表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十六章 再起動する門編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
228/278

第二百二十八話 罠のアプリ

第228話 罠のアプリ



【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】


リオの指は、画面の上で止まっていた。


クロスワールドゲート。

黒い画面。

中央に浮かぶ、細い門のような図形。


その下に表示されている名前。


『一ノ瀬ユナ』


そして、選択肢。


『はい』

『いいえ』


ただの文字だ。


けれど、リオにとっては違った。


一年以上、追い続けた名前。

異世界で生きていると分かっても、まだ現実には戻せていない姉の名前。


一ノ瀬ユナ。


画面に出ているのは、その名前だった。


「押すな」


ハレルは、リオの腕を掴んだまま言った。


声は強い。

だが、怒鳴るためではない。


リオの指が、わずかに震える。


「姉さんの名前なんだ」


「分かってる」


「分かってるなら、どけ」


「どかない」


二人の視線がぶつかった。


サキは横でスマホを握りしめている。

サキの画面では、reが激しく揺れていた。


reは、リオのスマホへ近づこうとしている。

だが、そのたびに黒い針のような線が走り、reの光を弾き返す。


まるで、画面の中に小さな柵があるようだった。


ノノの声が、強いノイズ混じりに響く。


『リオ、お願い、押さないで』

『それはユナさん本人じゃない』

『名前だけを使ってる』


リオの眉が動く。


「名前だけ……?」


『うん』

ノノは早口になりかけて、それを必死に抑えた。

『器の反応がない』

『コアの反応もない』

『イルダ医療棟の位置情報とも繋がってない』

『表示されてるのは、ユナさんの“名前”だけ』


ハレルはリオの腕を離さなかった。


「聞いたか」


リオは画面を見たまま答えない。


ノノは続ける。


『本物なら、器、名前、場所、反応が一緒に出る』

『でもこれは違う』

『名前だけを前に出して、押させようとしてる』


セラの声が、静かに続いた。


『名前は、道になります』

『けれど、名前だけでは人ではありません』


リオの息が止まった。


画面の中の「一ノ瀬ユナ」という文字が、ほんの少し揺れる。


それは人の名前のはずだった。


だが、見つめているうちに、リオには少しずつ違って見えてきた。


姉の声がない。

姉の温度がない。

姉がそこにいる気配がない。


ただ、「一ノ瀬ユナ」という文字だけが、きれいに置かれている。


まるで、餌のように。


リオは歯を食いしばった。


「……姉さんじゃない」


ハレルは息を吐いた。


リオの指が、ゆっくりと画面から離れる。


その瞬間、画面の黒い針が一斉に震えた。


『接続しますか?』


文字が、もう一度強く表示される。


『はい』

『いいえ』


リオは、画面を睨んだ。


「俺は、姉さんを助けたい」


声が低くなる。


「でも、これで行ったら、姉さんに会えるわけじゃない」


ハレルは、腕を掴む手を少しだけ緩めた。


リオは、自分の指で『いいえ』を押した。


画面が一瞬、暗くなる。


次の瞬間、細い黒い針が弾けるように散った。


アプリは閉じなかった。


代わりに、新しい文字が出た。


『接続保留』


リオの顔が強張る。


「切れてないのか」


ノノの声がすぐに返る。


『切れてない』

『でも、今ので強制接続は避けた』

『リオ、よく押さなかった』


リオは何も言わなかった。


スマホを握る手が、まだ震えている。


サキの画面では、reが少しだけ落ち着いていた。

けれど、完全には静まらない。


reは、リオのスマホから離れず、その周囲をゆっくり回っている。


警戒している。


まだ終わっていない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】


日下部の端末にも、同じ変化が出ていた。


『接続保留』


日下部は画面を見て、息を詰める。


「リオ君が押さなかったことで、強制接続は止まりました」

「でも、アプリは終了していません」


城ヶ峰が聞く。

「保留とは何だ」


「接続先を保持したまま、次の条件を待っている状態です」

「通常のアプリなら、こんな表示はありません」


木崎は壁を見たまま言う。

「じゃあ、門の前で待たされてるってことか」


日下部は頷いた。

「近いです」


佐伯の声が通信で入る。

『接続条件は、本人の操作ですか』


「最初はそう見えました」

「でも、今の動きを見る限り、違います」


村瀬が聞く。

『じゃあ、何を待っているんですか』


日下部は画面を拡大した。


クロスワールドゲートの黒いロゴ。

その外側を回っていた黒い針の残り。

そして、薄く表示された接続履歴。


「感情反応かもしれません」


木崎が顔をしかめる。

「感情?」


「はい」

日下部は言った。

「強い願望、焦り、会いたい相手の名前への反応」

「それを“はい”の代わりに使おうとしている可能性があります」


城ヶ峰の表情が冷たくなる。

「本人が押さなくても、開く可能性があるということか」


「あります」


一瞬、誰も声を出さなかった。


木崎が低く吐き捨てる。


「最低だな」


城ヶ峰はすぐに無線を開いた。


「関係各所へ通達」

「クロスワールドゲートが勝手に起動した端末は、操作しないこと」

「表示された名前やメッセージに反応しないこと」

