31話 “饗宴乱闘~参~”
「逆鱗は、その能力に沿って、使用者の肉体を最適な形に進化させる」
「・・・ん?」
饗宴乱闘の二週間程前、体から限界まで血液を流す修行をしている最中、ウガはふとそんなことを言い出した。
メギドラはナイフで軽く切った腕からバケツの中へ血を流し、出血量の限界を慎重に見極めている最中であり、ウガの声があまり届いていなかったが、その言葉だけははっきりと聞こえた。
「進化?・・・進化ってのは世代を経て、生物の形質が環境に適応して変化する現象のことでしょう?それを個体に使うならその言葉は適さないと思うんですが────」
「待て待て、話を遮るんじゃない」
“進化”という言葉に違和感を持ったメギドラはそう言うが、ウガに止められる。
「まず、メギドラの坊の言い分も理解できる。本来進化という言葉はその扱い方が正しいじゃろう。というか、人間やその他動植物に向けられた進化はその意味で合っている。じゃが、竜における進化は少し意味が異なる」
ウガは続ける。
「竜は特異な遺伝子を持ち、本来世代間を経て発現するような変化も、一個体ごとに起こることがある。特に影響を与えるのが逆鱗じゃ。例を挙げるんなら、雷の逆鱗を持つ者は、逆鱗の力によって新たな臓器、発電器官・蓄電器官なんかを作り出したり、すでにあるものを造り変えたりする。こういうことが起きるんで、進化という言葉を使うのは強ち間違いじゃない」
「・・・言葉の定義の話はまた別として、つまりウガさんが言いたいのは、俺にももうそれが起きていると?」
「話が早くて助かるのう。さっきの器官の話は顕著な例じゃが、気づかないような小さな進化もお前さんの体に起きておる。そうじゃな────」
ウガはそう言いかけると、メギドラの血液が溜まっているバケツに目を落とした。
バケツには半分程度の高さまで入っており、その量ですら、竜が失血死してもおかしくない量が流れていた。
だというのにメギドラは少々貧血気味の症状が出るだけであり、まだ流すことができるような様子であった。
「竜は血液の四割近くを失うと失血死するんじゃが、この量はお前さんの血液量の四割を超えとるのう。んで、お前さんは何で死んどらんと思う?」
メギドラは一瞬驚愕したように目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻して返した。
「それでさっきの進化の話ですか────つまり、俺の失血死までの許容出血量が増えたとか、出血に合わせて血液が超高速で作られるようになったとか、詳しいことは調べてみないと分かりませんが、俺の体が“竜の血”を扱うのに適した体に進化したって言いたいんでしょう」
「その通り、話が早くて助かるわい」
「凄い腹が減ってきましたよ、喉もカラカラだ。超高速で血液を作るようになったのは多分正解ですね。そのせいで体が水分もエネルギーも必要としてるからこんな状態になってる・・・多分飯と水さえあれば無限に血を作れるんじゃないですかね?」
メギドラはそう言って、流していた血を止める。
そしてダレるように、地面に倒れた。
「───でも、これが限界です。流石もう血液に変えるだけのエネルギーが足りない・・・この前言ってた竜気ってのを効率よく物質に変えれたらいいんですが───」
竜気は逆鱗を通して力に変わるものであり、物体、物質に変えるのは効率が悪い。
別にできないわけではないが、消費する竜気に見合ったメリットを得られない。
“1000リットルの血液を操る力”分の竜気を使用し、血液に変化させても“1リットルに満たない血液”になるのみだ。
だから竜は新しい器官を作って逆鱗の能力を使うのだ。
「戦いの最中で新しい血液を作るのは得策じゃあねぇのう・・・血だけで体が動くもんじゃあるまいし」
ウガはバケツに溜まった血液を指差し、メギドラに提案した。
「お前さん、この血液全部体に戻せるか?」
「はぁ?この量全部体に入れたら多血症になりますよ、いや、循環血液量過か?まぁどちらにせよ、血栓とかは逆鱗でどうにかできるでしょうが、危険過ぎます」
