30話 “饗宴乱闘~弐~”
生物には気と呼ばれる力が流れている。竜はそれを竜気と、人間は流気と呼んでいる。
字は違うが音と意味は一緒であり、単に竜か人間が一致するのを嫌っただけであり対して意味に違いはない。
気はまるで血液のように全身を巡り、大いなる力を生む。
人間はその大いなる力を利用し、身体能力を向上させる。また、人間は全身に気の放出器官を持ち、セシリアの“障壁空間”とまではいかないが、質量を持つ物質を作り出すことができる。
そして人間はこの力を生まれたときから無意識のうちに使いこなすことができるのに対して、竜は訓練しても自身の中に流れる大いなる力を使いこなすどころか、感じることもできないため、身体能力を向上させることはできない。
ならなぜ竜はそれを竜気と特別な名をつけたのか?
竜は体内に循環するそれは感じ取れないが、その力を放出することはできる。
ただ人間と違うのは放出器官が全身ではなく、ある一部分にしかないということだ。
それが“逆鱗”
逆鱗は竜にある唯一の竜気の放出器官であり、竜気を別のモノへと変える変換器官でもある。
逆鱗を通した竜気は操る力、生み出す力、変化させる力、強化する力、使役する力、癒す力などと多種多様な力へと形を変える。それがそれぞれの逆鱗の能力となる。
逆鱗を使うときに「“逆鱗解放”」と言うのは使用時以外で竜気を極力無駄にしないようにせき止めているのを解き放つために言う言葉であり、逆鱗はその言葉を合図に堰を切り、竜気を放出する。
「────この辺りが逆鱗の基本的な説明でしょうか」
そう、観客席に座るラーノルドは隣に座るウガに向かって言う。
ウガは「そうじゃな」と短く相槌を打ち、話を続ける。
「俺は電気のライデンとはあまり面識が無いので、よく知らないのですが、あの姿は何ですか?まるで性格が変わったかのような・・・暴走ではないですし、もしや解離性同一性障害だったり────」
「心配するなラーノルド、別にライデンの坊は病気でもなければ、この状況が異常事態というわけではないわい」
そう言ってウガは続ける。
「ライデンの坊の逆鱗は“HIGH&LOW”名前はタイブーンの坊が逆鱗解放時のライデンの坊をハイライデン、通常時をローライデンと名付けた結果、流れで決まったらしい」
「・・・んな適当すぎる・・」
「能力は単純に『電気を操る能力』なぜ逆鱗を解放するとハイライデンになるのかは当のライデンの坊にすらよく分からんらしいのう。タイブーンの坊曰く「身体中に電気を流してるから脳内麻薬が大量に出てるんじゃないですかね、知りませんが」らしいのう。まぁ問題も発生しとらんそうじゃし、あまり気にすることはないじゃろ」
ウガの声は飄々としているが、頬杖をつき、戦況を見つめる姿は熟練の老兵のそれだ。
「この話は今するべき話ではない」とでも言っているかのようなその姿に気後れし、話を終えて戦場へと目を落とす。
戦場では一名、また一名と次々と数を減らしていき、強者だけが残っていく。
狙われやすいメギドラにとっては頭数が減ることは単純に警戒すべき敵の数が減って利になるのだが、元よりライデンとステカノスとの三つ巴の戦いをしているところに割って入る輩はそういない。
それにわざわざ割って入るような真似をせずとも、決着がついた後にメギドラがまだ立っていれば狙えばいいだけの話であって、リスクを冒す必要はない。
目的はメギドラを倒すことではなく、最後まで生き残ることなのだから。
(だから周りを警戒しなくていい。俺はライデンとステカノスを倒すことだけに集中していい。なんてことはない。闘技者たちは当然虎視眈々と相手を倒す隙を狙っているし、油断すればすぐに喉元嚙み千切られる。俺に他の奴ら攻撃する余裕は無いし、そんな隙をこいつらが見逃してくれるわけがない)
