表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十六章 再起動する門編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
232/275

第二百三十二話 消えた一般人

第232話 消えた一般人



【現実世界・市内避難所/午前】


避難所の体育館には、まだ人が多かった。


駅周辺の異常現象。

帰還した学園。

クロスワールドゲートの再起動騒ぎ。


それらが重なり、家に戻れない人たちが集められている。


壁には新しい張り紙が貼られていた。


『クロスワールドゲートが起動しても操作しないでください。』

『表示された名前に反応しないでください。』

『端末を破壊せず、職員へ知らせてください。』


職員たちは、何度も同じ説明をしていた。


「名前が出ても、本人とは限りません」

「画面を見続けないでください」

「勝手に起動した場合は、近くの職員を呼んでください」


それでも、すべての人が冷静でいられるわけではない。


体育館の隅で、一人の男性がスマホを握っていた。


四十代くらい。

疲れた顔。

避難所に来てから、ほとんど眠れていない。


彼の画面には、クロスワールドゲートの黒いロゴが浮かんでいた。


『更新を確認中。』


その下に、もう一つの文字。


『接続候補を検出』


男性は唇を震わせた。


「……美咲?」


画面に表示されたのは、娘の名前だった。


行方不明になっている娘。


駅の異常現象の日から、連絡が取れなくなっていた娘。


その名前が、スマホの中にあった。


男性は何度も張り紙を見た。

職員の説明も聞いていた。


名前だけでは本人ではない。


分かっている。


分かっているはずだった。


けれど、画面の文字は変わった。


『記憶地点を検出』


『最後に会った場所へ接続しますか?』


男性の呼吸が乱れる。


画面には、駅前の小さなカフェの写真が薄く浮かんだ。

娘と最後に会った場所。

待ち合わせをした場所。

「また今度ね」と笑って別れた場所。


それは、ただの名前よりも強かった。


名前ではない。

記憶だった。


「美咲……」


男性の指が、画面へ近づく。


近くにいた職員が気づいた。


「待ってください!」


だが、一瞬遅かった。


男性の指が、画面の「はい」に触れた。


次の瞬間、スマホの黒い画面が、光った。


音はなかった。


叫び声も、爆発もない。


ただ、男性の輪郭が一拍だけ薄くなった。


体育館の床。

パイプ椅子。

男性の肩。

手に持ったスマホ。


その全部が、一瞬だけ、駅前のカフェの窓ガラスみたいに見えた。


「え?」


男性が、自分の手を見る。


その手が、向こう側へ引かれるように透けた。


職員が駆け寄る。


「離れて!」


誰かが叫ぶ。


だが、男性はもう立っていなかった。


次の瞬間、そこにはスマホだけが落ちていた。


床に転がったスマホには、黒い画面が残っている。


そこに表示されていた文字は、ただ一つ。


『接続完了』


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】


最初の報告が入った時、部屋の空気が止まった。


城ヶ峰からの緊急連絡だった。


『市内避難所で、一名が消失』

『クロスワールドゲート起動端末を操作した直後』

『端末は現場に残留』

『本人の所在、不明』


ハレルは、思わず机に手をついた。


「消えた……?」


リオが顔を上げる。


「どこへ」


城ヶ峰の声は硬い。


『不明だ』

『ただし、従来の転移反応とは違う』

『現場に残った端末には、接続完了の表示があった』


サキは自分のスマホを握りしめた。


reが、画面の中で細かく震えている。


「reが……嫌がってる」


ノノの声が通信で入った。


『今の反応、こっちにも出た』

『でも、前と違う』

『Cの針が、画面に直接刺さってない』


日下部が続ける。


『こちらでも確認しました』

『今回の接続は、名前だけではありません』

『本人の記憶地点を入口として使っています』


ハレルは眉を寄せた。


「記憶地点?」


日下部は早口で説明した。


『その人にとって強い記憶がある場所です』

『会いたい人と最後に会った場所』

『戻りたいと思っている場所』

『後悔や願望が強く残っている場所』

『Cの門が、そこを入口として再構成した可能性があります』


リオは低く言った。


「前は、姉さんの名前だけだった」


『はい』

日下部は答えた。

『前回、こちらは“名前だけでは本人ではない”と拒否しました』

『だから今回は、名前だけではなく、記憶を混ぜてきた』


サキの顔が青くなる。


「Cが、学んだんだ」


ノノの声が重くなる。


『うん』

『前回の拒否条件を読まれた』

『だから、針を直接刺さずに、記憶そのものを入口化してる』


ハレルは拳を握った。


石造建物の試験は成功した。

だが、その成功が、Cに次の手を教えた。


「じゃあ、また変えないといけない」


セラの声が静かに入った。


『はい』

『名前だけでなく、記憶も疑う必要があります』

『ですが、記憶をすべて疑えば、人は自分を保てなくなります』


その言葉に、誰もすぐには返せなかった。


名前。

器。

場所。

そして記憶。


Cは、人を形作るものを、一つずつ入口に変えようとしている。


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・午前】


日下部は、避難所から回収された端末データを隔離環境で確認していた。


画面には、接続完了の文字が残っている。


だが、通信先がない。


ネットワークログもない。

基地局記録もない。

端末内部のアプリ履歴も途中で途切れている。


それなのに、接続は完了している。


木崎は、横から画面を見て顔をしかめた。


「また、普通の理屈じゃねえな」


日下部は頷く。


「端末は、扉として使われていません」

「表示された記憶が、扉になっています」


「写真か?」


「写真というより、本人の認識です」

「端末が見せた場所を、本人が“そこだ”と確定した瞬間に入口になった」


城ヶ峰が低く言う。


「では、警告文を変える」


日下部はすぐに頷いた。


「名前だけではなく、思い出の場所にも反応しないように伝えてください」

「表示された写真、地名、過去の会話、声」

「全部、本人とは限りません」


木崎が呟く。


「人の記憶を全部疑えってか」


その声には、怒りが混じっていた。


城ヶ峰は短く言う。


「疑うのではない」

「確認する」


日下部が続けた。


「匠さんの手順も、そこに近いです」

「疑って終わるのではなく、三つを確認する」

「名前、器、場所」

「そして、次からは記憶も、単独では信用しない」


木崎は壁を見た。


かつて入口だった場所。


今はただの壁。

だが、そこにあった記憶だけは、確かに残っている。


「嫌な相手だな」


木崎は低く言った。


「人間が大事にしてるものばかり、入口にしやがる」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/医療棟・午前】