「あぁ分かっとる。じゃがそれは今まで通り、血管に戻した場合じゃ。この余分な血液を血管に戻さず、外付けの血液タンクとして扱う。戦闘中に血液を新しく作ることをせずとも、そこから出し入れして調整できる」
ウガの言うそれができるのなら凄まじいことだ。
メギドラの“竜の血”の弱点は、出血に伴う体内の血液量の減少。
純粋に血液を使える量が増えるのならばその弱点を踏み倒すことができる。
だが、まだ問題はある。
「流石に、体内にこの血液量を溜め込んでおけるほどのスペースがない。重量は逆鱗でどうにかなるかもしれないが、体積に関してはどうしようもない」
「ん、なら密度を上げろ。この血液を圧縮して、手のひらサイズくらいまで小さくするんじゃ」
「はぁ?いや、無理無理、この量ですよ!?」
「知らん、やれ」
「そもそもそんなのイメージできないでしょ」
「つべこべ言わずにやれ!硬化と似たようなもんじゃろ!!逆鱗に不可能はないんじゃ!!」
「んな無茶苦茶な!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
時は戻り、饗宴乱闘。
血がメギドラの周りを環のように回り、周囲は目に見える変化に警戒を強める。
メギドラは巨大な人形カルラとその主“愛怨竜”シオンを真っ直ぐに見据えていた。
同時に体内の血液を操作し、左腕の骨折部位の周囲に血液を集めて硬化させる。ギプスや添え木のような役割を果たす。これで痛みは残るが、ある程度は動かせるようになる。
(───ウガさんに言われたときはあぁ言ったけど、結局成功はしたんだよな)
メギドラがそう考えている同刻、ウガも口を開いた。
「メギドラの坊は来る日も来る日も血を流し、それを圧縮させた。今までやったことのない作業じゃ、当然何度も失敗した。調整を誤れば血液は元に戻ろうとたちまち破裂する。壁もぶち破られてたまったもんじゃないわい。それを技にもできとらんしな」
ウガはしみじみとしたように話す。
「結果、作れたのは三つだけ、だが、十分な成果じゃろ。あれのおかげでメギドラの坊の失血の弱点をかなり踏み倒せるじゃろう────」
(圧縮した血液を外殻から硬化させ、体内に漏れ出すような事故を防ぐ。一旦鎖骨辺りに埋め込んですぐに中にも外にも出せるように構えておいた。一気に外に出す場合、位置を正確に突き破らないといけないのが難点だが、付け焼き刃の技にしては十分だろう)
完成した、圧縮し硬化させた血液は、保管する技であることと、見た目が深紅の結晶のように見えることから“赤星血晶”と名付けた。
“四の死”と結合し、出力、精度、共に大きく向上することによって実現した力だ。
メギドラはここからどう動くべきかと、辺りを確認する。
そんな中、自身を警戒する皆の姿勢を訝しむ。闘技者だけじゃない。観客も同じく、メギドラを見つめる視線が変だった。
周りを環のように回っている血液は多血症を防ぐ目的で体外に出しているだけ、攻撃がしやすくなっているように見えるが、実際は体内から出すのとほぼ変わらない。
(折角出した“赤星血晶”の血を使いたいが・・・完全に攻撃の予備動作に見えてるんだろうな。こうも警戒が強いんじゃ、使いにくいな)
「谿コ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺」
カルラの方も訳の分からない呪詛を唱え、今にもシオンの制止を無視して突っ込んできそうだ。カルラの呪詛はもはや言語ではなく、怒りと怨念の塊そのものだ。
「雋エ譁ケ縺ッ繧キ繧ェ繝ウ縺ョ謨オ縲∵ョコ縺────ッ!!」
カルラがついにシオンの制止を振り切り、まるで瞬間移動でもしたかのようにメギドラの視界から消え、次の瞬間、目の前に現れた。
シオンが叫ぶ。
「待って、カルラ!まだ行かないで!」
だがカルラは止まらない。虚ろな暗い目は完全にメギドラだけを捉えていた。
右手を振り上げ、横薙ぎ一閃、ただそれだけ。カルラがそれをすれば、まるで刀を振ったかのように一瞬の素早い技になる。
先ほどメギドラを攻撃したときに放った攻撃と同じ、小細工なし、シンプルなパワー任せの基本的な技。
小細工がない技だからこそ、ごまかしの効かない強力な技だ。
だがその技は風切り音を立てて空を切る。