メギドラは“竜血霧”を立ち込める。
何度も言うが、“竜血霧”には探知能力がある。ライデンに吸われてしまうが、わざわざ首を振って周辺を確認する行為をする時間分短縮する方が最優先だ。
(現時点じゃ飛んでも利は無いな、こんなフィールドじゃ加速しきる前に狩られて終わりだ。こいつらを見てると俺の技は決め手に欠けると痛感させられる。俺の技の最大威力は“竜血刃”か“竜拳殴牙”で、威力はステカノスの“地還咆”やライデンの“IMPULSE”には及ばない・・・)
思考を止めることなく、相手の動きを観察する。
ライデンともステカノスとも一定の距離を保ちながら淡々と攻撃を躱していく。
だがこれも“竜血霧”の探知と目眩しがあるから今は避けられているだけ、霧にできるだけの血の余裕が無くなれば、この状況は一転するだろう。
ダラダラと時間をかけて戦う時間はないということだ。
リスクを負ってでも距離を詰め、早期決着をつけるしかない。
ライデンの雷気が霧の中で弾け、ステカノスの足元が微かに隆起する。
双方とも、メギドラが動く気配を察している。
(なら行くしかねぇだろ)
メギドラは剣を鞘へと納め、地を蹴った。霧が裂け血の匂いが風に散り、ステカノスの方へと一直線に飛び込む。
ステカノスの目が一瞬驚愕に見開かれ、すぐに殺意のこもった目へ変わる。
残り距離6メートル。
「来るかメギドラァァッ!!」
猛獣の唸り声のような低音の声と刺すような殺意のこもった目。だがそれはメギドラを攻撃することだけに集中しすぎている分、視界が狭まっているということ。
残り距離5メートル。
ステカノスは真正面に真っ直ぐ“地還咆”を放つ。
曲がることのない一直線に進む光線。読みやすい軌道に放つタイミング。そんな攻撃いくら速かろうとも避けるのは容易い。
そしてメギドラは避けると同時に“竜血刃”を放つ。ステカノスの方へと飛び込みながらも自身の後方で隠しながら生成していた刃だ。
だがこの攻撃はステカノスに当たることはない。目的は“地還咆”と激突させて少しでも近づくための時間を稼ぐこと。
残り距離3メートル。
ギャリギャリと硬い岩盤を砕くような音を鳴らしながら“地還咆”と“竜血刃”は激突する。
ほとんど硬化する時間のなかった“竜血刃”は簡単に眩い光に貫かれる。
だが目的は達成した。十分数歩進むだけの時間を稼ぐことには成功した。
残り距離0。メギドラの射程圏内だ。
「“竜拳────”」
そう拳を振り下ろそうとした瞬間“竜血霧”に揺らぎが見えた。ライデンが飛んできたときと同じ揺らぎ。
それを感じ取り、全力のパンチから力を抜き、軽いパンチでステカノスを攻撃する。
軽いパンチと言っても“地還咆”を打ち終えたステカノスの姿勢を崩す程度の力のチョッピングパンチ。
メギドラは拳を振り下ろしたその手でステカノスの胸ぐらを掴み、彼の影に隠れるように軽く屈んだ。
「“IMPULSE”!!」
雷鳴のような破裂音とともに、電気を纏うライデンの姿が霧を突き破る。
その速度はまさに閃雷。ただ光と殺意の軌跡だけが残る。
だがその雷はメギドラの身には届かない。
瞬間聞こえてきたのは結晶の殻が悲鳴をあげるように軋み、割れる音。
ライデンの大剣により、ステカノスの“結晶鉱姿”が砕かれる音だった。
ライデンの“IMPULSE”は超高速。すぐには止まれない。攻撃を仕掛けたライデンの位置は既に遠く、ステカノスの殺意は攻撃を喰らった要因であるメギドラの方へと向いていた。
だがそれももう遅い、メギドラの手はステカノスの胸ぐらを掴んでいる、腕を振り上げれば即座に顎に入れられる位置にある。
メギドラは腕を振り上げ、ステカノスの顎に一撃を入れる。速度を意識した結果、拳で殴ることもなく、手首の付け根部分での攻撃になる。
図らずも放った打撃は傍から見れば空手の弧拳のような動きに見えたことだろう。
