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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十六章 再起動する門編

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第二百三十話 匠の設計図

第230話 匠の設計図



【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】


匠から届いた手順は、文章ではなかった。


図でもない。

コードでもない。

そのすべてが、少しずつ混ざったものだった。


ハレルのスマホには、短い指示だけが表示されている。


『白峰の門を見るな。』

『名前だけに反応するな。』

『日下部とノノが合わせるまで待て。』


その下に、さらに一行が追加された。


『二つの門は、似ているが違う。』


ハレルは、その文字を見つめた。


「二つの門……」


机の上には、三つのスマホが伏せられている。


ハレルのスマホ。

リオのスマホ。

サキのスマホ。


リオの端末には、まだクロスワールドゲートの表示が残っているはずだった。


『接続保留』


その画面を見ないように、リオはスマホを伏せている。


だが、見なくても分かる。


あの黒い画面は、今もそこにある。


サキは、reの表示だけを開いていた。


reは、画面の中央で小さく揺れている。

さっきまでのような激しい震えはない。


けれど、安心しているわけでもない。


まるで、見えない針の向きを探しているようだった。


ノノの声が通信に入る。


『ハレル、匠さんから追加来た?』


「来た」

ハレルは答える。

「二つの門は似ているが違う、って」


日下部の声も、別回線から重なる。


『こちらにも同じ文があります』

『ただ、続きが現実側と異世界側で分かれています』


リオが顔を上げる。


「どう違うんだ」


ハレルは黙った。


その答えは、今、日下部とノノが読んでいる。


クロスワールドゲート。

白峰律が作った門。


そして、匠が今送ってきた別の手順。


その違いを知らないまま進めば、またCに利用される。


ノノの声が、少し低くなった。


『まず、Cの門は“名前”から入る』


サキが息を呑む。


「名前から?」


『うん』

ノノは答えた。

『一ノ瀬ユナ、って名前を出して、リオを反応させたみたいに』

『その人が一番強く反応する名前を前に置く』

『それで、開きたい気持ちを門の力に変える』


リオの拳が固く握られた。


「……俺を餌にしたのか」


『餌というより、鍵の代わり』

ノノは苦しそうに言った。

『本当の鍵じゃなくても、強い願いがあれば入口の形は作れる』

『でも、行き先は本人が決めるんじゃない』

『Cが見つけた“それらしい場所”へ落とされる』


ハレルの背中に冷たいものが走った。


「じゃあ、リオが押していたら」


日下部が答えた。


『一ノ瀬ユナさんの名前に似せた反応へ接続されていた可能性が高いです』

『ですが、そこが王国医療棟とは限りません』

『むしろ、Cが観測しやすい場所へ引き込まれていたと思います』


リオは、伏せたスマホを睨んだ。


押さなかった。

それでも、想像するだけで胃が冷える。


もし押していたら。

もし、あの名前を信じていたら。


姉に会えるどころか、自分自身がCの門へ飲まれていたかもしれない。


セラの声が静かに続いた。


『名前だけでは、人ではありません』

『匠さんの手順は、そこを最初から疑っています』


ハレルは顔を上げる。


「父さんの門は?」


日下部とノノの声が、ほぼ同時に返った。


『名前、器、場所』

『この三つを別々に確認してから重ねる』


サキが小さく呟く。


「三点同期……」


「似てるけど、違う」


ハレルはそう言った。


今まで何度も使ってきた考え方だ。

コア、器、塔。

人、場所、名前。

それらを重ね、ずれを直す。


だが、今回の匠の手順は、もっと慎重だった。


名前だけで進まない。

場所だけで決めない。

器だけを引かない。


三つが揃わなければ、門にしない。


それが、白峰の門との決定的な違いだった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】


日下部は、端末に映る匠の手順を読み続けていた。


壁の前には、城ヶ峰と木崎がいる。


かつて南東サービス導線だった場所。

今は、ただのコンクリート壁。


だが、その壁の奥で、消された入口の履歴がまだ動いている。


日下部は指を止めた。


「現実側の処理が見えてきました」


城ヶ峰が聞く。


「必要なものは」


「端末そのものではありません」

日下部は答えた。

「クロスワールドゲートを入れたスマホは使わない方がいい」

「白峰の門の残骸が入っているので、Cに乗られます」


木崎が壁にもたれかけ、すぐにやめた。


「じゃあ何を使う」


「隔離端末を作ります」

「ネットワークに繋がらない、クロスワールドゲートの履歴もない端末」

「そこへ匠さんの手順だけを移す」


城ヶ峰は頷く。


「用意させる」


日下部は続けた。


「ただし、それだけでは門になりません」

