表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十七章 消された研究者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
239/258

第二百三十九話 本物のユナ

第239話 本物のユナ



【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室前・昼】


白い扉の向こうで、ユナは眠っていた。


青い治癒光。

規則正しく上下する胸。

以前、この医療棟でコアを戻した時よりも、顔色は落ち着いている。


だが、寝台の下にはまだ薄い黒い影が残っていた。


リオは扉の前で足を止めている。

姉は、すぐそこにいる。

手を伸ばせば届く。

けれど、今は近づくだけでも慎重にならなければならない。


イデールが扉の横にある水晶板へ手を置いた。

「今から治療結界を一段だけ開く」


リオが聞く。

「中に入れるのか」


「入れるわ」

イデールは頷いた。

「でも、まだユナには触らないで」


「黒い影があるからか」


「ええ」

イデールは寝台の下を見る。

「今は治癒結界の外側で止まってる」

「でも、あれが何に反応するのか、まだ全部は分かってないの」


サキはスマホを見た。

reは画面の中央で静かに光っている。

白い線は治療室の中へ続いていた。

だが、ユナの寝台へまっすぐ伸びてはいない。

寝台の手前で一度止まり、少し右へ曲がっている。


「reも、すぐ近づくなって言ってるみたい」


ハレルは胸元の主鍵に触れた。

主鍵は熱を持っている。

医療棟へ着いてから、ずっと反応が続いていた。


「まず、確認するんだよな」


イデールは頷いた。

「名前」

「身体」

「場所」

「本人の反応」


その時、イヤーカフからノノの声が入った。

『聞こえる?』


「聞こえる」

ハレルが答える。


『こっちは分析室』

『セラもいる』

『日下部さんたちとも細い通信は残ってる』


ノノの声の向こうで、水晶板を操作する音が聞こえた。

『今から一つずつ確認する』

『全部が揃っても、すぐには動かさないで』

『最後の“選択”にCの影がいる可能性があるから』


リオはユナを見たまま答えた。

「分かってる」


イデールが治療室の扉を開いた。


青い光が、廊下へゆっくり広がる。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】


三人は、ゆっくり中へ入った。


サキを真ん中にして、ハレルとリオが左右を歩く。


イデールは先に寝台の横へ戻った。


室内には、薬草と銀粉の匂いが満ちている。

壁には何重もの治癒術式。

床には青い結界線。


その中心に、ユナがいる。


リオは寝台から数歩離れた場所で止まった。


「姉さん」


ユナのまぶたが、わずかに揺れた。


リオは続ける。

「一ノ瀬ユナ」

「王都イルダ医療棟にいる、俺の姉さん」


寝台の下。

黒い影が少しだけ動く。


だが、ユナの右手も動いた。

指先が、ほんの少しだけリオのいる方へ向く。


ノノの声が入る。

『名前反応、確認』

『前に通信で呼びかけた時と同じ』

『ユナさん本人の反応だと思う』


リオは息を吐いた。

「姉さん、俺だ」

「涼だ」


ユナの指先が、もう一度動く。

今度は、少しだけ強い。


イデールが水晶板を見る。

「呼吸も変わった」

「声に反応してる」


サキが小さく言った。

「聞こえてるんだ」


ハレルは頷いた。

「たぶん」


だが、まだ安心はできない。


名前だけなら、Cも使える。

今まで何度も、人の名前を入口にしてきた。


ノノも同じことを考えていた。

『次、身体の確認』

『イデール、お願い』


「分かった」

イデールはユナの胸元へ手をかざした。


青い光がゆっくり広がる。


頭。


胸。


両腕。


そして、足元。


光は身体の輪郭をなぞり、その内側へ沈んでいく。


水晶板に、一つずつ反応が表示された。


呼吸。


脈。


治癒反応。


意識コア。


イデールは画面を見つめる。

「身体反応、安定」

「コアと身体のずれも、前より小さい」


リオが聞く。

「戻せるのか」


イデールはすぐには答えなかった。


「身体だけなら、前よりずっと安定してる」


「身体だけ?」


「戻るには、それだけじゃ足りない」


ノノが続ける。

『でも、器の確認はできた』

『今ここにいるユナさんは、名前だけじゃない』

『コアだけでもない』

『ちゃんと身体と繋がってる』


リオは、少しだけ肩の力を抜いた。


一つ。


確認できた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・同時刻】


ノノの前にある水晶板には、四つの枠が表示されていた。


名前。


器。


場所。


選択。


最初の二つに、青い光が入る。


セラは、その横で医療棟の結界を見ていた。

「次は場所ですね」


「うん」

ノノは別の水晶板を開く。


医療棟。


オルタ・スパイア。


旧石造建物。


三つの場所が表示された。


オルタ・スパイアの点は、アデルたちが固定している。


石造建物の点は、ダミエとミレイが入口記憶を押さえている。


そして中央。


イルダ医療棟。


青い光が安定していた。


ノノは通信を開く。

『アデル、そっちは?』


すぐに返事が来る。


『入口は閉じたままだ』

『記憶固定も維持している』


『黒い針は?』


『動いている』

『だが、まだこちらを入口にはできていない』


次に、別の通信。


『ダミエ、石造建物は?』


『開いてない』

『記録だけ残ってる』

『今は通る場所じゃない』


ミレイの声も入る。

『予備拒否点、安定しています』

『医療棟側への誤接続はありません』


ノノは頷いた。

「よし」


セラが医療棟の反応へ手を重ねる。