ユナは、眠っていた。


白い寝台。

薄い青の治癒光。

腕には、王都式の治療具が巻かれている。


呼吸は安定している。

顔色も、以前よりは少しだけ戻っていた。


イデールは、寝台の横で治療光を調整していた。


「ユナ」


小さく声をかける。


返事はない。


だが、指先がわずかに動いた。


それだけで、イデールは少しだけ表情を緩める。


確かに戻ってきている。

まだ遠いが、戻ってきている。


その時だった。


部屋の隅に置かれた水晶板が、一瞬だけ黒く揺れた。


イデールはすぐに振り向く。


「誰かいるの」


返事はない。


だが、ユナの寝台の下に、細い黒い線が走った。


針ではない。


もっと薄い。

もっと広い。


まるで、誰かの記憶が床に滲んでいるような線。


イデールはすぐに治癒光を強めた。


「ノノ!」


通信を開く。


『医療棟、C反応!』

『ユナの周囲に黒い線!』

『でも、前の針とは違う!』


ノノの声がすぐに返る。


『ユナさんの名前は出てる?』


「出てない!」


『場所は?』


「医療棟の床に反応!」

「寝台の下!」


ノノが息を呑む。


『記憶反応かもしれない』

『ユナさんの中に残ってるクロスワールドゲートの記憶を、Cが触ってる』


イデールの顔が強張る。


「どうすればいい」


『動かさないで』

『名前を呼び続けるのも危ない』

『でも、無言も駄目』

『場所を固定して』

『ここはイルダ医療棟』

『ユナさんは治療中』

『転移対象ではない』


イデールはすぐに復唱した。


「ここはイルダ医療棟」

「ユナは治療中」

「転移対象ではない」


ユナの指先が、また小さく動いた。


黒い線が、わずかに引く。


だが、消えない。


ノノは通信の向こうで低く言った。


『リオには……まだ言わない方がいいかもしれない』


セラの声が、静かに入った。


『隠せば、別の歪みになります』


ノノは黙った。


その通りだった。


ユナのことを隠せば、リオはもっと焦る。

焦れば、Cの門に近づく。


ノノは歯を食いしばった。


『分かった』

『伝える』

『でも、言い方を間違えない』


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】


ノノからの報告を聞いた瞬間、リオは立ち上がった。


椅子が後ろへ倒れそうになる。


「姉さんにC反応?」


ハレルがすぐに手を伸ばす。


「リオ」


「分かってる!」

リオは叫びかけて、すぐに歯を食いしばった。

「分かってる……」


その声は震えていた。


「でも、姉さんのそばに出たんだろ」


ノノの声は、必死に落ち着いていた。


『うん』

『でも、今すぐ危険域じゃない』

『イデールが場所固定してる』

『ユナさんは治療中』

『転移対象じゃないって固定してる』


リオは拳を握る。


「俺が行ければ……」


その言葉が、危なかった。


机の上で、伏せられていたリオのスマホが震えた。


全員が息を呑む。


スマホは伏せられたままなのに、黒い光が机の端から漏れた。


ハレルが叫ぶ。


「リオ、見るな!」


リオは目を閉じた。


強く。


画面を見ない。

名前を見ない。

記憶を見ない。


リオは、自分に言い聞かせるように言った。


「姉さんは、イルダ医療棟にいる」

「治療中だ」

「この画面の向こうじゃない」


スマホの震えが、一瞬だけ強くなる。


サキのスマホで、reが光った。


reは、リオのスマホとノノの通信線の間に、小さな白い点を置いた。


サキが言う。


「reが、こっちって言ってる」

「ユナさんの場所は、画面じゃなくて、ノノたちの通信の先」


ハレルも続けた。


「そうだ」

「ユナさんは、あのアプリの中じゃない」


