまとった男が、一歩前へ出る。


オルガ・セフィロ。


冷たい目。

医療棟だけではない。


ハレル。

リオ。

サキ。

主鍵。

副鍵。

re。


すべてを同時に見ている。


「名前は確認された」

オルガが言う。


「器も安定している」

「場所も固定された」

「本人反応も存在する」


ジャバが苛立ったように言う。

「なら、もう戻せるだろ」


オルガはジャバを見ない。

「本人反応と、選択は別だ」


「何が違う」


「呼ばれて返事をすること」

「自分で帰る場所を決めること」


オルガは黒い影を見る。

「一ノ瀬ユナは、弟の声に反応した」

「だが、まだ現実へ戻るとは選んでいない」


Cが言う。


「選択反応の近くに、影を配置しています」


「確認している」

オルガは短く答えた。

「影は、選択を作る必要はない」

「本物の選択へ混ざればいい」


ジャバは口角を上げる。

「帰るって言った瞬間、別の場所へ送るのか」


オルガは、そこで初めてジャバを見る。

「可能だ」


「じゃあ、早くやれ」


「まだ帰還先が固定されていない」

オルガの言葉に、Cの黒い針が少し動いた。


白峰も医療棟の映像から目を離す。

「帰還先」


「現実側に受け入れ地点が必要だ」

オルガは続ける。

「今の門は、帰還した学園と医療棟を繋いでいる」

「だが、ユナをどこへ置くかは決まっていない」


カシウスが静かに聞く。

「自宅ではないのか」


白峰が答える。

「匠なら選ばない」


「なぜだ」


「記憶が強すぎる」

白峰は薄く笑う。

「リオと暮らした部屋」

「家族の記憶」

「戻れなかった時間」


その言葉に、黒い影がわずかに揺れた。


「Cが使いやすい」


Cは答える。


「自宅の記憶地点は、すでに取得可能です」


白峰は頷く。

「だろうね」


その隣。


大柄な男が、深層の境界へ手を触れていた。


ヴァルド・レイグ。


古い王都式の結界衣。

高名だった結界術士。

今まで黙っていたヴァルドが、低い声で言う。


「帰還地点は、新しく作る」


全員が見る。


ヴァルドは続けた。

「記憶の薄い場所」

「目的が一つの場所」

「治療する場所」


短い言葉。

それだけで十分だった。


オルガは頷く。

「現実側も、同じ結論へ向かうだろう」


白峰は少し笑った。

「佐伯、村瀬、日下部」


現実側の三人が映る。


「彼らなら、帰還者用の場所を作る」


ジャバは面倒そうに鼻を鳴らした。

「待ってるだけか」


カシウスが答える。

「待つ」


「いつまでだ」


「門が完成するまでだ」


カシウスは医療棟を見た。

「ユナを戻させる」

「匠の手順を最後まで動かす」

「その後、帰る道を奪う」


白峰は、その言葉を聞いても表情を変えなかった。

ただ、細い補助線の向こうを見つめる。


「匠」


小さな声。


「今度は、どこへ帰すつもりだ」


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設指揮室・昼】


城ヶ峰の前に、白峰律の資料が並んでいた。


少ない。

少なすぎる。


クロスゲート・テクノロジーズの幹部。

創業初期から技術開発へ関わっていた人物。

クロスワールドゲートの基礎設計者。

そこまでは分かる。


だが、その先がない。


住所。

家族。

現在の所在。

最後に本人が確認された日時。


どの記録も途中で途切れていた。


若い捜査員が報告する。

「白峰律名義の社員登録は残っています」

「ですが、役員就任後の勤務記録が不自然に少ないです」


城ヶ峰は資料を見る。

「写真は」


「社内用の古い画像が数点」

「ただ、途中から顔写真だけが消えています」


「消えた?」


「削除ではありません」

捜査員は端末を見せる。


役員名。

経歴。

所属部署。


文字は残っている。

だが、本来写真がある場所だけが空白だった。


「画像が壊れたようには見えません」

「最初から、何も登録されていなかった形になっています」


城ヶ峰は目を細めた。

「記録の削除ではない」


「はい」


「存在した部分だけを、なかった形に変えている」


捜査員は黙った。


城ヶ峰は別の資料を見る。


大学名。

研究室。

共同研究者。


そこに、一つの名前があった。


雲賀匠。


城ヶ峰はすぐに電話を取る。

相手は木崎。

数回の呼び出し音。


『何だ』


「頼みがある」


『嫌な予感しかしないな』


「雲賀匠の事務所へ行ってくれ」


少し沈黙。


『またか』


「白峰律を調べる」


電話の向こうで、木崎の声が変わった。


『匠の昔の知り合いだった男か』


「ああ」


『警察で調べろよ』


「デジタル記録が消されている」


『だから俺に紙を探せって?』


城ヶ峰は答える。

「以前、君は匠の事務所へ入っている」

「どこに何があるか、警察より分かる」


木崎はため息をついた。

『あいつは、何でも一人で抱え込む』

『白峰のことも、俺には何も言わなかった』


「だから調べる」


しばらく返事がない。


やがて。


『分かった』


木崎は低く言った。


『今度こそ、隠してたもんを全部見つけてやる』


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/校舎一階・保健室・昼】