「端末を破壊するな。切断方法が分かるまで隔離しろ」


日下部がすぐに付け加える。

「電源を落とすだけでは危険です」

「落とした瞬間に、再起動処理が走る可能性があります」


城ヶ峰は頷く。

「そのまま伝えろ」


木崎は壁を見た。


かつて入口だった場所。

今はただのコンクリート壁。


その向こうで、何かが笑っているような気がした。


◆ ◆ ◆


【現実世界・市内各所/同時刻】


その現象は、少しずつ広がり始めていた。


駅の近くに住む大学生のスマホ。

避難所で充電されていた古い端末。

クロスワールドゲートを昔入れたまま忘れていた会社員のスマホ。

子どもに頼まれてゲームを入れていた親のタブレット。


画面が、勝手に明るくなる。


クロスワールドゲート。


黒いロゴ。


更新を確認中。


そして、人によって違う文字が出る。


『もう一度、向こう側へ』


『あなたの失ったものを検索しています』


『接続候補を検出』


ある者の画面には、行方不明の友人の名前が出た。

ある者の画面には、亡くなった家族の名前が出た。

ある者の画面には、ただ一行だけ表示された。


『戻りたいですか?』


誰も、すぐには意味を理解できなかった。


だが、意味を理解する前に、心が動く。


会いたい。

知りたい。

戻したい。

もう一度だけ。


その気持ちを、アプリは待っている。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/分析室・朝】


ノノは、広がっていく反応を見て青ざめた。


水晶板の上に、細い点が増えていく。


現実側の端末反応。

名前反応。

願望反応。

そして、その周囲に走るCの針。


「まずい」


ノノは呟いた。

「これ、ハレルたちだけじゃない」


セラは静かに画面を見つめている。

「一般の人々にも、門を見せていますね」


「見せてるっていうより、誘ってる」

ノノは唇を噛む。

「しかも、全員に同じ入口を見せてない」

「その人が一番反応する名前を出してる」


セラの表情がわずかに曇る。

「名前を餌にしている」


「うん」

ノノは端末を操作する。

「止めないと」

「でも、止め方が分からない」


その時、セラが低く言った。

「名前だけでは、人ではない」


ノノが振り向く。


セラは続ける。


「そのことを、現実側へ伝えてください」

「表示された名前に、すぐ返事をしないこと」

「名前を呼ばれても、相手が本当にそこにいるとは限らないこと」


ノノはすぐに頷いた。

「分かった」


ノノは通信を開いた。


『ハレル!』

『城ヶ峰さんにも伝えて!』

『一般端末にも広がってる』

『表示される名前に反応しちゃ駄目』

『名前だけでは本人じゃない』

『器、場所、反応が揃わない名前は、罠!』


◆ ◆ ◆


【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】


ノノの言葉を聞いて、ハレルはすぐに城ヶ峰へ共有した。


城ヶ峰側からは、すでに各所への警告準備が始まっている。


だが、時間が足りない。


スマホは多すぎる。

クロスワールドゲートを入れた人間が何人いるかも分からない。

すでに削除した端末にまで、残骸があるかもしれない。


サキは、reを見つめていた。


reは、画面の中で細く震えている。


三つの消えた入口の線。

リオのスマホ。

ハレルのスマホ。

そして、市内へ広がる無数の反応。


reは、それらを追おうとしている。


でも、追いつかない。


「re、無理しないで」


サキは思わず言った。


reは答えない。


ただ、小さく光るだけだった。


リオは、スマホを机の上に置いた。


画面はまだ暗くならない。


『接続保留』


その文字が、ずっと残っている。


リオはそれを見つめて、低く言った。


「俺は、あれを押さなかった」


ハレルは頷く。


「ああ」


「でも、押したいと思った」


その声は、苦しかった。


「押したら姉さんに会えるかもしれないって、思った」

「罠だって分かってても、一瞬、本当に思った」


ハレルは何も責めなかった。


サキも、何も言わなかった。


リオは拳を握る。


「だから、他の人も押す」

「名前を出されたら、押す人はいる」


ハレルは顔を上げた。

「止める」


「どうやって」


「分からない」

ハレルは正直に言った。

「でも、止める」


リオはしばらく黙っていた。


そして、小さく頷いた。


「……姉さんを助けるためにも、これを止める」


その時、ハレルのスマホが震えた。


クロスワールドゲートではない。


父・匠へ送ったメッセージの画面。


そこに、新しい表示が出ていた。


送信済みのまま止まっていたはずの文章の下に、短い返信が浮かぶ。


『白峰の門を使うな。』


ハレルの呼吸が止まった。


サキが画面を覗き込む。


「お父さん……?」


さらに一行。


『Cが乗っている。』


そして、最後にもう一行。


『待て。別の手順を送る。』


◆ ◆ ◆


【どこでもない層/深層】


Cは、その返信を見ていた。


白峰の門を使うな。

Cが乗っている。

別の手順を送る。


Cは、静かに沈黙した。


ジャバが言う。


「邪魔が入ったな」


「はい」


「壊すか」


「いいえ」


Cは、ハレルのスマホと、リオのスマホと、サキのスマホを見る。


それから、まだ反応し続けている一般端末の群れを見た。


「別の手順」


Cは、ゆっくりと言った。


「それも、観測します」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