リオは息を吐いた。


「……分かってる」


スマホの震えが、少しずつ弱くなる。


だが、完全には止まらなかった。


Cは、まだ諦めていない。


◆ ◆ ◆


【異世界・旧石造建物跡/地上部・午前】


石壁の白い線が、また動いた。


今度は、Cの針ではなかった。


白い階段の輪郭そのものが、少しだけ濃くなったのだ。


ミレイが声を上げる。


「地下階段の記憶反応、上昇!」


ダミエは壁を見る。


「針じゃない」


「はい」

ミレイは水晶板を見つめる。

「Cの針ではありません」

「でも、入口化が進んでいます」


王都軍の隊長が顔をしかめる。


「どういうことだ」


ミレイは青ざめた顔で言った。


「入口だった記憶そのものが、入口に戻ろうとしています」

「前回、Cの針は弾きました」

「でも今度は、針を使わずに、記憶を動かしています」


ダミエは、静かに立ち上がった。


「次の形」


ノノの通信が入る。


『ダミエ、まだ拒否しないで』

『その記憶が何に変わるか見たい』

『でも、人は近づけないで』


ダミエは王都軍の隊長を見る。


「全員、下がって」


隊長はすぐに命じた。


「全員、五歩後退!」


兵士たちが動く。


石壁の白い線は、階段の形を作りかけていた。


だが、そこに降りる段はない。


ただ、降りたくなる感覚だけが生まれている。


ミレイが震える声で言う。


「主任……これ、見てると降りたくなります」


ノノの声が鋭くなる。


『見続けないで!』

『水晶板越しだけにして!』


ダミエは壁を見たまま、短く言った。


「ここは、階段だった」

「でも、今は降りない」


白い線が震える。


「地下は、今ここにない」

「通る場所じゃない」


その言葉に、階段の輪郭が少しだけ薄くなった。


だが、完全には消えない。


ミレイが水晶板を握る手に力を込める。


「拒否条件、追加が必要です」

「針を弾くだけじゃ足りません」

「記憶そのものに、“今は通らない”を重ねる必要があります」


ダミエは頷いた。


「分かった」


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、記憶を動かしていた。


針は使わない。


針を刺せば、弾かれる。

針を見せれば、reに見つかる。

ならば、入口だった記憶そのものを揺らせばいい。


Cは、石造建物の階段の記憶を見る。


そこには、本当に階段があった。

本当に地下施設があった。

本当に人が通った。


だから、嘘ではない。


嘘ではないものほど、人は拒みにくい。


ジャバが笑う。


「今度は刺さねえのか」


「はい」


「性格悪くなったな」


Cは答えない。


奥から、カシウスの声がした。


「悪くない」


ジャバが振り返る。


カシウスは、石造建物の白い線を見ていた。


「針を弾かれるなら、針を使わなければいい」

「偽物を拒まれるなら、本物の記憶を使えばいい」


Cは静かに言った。


「これは本物です」


「ああ」

カシウスは頷く。

「だから厄介だ」


「次は、医療棟の記憶へ広げます」


ジャバが眉を上げる。


「ユナって女か」


カシウスは短く言った。


「そこは慎重にやれ」

「リオはよく揺れる」

「だが、揺れすぎれば壊れる」

「壊れた鍵は使いにくい」


Cの黒い線が、静かに動いた。


「観測します」


カシウスは、薄く笑った。


「観測だけではない」

「必要なら、誘導しろ」


深層の暗がりで、白い階段の記憶と、医療棟の床の記憶が細く繋がった。


Cは、もう針だけでは動かない。


記憶そのものを、門に変えようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