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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十六章 再起動する門編

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第二百三十一話 拒む門

第231話 拒む門



【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】


石壁は、静かだった。


地下階段があったはずの場所。

白い研究施設へ続いていたはずの入口。

木崎たちが、白いコアと成人遺体カプセルを運び出した場所。


今そこには、ただの石壁しかない。


だが、その壁の前に立つ者たちは、誰もそれを「ただの壁」とは思っていなかった。


ダミエは、壁の前に座っていた。


大きすぎる制服の裾が床に広がり、フードの奥の目だけが壁を見ている。

隣では、ミレイが水晶板を両手で持ち、何度も反応を確認していた。


王都軍の隊長は、少し後ろで兵士たちを配置している。


「全員、壁から三歩下がれ」

「命令があるまで攻撃しない」

「何か見えても、名前を呼ぶな」


その最後の一言に、兵士たちの顔が少し強張った。


名前を呼ぶな。

それはもう、ただの注意ではない。


この事件に関わった者なら、名前が道にも罠にもなることを知っている。


ミレイが通信を開く。


「ノノ主任、こちら準備できました」


『聞こえてる』

ノノの声が返る。

『ダミエ、無理に開けないで』

『今回やるのは、入口を開けることじゃない』


ダミエは短く答えた。

「拒否すること」


『うん』

『でも、全部を拒否しちゃ駄目』

『ここが入口だった記憶は残す』

『Cの針だけを弾く』


「難しい」

ダミエは、いつもの調子で言った。


ノノは一瞬だけ黙り、それから少し柔らかい声になる。


『難しい』

『だから、ダミエに頼む』


ダミエは小さく頷いた。


「分かった」


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】


日下部の前には、隔離端末が置かれていた。


ネットワークには繋がっていない。

クロスワールドゲートの履歴もない。

匠から届いた手順だけを移した、まっさらな端末。


その画面には、石造建物側の反応が細い線で表示されている。


日下部は、息を整えてから言った。


「現実側、拒否処理を準備します」


城ヶ峰が短く聞く。

「こちらが何をする」


「Cの門が、石造建物側を入口として使おうとした瞬間に、こちらから“接続拒否”を返します」

「ただし、完全拒否ではありません」

「入口だった履歴は残す必要があります」


木崎が壁を見た。

「開けない。でも、忘れさせない。か」


「はい」


「面倒な綱渡りだな」


日下部は頷いた。


「ここで失敗すると、二つの結果がありえます」

「一つは、入口の記憶ごと消える」

「もう一つは、逆にCの門として開く」


木崎が顔をしかめる。

「どっちも最悪だ」


「だから、人は通しません」


佐伯の声が通信で入る。

『石造建物側の反応、安定しています』

『ただ、壁の奥に黒い針が出ています』


村瀬も続ける。

『針が、こちらの反応を見ています』

『まだ刺してはいません。待っている感じです』


城ヶ峰は静かに言った。

「向こうも試験を見ている」


木崎が低く笑う。

「カシウスか、Cか」


「両方だろう」

城ヶ峰は、隔離端末の画面を見た。


「始めろ」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・朝】


ノノは、両手を水晶板にかざしていた。


画面には三つの層が映っている。


一つ目、地下階段の記憶。

二つ目、ヴァルドの消失線。

三つ目、Cの針。


その三つが、重なり合っている。


どれか一つを乱暴に切れば、全部が崩れる。


セラは、ノノの隣で静かに見ていた。

「入口だった記憶を残すには、言葉が必要です」


ノノが聞く。

「名前じゃなくて?」


「はい」

セラは頷く。

「名前は、人を呼びます」

「けれど、今必要なのは場所の確認です」


ノノはすぐに通信へ流す。


『ダミエ、ミレイ』

『壁に向かって、人の名前は言わないで』

『場所だけ確認して』

『ここは、地下階段だった場所』

『今は、開かない場所』

『でも、消えたわけではない場所』


ミレイが復唱する。