さっきまでのメギドラの目にはカルラの動きは見えないはずだったが、今のメギドラならば、カルラの高速移動、高速攻撃も捉えられる。
彼の右眼の結膜は血に染まったように赤く、瞳孔は逆に白く輝いていた。まだ血の涙は流れないが、流れ出すのも時間の問題だ。鱗で覆われた手足もきっと筋肉がむき出しになったかのように赤くなっているはずだ。
“赤竜血集”によって、眼と手足の筋肉に血液を集中させる。“赤星視狂”と“赤星筋狂”
(まだまだ精度も性能も未熟な諸刃の剣。また人間軍と戦ったときのように酷いことになるかもしれない・・・また心配させるかもな・・・すまん、これしかないんだ、化け物なこいつらに抗うためには、リスクなんか考えてられない)
自分のために泣いてくれた女の子のことを思い出し、心の中で詫びながら、この技を使う。
カルラはシオンの逆鱗によって呼び出された存在。ならば、カルラに労力を割きすぎるわけにはいかない。狙うべきは逆鱗使用者本体、シオンの方だ。
スライディングでカルラを下から抜き去り、最短距離で一直線。
“竜血針”を作り出し、シオンを一突きだ。だというのにシオンは動揺してガードもできていない。
「カルラッ!!」
シオンがそう呼ぶと、“竜血針”が動かなくなる。
“赤星視狂”によって視力が圧倒的に向上したメギドラの目には、針にカルラの細い糸が絡みついているのが一瞬で理解できた。針を捨て、その場を離れる。
(ガードの動きが遅い・・・完全にカルラ任せか、多分シオン自身にはそこまで戦闘能力がないんだろう。故にカルラはシオン自身を守ることに使わざるを得ない。闘技者の中で圧倒的攻撃力、速度を持つ人形のカルラのおかげで何とか戦えてるって感じか・・・)
“赤竜血集”はまだまだ危険な技。またいつ眼球が潰れてしまってもおかしくないし、いつ筋肉が引き裂かれてもおかしくない。元より、この技はそう連続で、長時間使用する技ではないのだ。
現在のメギドラの練度で使用するなら、どれだけ長く見積もっても、30秒が限度。安全に使用するのなら、そこから十数秒のクールタイムが必要となる。
右目を休ませている間に左目で“赤星視狂”を扱えればいいのだろうが、そんな高度なことは今のメギドラにはできない。
(────ならどうやってその時間を稼ぐか・・・を、考えるべきなんだろうが・・・残念ながら俺にはそんな悠長なこと考えてる暇はない。この時間中にシオンを倒しきる!!)
カルラにやられた大ダメージで当初の予定が大幅に狂った。諸刃だろうが何だろうが、出し惜しみしてるわけにはいかないのだ。
メギドラの攻撃をシオンに当てようとしても、カルラに防がれて終わりだ。工夫しなければ攻撃は当てられない。ならば饗宴乱闘というこの環境を利用する。
視界の先に闘技者を数名倒している精鋭級の竜、“鞭丸竜”シンゼスと“戦艦竜”ミアボンが相対している姿が見えた。
(あいつらを使わせてもらう)
シオンへ向けて“竜血刃”を放つ、赤い刃は当然守護するカルラの掌中に吸い込まれ、握りつぶされる。
だが十分、飛び上がり、カルラとシオンから離れる。それに足るだけの時間は作れた。
向かう先はミアボンとシンゼスのいる場所。彼らの力を利用する。
「────おいおい、多方面に喧嘩を売るのは自殺行為だぞ!」
観客席にいるラーノルドはメギドラのその行動に苦言を呈す。
当然そんなことメギドラも分かっている。
シンゼスとミアボンの戦場へ飛び込む直前、メギドラは血液を一筋だけ伸ばし、地面を叩く。その衝撃音に反応して、ミアボンが鋭く振り返った。
「エ、キミこっち来るのぉ?」
ミアボンは一瞬目を見開き、驚愕しながらも防御態勢を取っていた。
腕にある、鋼の装甲板のように重なった鱗を盾のように構え、防御姿勢を取っている。
シンゼスもメギドラやカルラからの攻撃を警戒し、その場からバックステップで離れながらも迎撃する姿勢を見せている。
メギドラの真後ろには既にカルラが迫ってきている。
まだ“赤星筋狂”も“赤星視狂”も継続中。カルラの動きは見切れる。
カルラは右腕を振りかぶる。その力は今までと比べても絶大な怨念が込められているように感じた。観客席から見ている者たちですら、冷や汗をかくほどのプレッシャーを放つ。