「現実側では、名前と場所を直接扱うと危険です」

「こちらは“器側の確認”と“接続拒否”を担当します」


木崎が眉をひそめる。


「接続拒否?」


「はい」

「Cの門が近づいた時に、こちらが開くのではなく、まず拒否する」

「拒否したうえで、ノノさん側の結界部が通れる線だけを残す」


木崎は舌打ちした。


「ややこしいな」


「ややこしくしているんです」

日下部は画面を見たまま言った。

「簡単に開く門は、Cに奪われる」


木崎はしばらく黙った。


それから、低く言った。


「匠らしいな」


城ヶ峰が目だけで見る。


木崎は、少し苦い顔で笑った。


「あいつは昔から、肝心なところを人に話さない」

「白峰律のこともそうだ」

「元友人だってんなら、俺にも少しくらい話しておけってんだ」


誰も返事をしなかった。


木崎は壁を見た。


「まあ、話せば俺を巻き込むと思ったんだろうな」

「勝手に背負って、勝手に消える」

「本当に、腹の立つ男だ」


そう言いながらも、木崎は現場から離れない。


カメラを構え、消えた入口の壁を記録し続けている。



◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・朝】


ノノは、匠から届いた結界部を水晶板に映していた。


表示されているのは、王国式の術式ではない。

けれど、考え方は魔術に近い。


門を作るのではない。

門ではないものを、門にしない。


間違った入口を、拒否する。

正しい三点が揃った時だけ、細い通路を通す。


ノノは、目を輝かせかけて、すぐに顔を引き締めた。


「すごいけど、怖い」


セラが隣で聞く。


「怖い?」


「うん」

ノノは頷いた。

「これ、白峰律の言語を知ってないと作れない」

「でも、白峰律の門を信用してない人じゃないと、こういう構造にはしない」


セラは静かに言った。


「友人だったから、分かったのでしょう」


ノノは一瞬だけセラを見る。


セラは、まだどこか顔色が悪い。


オルガ・セフィロ。

ヴァルド・レイグ。


その名前が出てから、セラの中にある何かが揺れている。


ノノは聞きたかった。


だが、今はその時ではない。


「セラ」

ノノは言った。

「匠さんの手順、王国式に置き換えるのを手伝って」


セラは少しだけ目を伏せ、それから頷いた。


「分かりました」


ノノは通信を開く。


『アデル、ダミエ、聞こえる?』

『匠さんの手順を照合する』

『そっちの入口跡から、閉じ方の順番を送って』


◆ ◆ ◆


【異世界・オルタ・スパイア入口前・朝】


アデルは、扉の前に立っていた。


扉はまだ、扉の形をしている。

だが、通路ではない。


王国術師たちが、扉の表面と床、周囲の結界線を光の板へ記録している。


ヴェルニは少し離れて、塔の外周を見張っていた。


「ノノからだ」

アデルが言う。


『匠さんの手順と照合する』

『そっちの閉じ方、順番で送って』


アデルは短く返す。

「了解した」


彼女は左手首の副鍵に指を添えた。


腕輪が、静かに震える。


扉の表面には、三つの層があった。


一つ目は、古い王国式の入口。

二つ目は、その入口を消したヴァルドの結界。

三つ目は、その消された跡をなぞるCの針。


アデルはそれを見て、低く言った。

「順番は、入口、消失、再利用」


ノノの声が返る。

『記録した』

『やっぱりCは後から乗ってる』


ヴェルニが顔をしかめる。

「なら、Cの針だけ剥がせばいいんじゃねえのか」


アデルは首を横に振る。

「針だけ剥がすと、その下の消失線が暴れるかもしれない」


『その通り』

ノノがすぐ言う。

『ヴァルドの線が、Cの針に引っ張られてる』

『先にCだけ取ると、入口の記憶ごと潰れる可能性がある』


ヴェルニは嫌そうに息を吐いた。

「面倒くせえ」


「だから調査している」

アデルは扉を見る。


開けたい。

進みたい。

斬ってしまえば早い。


だが、それでは駄目だ。


今は、進むために止まる時間だった。


「ノノ」

アデルは言った。

「この扉は、仮の錨に使えるか」


少し沈黙があった。


『危ないけど、使える』

『ただし、入口としてじゃない』

『“ここは本来入口だった”という記憶を固定する錨として』


アデルは頷いた。

「なら、ここは私が持つ」


ヴェルニが即座に言う。

「一人でか?」


「お前もいる」


「そういう返し、最近増えたな」


「不満か」


「いや」

ヴェルニは肩を回した。

「むしろ分かりやすい」


アデルは扉から目を離さずに言った。


「ここを開けるのは後だ」

「今は、消された入口を忘れさせない」


◆ ◆ ◆


【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】


石造建物でも、同じ作業が始まっていた。


ミレイは、水晶板に石壁の線を記録している。


ダミエは、壁の前に座ったまま動かない。


王都軍の兵士たちは、周囲を警戒していた。

地下階段が消えた今、どこから何が出てくるか分からない。


ノノの通信が入る。


『ミレイ、ダミエ』

『そっちの順番、送って』


ミレイはすぐに答えた。


『はい、主任』

『こちらも三層です』

『一つ目、地下階段の記録』

『二つ目、消失処理』