『ここは、地下階段だった場所』

『今は、開かない場所』

『でも、消えたわけではない場所』


その言葉に合わせて、石壁の反応がわずかに変わった。


セラが目を細める。

「動きました」


ノノは息を呑む。


「入口の記憶が、返事してる」


◆ ◆ ◆


【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】


石壁に、細い白い線が浮かんだ。


今度はすぐに消えない。


階段の輪郭のような線。

けれど、階段そのものではない。

ただ、そこに階段があったという記憶だけが、薄く形を取っている。


ミレイが声を震わせる。

「出ました」

「地下階段の記憶反応です」


王都軍の兵士たちがざわめきかける。


隊長がすぐに手を上げた。

「静かに」


ダミエは、壁を見つめたまま言った。

「ここは、入口だった」


白い線が、少しだけ強くなる。


「今は、開かない」


白い線が、横へ広がりかけて止まる。


「勝手には、通さない」


その瞬間、白い線の下から黒い針が出た。


細い。

だが、鋭い。


黒い針は、白い階段の輪郭へ刺さろうとした。


ミレイが叫ぶ。

「C反応、上昇!」


ノノの声が飛ぶ。

『まだ弾かない!』

『針が何を入口にしようとしてるか見る!』


ミレイは震える手で水晶板を拡大した。


黒い針は、階段の輪郭に文字を浮かばせようとしている。


『地下施設』

『残存資料』

『回収対象』

『未確認反応』


次々に、意味のある言葉が出てくる。


それらは嘘ではなかった。


かつて、この下には地下施設があった。

資料もあったかもしれない。

回収対象も存在した。

未確認反応だって、あった。


だが、今は違う。


白いコアは現実側に回収された。

成人遺体カプセル二基も、現実側の管理下にある。

ここに残っているのは、入口だった記憶だけ。


ダミエは、静かに言った。

「それは、もうここにない」


黒い針が止まる。


ミレイが息を呑む。


ダミエは続けた。

「白いコアは、ここにない」

「成人遺体二つも、ここにない」

「地下施設は、今は開かない」


白い階段の輪郭が、細く震えた。


黒い針が、もう一度刺さろうとする。


その瞬間、ノノの声が響いた。


『今!』

『拒否!』


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】


日下部は、隔離端末へ指を走らせた。


「接続拒否、送ります」


画面に、短い表示が出る。


『入口化要求を拒否』

『入口記憶を保持』

『人員通過を禁止』


日下部は実行した。


隔離端末の画面が一瞬、白く光る。


同時に、オルタリンクタワーのコンクリート壁に、細い亀裂のような光が走った。


木崎がカメラを構える。

「こっちにも出た!」


城ヶ峰が言う。

「触るな」


壁の光は、扉の形にはならなかった。


ただ、かつてここに何かがあったという輪郭だけが、一瞬だけ浮かび、すぐに沈んだ。


日下部は画面を睨む。

「Cの針、弾かれます」


佐伯の声が入る。

『石造建物側、黒い反応が後退』


村瀬が続ける。

『でも、入口記憶は残っています』

『消えていません』


日下部は、深く息を吐いた。


「成功……です」


だが、次の瞬間、画面の端に黒い点が一つ浮かんだ。


日下部の顔が強張る。


「いや、待ってください」


木崎が聞く。


「何だ」


「拒否条件を、読まれました」


◆ ◆ ◆


【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】


黒い針は、壁の奥へ引いた。


石壁は開かない。


階段も現れない。


けれど、白い階段の輪郭だけは、細く残っていた。


ミレイは震える声で報告する。


「入口化要求、拒否」

「C反応、後退」

「地下階段の記憶、保持」


王都軍の隊長が、短く息を吐いた。

「開かなかったな」


「開けないのが成功」

ダミエはそう言った。


その言い方があまりにも淡々としていて、隊長は少しだけ苦笑した。


だが、ミレイは笑えなかった。


「主任」

「拒否は成功しました」

「でも、Cの針が最後に、こちらの拒否線をなぞっています」


通信の向こうで、ノノが息を呑む。

『やっぱり、見てた』


ダミエは壁を見た。

「次は、変えてくる」


ミレイが頷く。

「はい」

「同じ拒否では、次は通るかもしれません」


ダミエは、ゆっくり立ち上がった。


