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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十六章 再起動する門編

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第二百三十四話 共同開発

第234話 共同開発



【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】


ユナの声が聞こえた後、仮設通信室はしばらく静かだった。


誰も大きな声を出さない。

ただ、機械の小さな作動音と、外から聞こえる救助隊の足音だけが部屋に残っている。


リオは椅子に座ったまま、両手を強く握っていた。


「……本物だった」


その声は、かすれていた。


ハレルは頷く。


「ああ」


サキも、スマホの画面を見ながら言った。


「ユナさん、ちゃんと医療棟にいた」


reは、画面の中で小さく光っている。


さっき、reは黒い光と通信線の間に白い補助線を出した。

それは、クロスワールドゲートの黒い門とは違う線だった。


ノノの声が通信に入る。


『今の反応で分かったことがある』

『ユナさんを戻すには、名前だけじゃ駄目』

『場所だけでも駄目』

『本人の反応だけでも駄目』


日下部が続けた。


『必要なのは四つです』

『名前』

『器』

『場所』

『そして、記憶に引っ張られないための拒否線』


ハレルは眉を寄せる。


「拒否線?」


『はい』

日下部は答えた。

『Cは次に、リオ君の後悔を使う可能性があります』


リオの表情が変わる。


「俺の……後悔」


ノノの声が少し低くなる。

『ユナさんの声を聞いたことで、リオは本物の場所を知った』

『でも同時に、“もっと早く助けられたんじゃないか”って思いやすくなった』

『Cはそこを入口にする』


リオは奥歯を噛んだ。

図星だった。


姉の声を聞いて、嬉しかった。

改めて生きていると分かって、救われた。


でも、そのすぐ後に胸の奥から別のものが出てきた。


なぜ、今まで助けられなかった。

なぜ、姉を一人で向こうに残した。

なぜ、自分だけ現実へ戻ってきた。


その後悔は、リオの中で確かに動いている。


サキが心配そうに見る。

「リオ」


リオは顔を上げた。

「分かってる」

「それも罠にされるんだろ」


ノノが言う。

『うん』

『だから、後悔を消すんじゃない』

『後悔だけで門を開かないようにする』


リオは静かに息を吐いた。

「消せるわけないしな」


その声は苦かった。


けれど、前よりも少し落ち着いている。


ハレルは言った。


「じゃあ、作ろう」

「後悔に引っ張られない門を」


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・午前】


日下部は、隔離端末を二台並べていた。


一台は、匠の手順を読み解くため。

もう一台は、実際に試験用の拒否線を組むため。


どちらもネットワークには繋がっていない。

クロスワールドゲートの履歴もない。

完全に切り離された端末。


それでも、画面の端には時々、細い黒い点が出る。


Cが見ようとしている。


日下部は、そのたびに画面を伏せるように暗号層を重ねた。


木崎が横で見ていた。

「見られてるのか」


「見ようとされています」


「嫌な言い方だな」


「見られてはいません」

日下部は答えた。

「ただ、見ようとしている圧力があります」


城ヶ峰は端末の向こうを見た。

「こちらの作業内容が漏れれば、Cに先回りされる」


「はい」

日下部は頷く。

「だから、現実側では完成形を作りません」

「こちらは、器の確認と拒否線だけを作る」

「門として完成させるのは、ノノさん側との同期の瞬間です」


木崎が腕を組む。

「また半分ずつか」


「はい」

「片方だけ奪われても、意味を持たないようにします」


木崎は、少しだけ笑った。

「匠のやつが好きそうなやり方だ」


その笑いには、怒りも混じっている。


だが、今はそれでいい。


怒っていても、木崎は動いている。


日下部は、画面に表示された匠の手順を読んだ。


そこには、短い注釈があった。


『後悔は消すな。』

『後悔を入口にするな。』

『本人確認に使うのは、後悔ではなく、選択だ。』


日下部はその文を見て、息を止めた。


「選択……」


城ヶ峰が聞く。

「どういう意味だ」


日下部は少し考えてから答えた。


「Cは、後悔を使って“やり直したい場所”へ引き込みます」

「でも匠さんの手順は、今ここで何を選ぶかを確認しろと言っています」


木崎が言う。

「過去じゃなくて、今か」


「はい」

「リオ君が、後悔で飛び込むのではなく」