不恰好な技でも、ステカノスの体勢を崩せたことは事実。拳を握りしめ、狙うは身体の急所、正中線。満を持しての───
「“竜拳殴牙”!!」
膻中へ真っ直ぐ、臓器の奥まで響くような一撃。強い痛みと呼吸困難を引き起こす。
ステカノスの体は少し後ろへ吹き飛び、膝がわずかに沈む。だが倒れない。彼の体は揺らぎながらもその場に踏みとどまった。
(結晶による防御力を抜きにしても、シンプルに頑丈だなこいつ。ライデンの斬撃、俺の打撃、前の顎もちゃんと入っただろ。せめて膝くらいつけよ)
そんな風に思考を回しながら、ステカノスへの追撃をと即座に一歩踏み出す。
瞬間、メギドラが感じたのは、悪寒。背筋を細い氷柱でなぞられるような感覚。
入場前にも同じものを感じた。脳裏に浮かぶのは、敵意も、殺気も、威圧もない。誰よりもずっと穏やかに見えながら、それすらも不気味さを助長するものであった、あの青年。
戦いの最中で、目の前のステカノスから視線を外してはいけない。だが振り向かずにはいれなかった。メギドラが感じたそれを見ないことの方が、圧倒的に危険であると本能が警鐘を鳴らしていたからであった。
メギドラの数歩後方、それは最初からそこに居たかのように静かに佇んでいる。まるで戦場の喧騒とは無縁であるかのように。
木でも石でも金属でもない、かといって布のようなものでもない。素材の判別すらつかない奇妙な質感。
3メートルは超えるであろう巨躯、竜とは違う、人の形をしているが人間とも違う。無機質。それが生物でないということはすぐに分かる。
それは人形だった。
何度も何度も補修されたかのような継ぎ接ぎの顔。毒蛇のような紫色の長髪。まるで王女かのように金の王冠を被っている。
左右の指は1本多く、いくつもの指輪や腕輪のつけられた腕や指には操り人形かのように糸が乱雑に絡まり、何かを求めるかのように両の腕を前に突き出している。
体は幽霊かのように浮いていて、下半身がない。空洞のスカートがマントかのように靡いているだけだ。
くり抜かれたかのような暗い目の中に、メギドラの姿が映っている。相手は人形、生物ではない。
だが、その暗がりの奥に何かが見ている気配が確かにあった。
その人形の全容を見ることなく、ほぼ反射的に、メギドラは剣を抜いた。
それが何かを考えている暇はない。ただそれを倒さなければ、できなくても離れなくてはならないと、そう感じたからに違いない。
切っ先が人形に触れる寸前、それだけが圧倒的に速い時間の中で動いているかのような、高速で話す女の子の声が聞こえた。
「繧キ繧ェ繝ウ縺ョ縺溘a縺ォ雋エ譁ケ繧呈ョコ縺」
人形が発した言葉、何と言っているのか理解することはできない。だが明確な敵意を孕んだ言葉だった。
それと同時に湧きあがってきたのは、恐怖。
ユニコーンの巨像に殺されかけたときや、ヅィギィアの刺突で殺されかけたときにも感じたものと同じ感覚。
本能的に、体が防御態勢に入る。
瞬間、とてつもない衝撃。体がはじけ飛んでしまうかのように感じる強い衝撃が、メギドラの体を突き抜けた。空を飛んだときと同じ浮遊感、すぐに重力に従って地面に落ちる。闘技場の床で何度も体がバウンドし、壁にぶつかってやっと止まった。
壁には大きな亀裂が走り、ガラガラ破片が崩れ落ちていく。
観客の歓声が響き、叩かれるようにガンガンと頭の中で反響していく。
「────ッ!!ゴホッ!ゴホッ!」
口の中に広がる鉄の味、咳をして同時に血を吐き出す。
朦朧とする意識の中で再び立ち上がろうと左手で地面を押そうとすると、左腕に酷い痛みが走る。恐らく骨がぽっきりと折れている。
右手に握られていた剣も同じく、根元から折れてしまってもう使い物にならない。
攻撃が来る寸前に防御態勢を取り、壁にぶつかる前に頭部を守ったため、戦闘不能にはならなかったが、大ダメージには変わりない。