「じゃあ、次は同じにしない」


◆ ◆ ◆


【異世界・オルタ・スパイア入口前・朝】


アデルの左手首で、副鍵が小さく震えた。


石造建物側の試験が、こちらにも伝わっている。


扉の表面に浮かぶCの針が、一瞬だけ反応した。


ヴェルニが気づく。

「今、動いたな」


「ああ」

アデルは扉を見つめた。

「石造建物側で拒否された針が、こちらの針へ知らせた」


ヴェルニが顔をしかめる。

「針同士で連絡してんのかよ」


「同じCなら、当然だ」


通信の向こうでノノが言う。


『アデル、そっちはまだ動かさないで』

『今の拒否条件を、Cが読んだ』

『本命のオルタ・スパイアで同じことをやると、対応される』


アデルは頷いた。

「分かっている」


ヴェルニが拳を鳴らしかけて、止めた。

「また見張りか」


「そうだ」


「退屈だな」


「退屈なら、生きている」


ヴェルニは一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。

「アデル、それ慰めのつもりか?」


「事実だ」

アデルは扉から目を離さなかった。


ここは本命だ。


石造建物側で成功したからといって、同じ方法でここを守れるとは限らない。


むしろ、敵は今、拒否の仕組みを知った。


次は、もっと上手く来る。


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】


「成功したのか」


ハレルが聞く。


ノノの声が返る。


『半分成功』

『入口は開かなかった』

『Cの針も弾いた』

『地下階段だった記憶も残った』


サキは、少しだけ息を吐いた。

「よかった……」


だが、ノノの声は明るくならなかった。

『でも、Cに拒否条件を読まれた』

『次は同じ形じゃ駄目』


リオは伏せたスマホを見た。


まだ震えている。


その中で、クロスワールドゲートは待っている。


「つまり、こっちが一回守ったら、向こうは一回学ぶ」


日下部の声が入る。

『その通りです』

『Cは壊すだけではなく、観測して更新します』

『拒否されれば、拒否されない形を探す』


ハレルは拳を握った。

「じゃあ、毎回変えるしかない」


セラの声が静かに続いた。

『はい』

『門を固定しすぎてはいけません』

『正しい条件は持つ』

『けれど、形は一つに決めない』


サキのスマホで、reが光った。


reは、石造建物の白い線と、Cの黒い針を分けるように、小さな光を置いた。


サキは画面を見て言う。


「reが……分けてる」

「こっちは残していい線」

「こっちは駄目な針」


ハレルはその画面を見る。


小さな光が、二つの線の間にいる。


名前も分からない。

正体も分からない。

けれど、Cの針を見ることができる存在。


リオが低く言った。


「ユナを戻す時も、これが必要になるな」


ハレルは頷いた。


「ああ」


リオはスマホを伏せたまま、もう一度言った。


「名前だけじゃない」

「器と場所も揃える」

「それまでは、開かない」


その言葉に、サキの画面でreが小さく光った。


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、拒まれた。


石造建物の壁。

入口だった記憶。

そこへ通した細い針は、弾かれた。


だが、Cは揺れなかった。


黒い針が、静かに回る。


「拒否条件を記録しました」


ジャバが退屈そうに言う。

「弾かれたのにか」


「はい」

Cは答えた。

「弾かれたため、境界が分かりました」


ジャバは鼻を鳴らす。

「負け惜しみくせえな」


その奥で、カシウスが笑った。


「負けではない」


ジャバが肩をすくめる。

「じゃあ何だよ」


「試験だ」


カシウスは、石造建物の壁に残った白い線を見ていた。


「匠の手順は、入口だった記憶を残した」

「Cの針は弾いた」

「人は通さなかった」


黒い瞳が、わずかに細くなる。


「悪くない」

「だが、見えた」


Cが静かに言う。


「次は、入口だった記憶に針を混ぜず、記憶そのものを入口化します」


ジャバが笑う。


「性格悪くなってきたな、C」


Cは答えなかった。


カシウスは、短く言った。


「やれ」


深層の暗がりで、白い線と黒い針が離れた。


次に狙われるのは、針ではない。


記憶そのものだった。


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