「ここは王都イルダ」

「王国医療棟」

「治療中の者を守る場所」

「過去の記憶ではなく、今存在している場所」


青い光が強くなる。


三つ目の枠。


場所。


そこにも光が入った。


ノノは息を吐く。


「名前」

「器」

「場所」


セラは最後の枠を見る。


選択。


そこだけが暗い。


正確には、何もないわけではない。


青い光がある。


だが、そのすぐ横に黒い影が重なっていた。


「やはり……」

セラが小さく言う。


ノノは眉を寄せた。

「C?」


「まだ分かりません」

セラは、黒い影を見つめる。

「けれど、この影はユナの名前には触れていません」

「身体にも、場所にも」


「じゃあ何を待ってるの」


少しの沈黙。


セラは答えた。


「ユナが、自分で戻ると決める瞬間です」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】


ノノから確認結果が伝えられた。


『名前、確認』

『器、確認』

『場所、確認』


リオはユナを見る。


三つ。


あと一つ。


「じゃあ、姉さんが帰るって決めればいいんだな」


すぐにノノが答える。

『待って』

『まだ聞かないで』


リオの表情が変わる。

「何でだ」


『選択の近くに黒い影がある』


寝台の下。


薄い影。


さっきから、そこにある。


リオは影を睨んだ。

「これがCなのか」


『Cそのものかは分からない』

『でも、ユナさんが帰るって選ぶ瞬間を待ってる』


ハレルが聞く。

「選んだら、どうなる」


日下部の声が、現実側から細く入った。

『選択に影が重なった場合、帰還先を書き換えられる可能性があります』


「書き換える?」


『ユナさんは現実へ帰るつもりでも』

『実際には、Cが用意した別の場所へ送られるかもしれません』


サキはスマホを強く握った。


reが小さく震える。

白い線は、ユナへ伸びている。

だが、黒い影を避けるように大きく曲がっていた。


「reも、あの影を避けてる」


ハレルは主鍵へ触れた。

「先に影を外せないのか」


ノノは少し考えてから答える。

『無理に消すのは危ない』

『ユナさんの本物の選択まで傷つけるかもしれない』


リオは唇を噛んだ。


姉は目の前にいる。

名前も確認できた。

身体もある。

場所も間違っていない。

それなのに、まだ連れて帰れない。


「また待つのか」

誰に聞いたわけでもない。


イデールが静かに言った。

「今まで待ったのとは違うわ」


リオが見る。

「今は、ユナのすぐそばにいる」

「何が足りないのかも分かってる」


リオは何も言わなかった。


イデールは続ける。

「急いで間違った場所へ送るより、ここで正しい道を作るの」


リオは寝台を見る。


ユナの指先。

静かな呼吸。

青い光。

そして、その下にある黒い影。


しばらくして、リオは頷いた。

「分かった」


その時。


ユナの指が動いた。


ゆっくり。


リオのいる方へ伸びる。


「姉さん?」

リオも手を出しかける。


だが、触れる直前で止めた。


ユナの唇がわずかに動く。


声は弱い。


ほとんど息に近い。


「……リ……オ……」


リオの目が大きく開いた。

「姉さん」


ユナは目を閉じたまま。

それでも、確かにリオを呼んだ。


水晶板の青い反応が強くなる。


ノノの声も震えた。

『本人反応、確認』

『名前だけじゃない』

『リオの声を聞いて、ユナさん本人が返してる』


サキは嬉しそうに笑った。

「本物だ」


ハレルも頷く。

「ああ」


リオは、涙をこらえるように息を吸った。

「姉さん」

「迎えに来た」


ユナの指が、少しだけ動く。


「一緒に帰ろう」


その言葉が出た瞬間。


寝台の下。


黒い影が大きく揺れた。


◆ ◆ ◆


青い治癒光の中へ、細い黒い線が伸びる。


ユナの身体ではない。

リオの手でもない。

二人の間。


「一緒に帰る」


その言葉へ向かって。


サキのスマホで、reが激しく震えた。

白い線が飛び出す。

黒い線と、ユナの指先の間へ入る。


「re!」


ハレルの主鍵も強く熱を持った。


リオは反射的に一歩下がる。


イデールが治癒結界を広げた。

「ここはイルダ医療棟!」

「今は治療中!」

「まだ移動しない!」


黒い線が止まる。

だが、消えない。

青い光の外側で、細く揺れている。


ノノの声が響いた。

『やっぱり……』

『三つは本物』

『名前も、器も、場所も、本物』


ハレルは黒い影を見る。

「でも、最後だけ違う」


『うん』


ノノは答えた。

『選択のそばに、Cがいる』


治療室に沈黙が落ちた。


リオはユナを見た。

ユナは、確かにここにいる。

偽物ではない。

名前だけでもない。

記憶の中でもない。

本物の姉。


だからこそ。


最後の選択だけは、誰にも奪わせてはいけない。


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、医療棟の反応を見ていた。


名前。


器。


場所。


本人反応。


四つの光。


そのうち、最後の一つだけがまだ揺れている。


灰色の長衣をまとった男。


オルガ・セフィロが静かに言った。


「本人反応と、選択は同じではない」


白峰律は、医療棟に映るユナを見つめる。


「そうだね」

「呼びかけに答えたからといって、帰る場所まで決めたわけではない」


ヴァルド・レイグは、黒い影へ目を向けた。


「最後の道は、まだ開いていない」


カシウスは何も言わない。


Cは、ユナの選択の近くへ置いた影を観測する。


「選択反応を待ちます」


白峰は、穏やかに笑った。


「なら、待とう」


「彼女が自分で、帰ると言うまで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