『三つ目、C反応と思われる針状干渉』


ノノが短く返す。


『オルタ・スパイアと同じ』


ダミエが、ぽつりと言った。


「でも、こっちは弱い」


『弱い?』


「針が細い」

ダミエは壁を見たまま答える。

「こっちは本命じゃない。たぶん、予備」


ミレイが水晶板を見直す。

「確かに、C反応はオルタ・スパイア側より細いです」

「でも、残り跡は安定しています」


ノノの声が明るくなる。

『それ、使えるかも』


ダミエが聞く。

「入口に?」


『違う』

『練習台に』

『匠さんの拒否手順を、いきなり本命に当てるのは危ない』

『石造建物側の弱い針で、小さく試せるかもしれない』


ミレイは緊張した顔で水晶板を握り直した。

「主任、危険度は」


『高い』

『でも、無理に開けるよりずっと低い』


ダミエは短く言った。

「やる」


王都軍の隊長が顔を向ける。

「何をする気だ」


ダミエは壁から目を離さずに答えた。

「開けない」

「拒否する」


ミレイが、ノノから送られてきた手順を確認する。

「入口ではないものを、門にされる前に拒否する」

「ただし、入口だった記憶は残す」


ダミエは小さく頷いた。

「忘れさせない」

「でも、勝手に開かせない」


それが、匠の門の最初の使い方だった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】


リオのスマホは、伏せられたままだった。


だが、机の上でかすかに震えている。


中で、まだクロスワールドゲートが待っている。


『接続保留』


その文字を、誰も見ていない。

見ていないのに、全員が感じている。


ハレルは父から届いた設計図を見つめていた。


「拒否する門……」


サキが聞く。

「門なのに、拒否するの?」


「たぶん」

ハレルは答える。

「最初から開けるんじゃない」

「間違った入口を閉めて、正しい線だけを残す」


リオが低く言った。

「姉さんの名前が出ても、まず拒否する」


「そうだ」


「姉さんを拒否するみたいで、嫌だな」


その言葉に、誰もすぐには返せなかった。


だが、セラの声が静かに入った。


『一ノ瀬ユナを拒否するのではありません』

『一ノ瀬ユナの名を使った偽物の入口を拒否するのです』


リオは目を閉じた。


その言葉を、自分に染み込ませるように。

「……分かった」


ハレルのスマホに、また短いメッセージが届いた。


『最初の試験は石造建物側で行え。』

『Cの針が細い。』

『失敗しても、人は通すな。』


ノノの声が即座に入る。


『同じ指示、こっちにも来た』

『やっぱり匠さん、見えてる』


ハレルは周囲を見回した。


日下部。

ノノ。

アデル。

ダミエ。

ミレイ。

城ヶ峰。

木崎。

佐伯。

村瀬。


それぞれが、別の場所にいる。


だが、今は同じ手順を見ている。


白峰の門を使わないために。

Cの門に飲まれないために。

ユナを、本当に戻すために。


ハレルは静かに言った。


「石造建物側で、試す」


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、石造建物側の反応を見ていた。


細い針。

消された階段。

入口だった記憶。


そこへ、匠の手順が近づいている。


ジャバが笑った。


「試す気だな」


Cは答える。


「はい」


「潰すか」


「いいえ」


その奥から、カシウスの声がした。


「そのまま見ろ」


ジャバが振り向く。


カシウスは、暗がりの中で腕を組んでいた。


穏やかな笑みはある。

だが、その目は少しも笑っていない。


「石造建物側を選んだか」


ジャバが鼻を鳴らす。

「本命じゃねえ場所で試すってことだろ」


「ああ」

カシウスは短く答えた。


「ハレルたちにしては悪くない判断だ」

「いきなりオルタ・スパイアで試せば、失敗した時に戻せない」

「針の細い場所で拒否手順を試す。筋は通っている」


Cの黒い針が、静かに回った。


「では、妨害しますか」


「まだだ」

カシウスは即答した。


「拒否の仕組みを見てからでいい」

「匠が作ったものは、開くための門ではない」

「こちらの門を拒むための手順だ」


ジャバが眉をひそめる。

「拒まれるのを待つのかよ」


「違う」

カシウスは、石造建物の壁に浮かぶ細い線を見た。


「拒まれ方を見る」

「何を偽物と判断するのか」

「どこまでを入口の記憶として残し、どこからをCの針として弾くのか」

「それが分かれば、次は弾かれない形に変えられる」


Cは、ゆっくりと答えた。


「拒否条件を観測します」


「ああ」

カシウスは頷いた。


「匠の手順は、開く瞬間よりも、拒む瞬間に本質が出る」

「まずはそれを見ろ」


ジャバが笑う。

「性格悪いな」


カシウスは、静かに言った。


「門を作る者は、拒まれ方まで考える」

「匠も、白峰も、そこは同じだ」


深層の暗がりで、石造建物の壁が小さく光った。


入口ではない壁。

けれど、かつて入口だった記憶を持つ場所。


そこへ、匠の拒否手順が触れようとしていた。


Cの針は、まだ動かない。


ただ、待っている。


拒まれる瞬間を。


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