保健室のベッドが、壁際へ移されていた。


中央には、広い空間。

床には白い線。


日下部が、隔離端末を見ながら位置を調整している。


佐伯は医療機器を確認。


村瀬は、壁へ新しい表示を貼っていた。


そこには、大きく書かれている。

『帰還した学園』

『校舎一階・臨時医療受け入れ室』


佐伯が表示を見る。

「これ、必要ですか」


村瀬は頷いた。

「必要です」


「場所は分かってます」


「私たちは分かっています」


村瀬は壁の文字を見る。

「でも、ユナさんが帰ってきた時」

「目を開けて、ここがどこか分からないかもしれない」


佐伯は黙った。


自分たちも、一度コアと器を分けられた。

戻った時。

自分がどこにいるのか。

本当に元の世界なのか。

分からなくなる怖さを知っている。


日下部が端末から顔を上げる。

「帰還地点は、ここでいいと思います」


佐伯が聞く。

「病院じゃなくて?」


「接続線は、帰還した学園を基準に作っています」

「途中で別の病院へ変えると、場所の確認をやり直す必要があります」


村瀬が言う。

「自宅は?」


日下部は首を振った。

「記憶が強すぎます」


リオとユナが暮らしていた家。

家族の記憶。

失った時間。


Cが入口に使うには、強すぎる場所。


「ここは新しい場所です」

日下部は床の白い線を見る。

「ユナさんにとって、過去の記憶がほとんどない」

「目的も一つです」


佐伯が言う。

「治療する場所」


「はい」

日下部は頷いた。

「帰る場所ではなく」

「帰ってきた後、守る場所です」


三人は、中央の空間を見る。

そこに、ユナが戻ってくる。

成功すれば。


佐伯は医療機器へ手を置いた。

「帰還直後は、身体を確認します」


村瀬も続ける。

「私は名前と意識反応」

「記憶の混線も見る」


日下部は隔離端末を操作する。

「俺は帰還線と、Cの遮断」


三人の役割が決まる。


日下部は通信を開いた。

『ノノさん、聞こえますか』


少しノイズ。


その後、返事。

『聞こえる!』


『現実側の帰還地点を決めました』


『どこ?』


日下部は、ゆっくり答える。

『帰還した学園』

『校舎一階』

『臨時医療受け入れ室』


ノノの声が少し明るくなる。

『病院じゃないんだ』


『まずはここへ戻します』

『身体と意識を安定させてから、専門医療施設へ搬送します』


『分かった』

『こっちでも場所を固定する』


村瀬は壁の文字を読み上げる。

「ここは現実世界」

「帰還した学園」

「校舎一階、臨時医療受け入れ室」

「一ノ瀬ユナを治療する場所」


佐伯も続ける。

「過去の自宅ではない」

「記憶の中の場所ではない」

「今、現実にある受け入れ場所」


床の白い線が淡く光った。

日下部の端末に、一つの表示が出る。


『帰還地点候補 固定開始』


日下部は画面を見つめる。

「城ヶ峰さんへ連絡します」


すぐに報告を送る。


ユナの帰還先。


臨時医療受け入れ室。


準備開始。


送信。


◆ ◆ ◆


【現実世界・雲賀匠の事務所前・昼】


木崎は、古い建物を見上げていた。


以前、サキとここへ来て以来。

また、ここへ戻った。


雲賀匠の事務所。


以前と何も変わっていないように見える。

閉じた窓。

古い看板。

誰もいない部屋。


だが、今は探すものが違う。

前は、匠がどこへ消えたのかを探した。


今回は。

白峰律。


木崎は鍵を開けた。


扉が軋む。

暗い室内。

机。

書棚。

積まれた資料。

壁に残る古い写真。


木崎は電気をつけた。


「匠」


誰もいない部屋へ言う。


「今度は、お前の昔を調べさせてもらうぞ」


机の上には、何もない。


だが。

一番奥の書棚。


以前は気にしなかった古い箱があった。


木崎は、その箱を見る。

側面に、薄く文字が書かれていた。

消えかけた手書き。


木崎は目を細める。


そこには、一文字だけ読めた。


『律』


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、現実側の反応を見ていた。


帰還した学園。

校舎一階。

臨時医療受け入れ室。

新しい場所。

過去の記憶が薄い場所。


Cが静かに言う。


「帰還地点が固定され始めました」


オルガは頷いた。

「予測通りだ」


ヴァルドは、現実側の白い線を見る。

「新しい場所」


白峰は、木崎が入った匠の事務所を見ていた。


古い箱。

消えかけた文字。


律。


白峰の表情が、ほんの少しだけ変わる。


「匠」


その声は、さっきよりも静かだった。


「まだ残していたのか」


カシウスは医療棟を見る。


「過去を調べる者」

「帰る場所を作る者」

「ユナを戻す者」


そして言った。


「全部、動かせ」


Cの黒い針が広がる。


医療棟。


帰還した学園。


匠の事務所。


三つの場所へ。


「観測を継続します」


黒い影は、まだユナの選択のそばにいる。


帰還地点は決まり始めた。


だが、帰る道はまだ完成していなかった。



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