(腕の骨折だけじゃない、あばらも何本かいったな。臓器に刺さったか?鱗も割れて血が流れてる。頭も破片か何かで切ったか・・・)
ドロドロと流れ落ちる血が地面を赤く染めていく。
朦朧とした意識の中、もう使い物にならない柄しか残っていない剣を投げ捨て、腰にかけた鞘も外す。
“逆鱗”で出血を抑え、脳への血液を強制的に維持し、朦朧とした意識を回復させる。
頭がはっきりとしてきて、思考が回っていく。それと同時に、酷い痛みが襲い掛かってくる。さっきの人形にやられた痛みだけではない。ライデンやステカノスにやられた痛みまで鮮明に感じる。
(痛みはどうしようもならないから我慢するしかない。あの人形の攻撃をもう一発まともに食らったなら、多分もう立ち上がれない・・・さっきの攻撃は見えなかった、もう一度狙いが俺に向いて、攻撃が飛んできたのなら・・・俺は防げるか?いや、防げる気がしない。当たった上でダメージを軽減する技術もない、血を硬化して盾や鎧を作っても、攻撃が見えないんじゃほぼ意味をなさないだろう・・・)
死すら感じさせた人形の攻撃は、確実に恐怖を生み、メギドラの心をじわじわと蝕んでいく。
恐怖は行動、思考を制限し、上手くいかない姿を想像させる。
メギドラはあの人形に勝つ姿が想像できていない。
(ひとまず状況を見極めろ。飛ばされてから今まで他からの攻撃が飛んでこないのは多分あの人形のターゲットになるのを恐れているからだ。で、あの人形が攻撃してこないのは何でだ?してこなかったのか、それともできなかったのか?)
さっきメギドラ自身がいた場所を見る。あの人形は既にその場から移動している。近くにいたステカノスもついでに攻撃されたようだが、ほぼ不意打ちの形のメギドラと違い、正面から相対したステカノスはまだ倒されていなかった。
次に人形がどこに行ったのかを探す。人形はある青年の傍にいた。人形はまるで子を抱きしめて守る母親のように、その青年を包み込んでいる。
その青年は勿忘草色の地竜の青年。青年は安心させるように何度も何度も「大丈夫だよ」と人形に語りかけていた。
「────大丈夫、大丈夫だよ、安心してよ迦楼羅。僕は大丈夫だから、心配しないでよ、ねぇ────」
メギドラは逆鱗によって無理矢理意識を鮮明にした結果、痛みが濁流のように押し寄せている。だが──その痛みすら、一瞬忘れるほどの異様な光景。
人形に語り掛けているその青年こそ“愛怨竜”シオン。
カルラと呼ばれたあの人形こそが、きっと彼の“逆鱗”の正体なのだろう。能力的にはベスティアの“静寂の猛獣”と似たような能力。呼び出す存在が猛獣から、カルラという人形に置き換わっていると考えるのが妥当だ。
(・・・あの人形の性質か、シオンの逆鱗か何が原因かは知らんが、できなかったのだと考えよう。あれを何の制約も無しに使えたなら、既に全員蹴散らされてる。勝ち筋はそこだ。今は耐え忍ぶべき・・焦るな、冷静に。ここが正念場だ・・・俺も切り札を切る)
カルラという脅威を前に、メギドラもギアを上げる。
饗宴乱闘前に、ウガとの修行で得た新たな使い方で、地味だが切り札になり得る力。
メギドラは自身の左肩に自身の指を突き刺す。
当然血が流れる。だがその血は普通の血とは様相が違う。
まるで蛇のように、ホースのような太い管に血液が流れているかのようにそれは流れ、メギドラの周りを環のように回っている。
その血液の量は竜一体の血液量を優に超えている。
この技に名前はない。というより名前をつけるほどのものでもない。
この血液の環だって、所詮は飾りのようなものだ。だが周りから見れば目に見える変化に、警戒が高まる。
メギドラはふっと息を吐いて、呟いた。
「さぁ行くぞ、第二ラウンドだ」
【闘技者残り:八名】