「ユナさんを本当に戻すために、今は待つと選ぶ」

「その選択を固定する必要があります」


城ヶ峰は頷いた。


「リオへ伝えろ」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・午前】


ノノも同じ注釈を見ていた。


『後悔は消すな。』

『後悔を入口にするな。』

『本人確認に使うのは、後悔ではなく、選択だ。』


ノノは、水晶板の前で小さく唸った。

「匠さん、ほんとに嫌なところまで分かってる……」


セラが隣で言う。

「優しいのだと思います」


ノノは少し驚いてセラを見た。


セラは静かな顔で続けた。


「後悔を消せと言われたら、リオは苦しみます」

「けれど、後悔があっても選べると言われれば、前に進めます」


ノノはしばらく黙った。


それから、小さく頷く。


「うん」

「そうだね」


水晶板には、四つの枠が表示されている。


名前。

器。

場所。

選択。


ノノはその枠を見つめた。

「ユナさんを戻すには、ユナさん側にも選択が必要になる」


セラが聞く。

「本人の意思ですか」


「うん」

「ただ運ぶだけじゃ駄目」

「ユナさん本人が、どこへ戻るかを選ぶ反応がいる」

「でも今は、意識が弱い」


セラは医療棟の反応を見た。


ユナの青い反応は、まだ細い。

けれど、さっきよりは確かになっている。


「なら、医療棟側で安定させましょう」


ノノは通信を開いた。


『イデール』

『聞こえる?』


すぐに返事が来る。


『聞こえる』

『ユナは今、落ち着いてる』

『黒い線も少し引いた』


『今から、ユナさんの反応を安定させる』

『名前を呼びすぎないで』

『でも、本人が選べるように、場所と状態を繰り返して』


イデールが聞く。


『どう言えばいい』


ノノは少し考えた。


『ここはイルダ医療棟』

『あなたは治療中』

『今はまだ移動しない』

『戻る時は、自分で選ぶ』

『こんな感じ』


セラが静かに付け加えた。


「無理に目覚めなくていい」

「ただ、偽物の声にはついて行かない」


ノノは頷き、それも伝えた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/医療棟・午前】


イデールは、ユナの寝台の横で深く息を吸った。


医療棟の床には、まだ薄い黒い線が残っている。

だが、さっきよりも遠い。


ユナの周りの治癒光は安定していた。


イデールは、静かに言った。


「ここはイルダ医療棟」

「あなたは治療中」

「今はまだ移動しない」

「戻る時は、自分で選ぶ」


ユナの指先が、少しだけ動いた。


「無理に起きなくていい」

「偽物の声にはついて行かない」

「リオの声は、通信で届く」

「画面の中からではない」


寝台の下の黒い線が、わずかに揺れる。


その奥に、またクロスゲートの開発室が滲みかけた。


夜のモニター。

黒いコード。

白峰律の作った言語。

ユナが残した作業ログ。


だが、今度はその景色がすぐには広がらない。


医療棟の青い光が、ユナの周囲を包んでいる。


イデールは続けた。


「ここは、あなたを治す場所」

「門ではない」


ユナの唇が、ほんの少しだけ動いた。


声にはならない。


それでも、イデールには分かった。


ユナは、ついて行かなかった。


◆ ◆ ◆


【異世界・オルタ・スパイア入口前・午前】


アデルは、扉の前でノノからの新しい指示を聞いた。


『後悔を入口にする可能性がある』

『オルタ・スパイア側にも、過去の記憶反応が出るかもしれない』

『カシウス、中枢、前回の戦闘、全部使われる可能性がある』


ヴェルニが嫌そうに顔をしかめる。


「つまり、この塔に残ってるカシウスの記憶とか、

 あの中枢で起きたことを使われるってことか?」


『可能性はある』


「それに、俺たちが学園でジャバとやり合った記憶まで繋げられたら、最悪だな」


アデルは扉を見つめたまま言った。

「なら、使わせるな」


「簡単に言うな」


「難しいから言っている」


ヴェルニはため息をつき、それから真面目な顔になった。

「で、どうする」


アデルは左手首の副鍵に指を添えた。


「この扉に残る記憶を、入口ではなく記録として固定する」


『そう』

ノノが言う。

『そこは、通る場所じゃない』

『何が起きたかを残す場所』

『過去へ引き込まれないようにして』


アデルは頷いた。


「ここは、戦った場所」

「だが、戻る場所ではない」

「ここは、通った記憶を残す場所」

「今、通る門ではない」


扉の表面の黒い針が、わずかに震えた。


ヴェルニも、少し照れくさそうに続けた。


「ここは、中枢でカシウスと戦った場所」

「でも、もう終わった場所だ」

「今さらそこに戻る気はねえ」


アデルがちらりと見る。


「それでいい」


「褒めたか?」


「事実を認めただけだ」


ヴェルニは笑った。


扉の黒い針が、少しだけ後退した。


◆ ◆ ◆


【異世界・旧石造建物跡/地上部・午前】


ダミエとミレイも、新しい拒否条件を試していた。


石壁には、地下階段の白い輪郭が残っている。

そこに、また黒い影が滲みかけている。


ミレイが水晶板を見ながら言った。


「今度の反応は、記憶誘導です」

「地下へ降りた人の記録を使っています」

「木崎透、日下部奏一、相馬班の通過記録……」


ダミエは短く言った。

「名前、言わない」


ミレイははっとして口を閉じた。

「すみません」


ダミエは壁へ向かって言う。


「ここは、地下階段だった」

「でも、今は通らない」

「通った人の記録はある」

「でも、その人たちはここにはいない」

「記録は入口じゃない」


白い輪郭が静かに揺れる。


黒い影が、少しずつ薄くなる。


ミレイは水晶板に書き込んだ。


「記録と入口の分離、成功」

「記憶単独での入口化、抑制」


ノノの声が通信で弾む。


『よし』

『それ、こっちの手順に入れる』

『記憶は残す。でも入口にはしない』


ダミエは壁を見たまま頷いた。


「次も変える」


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】


日下部とノノの共同作業は、少しずつ形になっていった。


現実側では、隔離端末が拒否線を作る。

異世界側では、ノノとセラが結界式へ置き換える。

医療棟では、イデールがユナの場所と状態を固定する。

オルタ・スパイアでは、アデルとヴェルニが過去の記憶を門にしない。

石造建物では、ダミエとミレイが記録と入口を分ける。


全部が別の場所で行われている。


だが、少しずつ同じ形になっていく。


ハレルは、その様子を見ながら言った。

「これ、門っていうより……」


サキが続ける。

「みんなで、間違った道を閉じてる感じ」


リオは静かに頷いた。

「姉さんに続く道以外を、閉じてる」


その時、サキのスマホでreが強く光った。


画面の中に、細い白い線が一本引かれる。


オルタリンクタワー。

オルタ・スパイア。

石造建物。

イルダ医療棟。


四つの点が出た。


けれど、その線はまっすぐではない。


黒い点を避けるように、何度も曲がっている。


ノノが息を呑む。


『reが、補助線を出した』

『これ……最短距離じゃない』

『安全な方へ曲がってる』


日下部が続ける。


『Cの門が使う線とは違います』

『かなり細いですが、横取りされにくい』


リオは画面を見つめた。

「この線なら、姉さんのところへ行けるのか」


ノノはすぐには答えなかった。

『まだ、行けない』

『でも、行くための線にできるかもしれない』


リオは静かに頷いた。


今度は、焦らなかった。


「分かった」


ハレルは、リオの横顔を見た。


リオはまだ苦しんでいる。

姉を助けたい気持ちは少しも弱くなっていない。


けれど、もう黒い画面には引っ張られていない。


待つことを、選んでいる。


その選択も、門の一部になる。


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、reの補助線を見ていた。


細く、曲がった線。


最短距離ではない。

力も弱い。

だが、黒い針を避けている。


Cは静かに言った。


「逃げる線ですね」


ジャバが覗き込む。


「細すぎるな。潰せるだろ」


「触れれば、消えます」

Cは答えた。

「ですが、消した瞬間に別の線へ移る可能性があります」


ジャバは顔をしかめる。


「面倒だな」


奥で、カシウスが言った。


「reは潰すな」


ジャバが振り向く。


「なんでだよ」


カシウスは、reの光を見つめていた。


「あれは道ではない」

「道を選ぶための印だ」

「消せば、ハレルたちは別の印を探す」

「今は、あれを見て進ませた方がいい」


Cが聞く。


「誘導しますか」


「ああ」

カシウスは短く答えた。

「安全に見える線ほど、人は信じる」

「だが、完全に安全な道などない」


Cの黒い針が、静かに広がった。


「後悔の入口は、別の場所に残します」


カシウスは頷いた。


「リオに直接出すな」

「今は、ユナの側に置け」

「助けに行く理由を強くすればいい」


ジャバが笑う。


「結局、行かせるのか」


「当然だ」

カシウスは言った。

「来なければ、こちらの門は完成しない」


深層の暗がりで、reの白い補助線が細く光った。


その近くに、まだ誰にも見えていない黒い影が沈んでいる。


共同開発は進み始めた。


だが、Cの罠もまた、次の形へ変わり始めていた。


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