だがそんな状況でも、メギドラの心に揺らぎは起きることはない。冷静に状況を見極める。
今のメギドラの位置は防御とメギドラの妨害に動くミアボンと攻撃態勢のカルラにちょうど挟まれた場所。
カルラの腕を伸ばしきればギリギリミアボンに当たるかどうかという位置。
(良い位置だ)
メギドラは人差し指と中指の二指で手招きするように引っ張る仕草をする。
するとカルラの体が僅かに傾く。先ほど糸に絡まった“竜血針”が役に立った。
傾いた姿勢のパンチでもカルラの力は強大。だが避けるのは容易くなった。この状況は避けるのが吉、その後どうにかミアボンへ攻撃してもらうように誘導するべきだ。メギドラもそう考えていた。
だが───
メギドラは凝縮された時間の中、思考に逆らって徐にカルラの拳へと手を伸ばしていた。
なぜそう動いたのか、メギドラ自身にも理解できなかったが、身体は無意識に最適な行動をとり始める。衝撃に備え、手から腕にかけての体内の血を硬化させていく。
驚異的な動体視力を生む血の目は、力の流れを正確に読み取り、暗闇に一本の光の筋を灯すかのごとく、正しい道筋を導き出した。
円を描くような動きで、直線的なカルラの攻撃をいなす。
側から見れば合気の技のように見えるそれは、カルラの拳の向きを変え、ミアボンの方へと向かわせることに成功した。
だがミアボンも精鋭級の竜。闘技者の中では強者の部類に入る。
真正面から、カルラの攻撃を受け切るつもりだ。
「“装甲鉄艦”」
ミアボンがそう唱えると彼の鱗が飛び上がったかのように、正面に鋼の装甲板のような盾が浮かび上がった。
ギャリィィィィィィ!!!──と、金属が削れるような嫌な音が響き、どんどん装甲にヒビが広がっていくが、ミアボンは避けようとしない。避けないのか、避けられないのかは定かではないが、カルラの怨念の一撃を真正面から受け切る気概を彼から感じていた。
(───今ッ!!)
カルラの注意は完全にミアボンの方へと移り変わっている。そして、カルラの主たるシオンは、今防御のないガラ空きの状態。
今こそ全力の攻撃をぶち当てる絶好の機会。
“赤星血晶”の血液を存分に使える瞬間。
もう目も筋肉も限界に近い。これで決着をつける。
環の血液の大部分を使い作り出す。三日月の形に編まれた血液の刃、剣のように鋭く尖った血刃、敵を刈り取る竜の爪。今出せる竜気を絞り出し、最大火力をぶつける。
「“竜気最大出力”“竜血刃”!!」
今までにない大きさ、今までにない鋭さ、今までにない速さ。シオンの身体能力では決して避け切れないであろう致命の一撃。
「決まった」そう勝利を確信させる攻撃───
「───“迦楼羅召喚”」
シオンにとっても、同じく凝縮された時間の中で、唱えられた“逆鱗”の名が聞こえたその瞬間までは。
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メギドラは“赤星視狂”と“赤星筋狂”を解除する。
カルラの怨念の攻撃を受け、内部まで硬化させた血液も同じく解除する。
目は問題ないが、骨折以上に腕が酷く痛む。
考えれば当然、“赤星筋狂”は筋肉への血流を増やすことで身体能力を向上させる技、それに対して内部硬化はその流れを堰き止めてしまう。
前言撤回、よく考えなくても相性最悪であることは明白であった。
(───ッ!!しくじった・・・逆鱗の歴も、戦闘経験も、武術の経験も浅い俺が、即興で戦ったら痛い目見ることは火を見るより明らかだろうがッ!!)
メギドラの目の前には、カルラに抱き抱えられ、無傷で立っているシオンの姿があった。“竜血刃”は叩き割られ、粉々に砕けた三日月が見える。
まだシオンは倒せていない。まだカルラの悪夢は終わらない。
そして自分の身体はカルラの攻撃+相性の悪い二つの技の併用。なんとか右腕は動かせるが、左腕の方は力無くだらりと垂れ下がってしまう。
そして“竜気最大出力”“竜血刃”を防がれたことによる精神的動揺。
どれだけ思考を巡らせても、自分にとってネガティブな内容、最悪な想像しか湧いてこなかった。
(くそ、あれじゃダメだった。カルラはシオンが逆鱗によって召喚した相手。いつだって召喚すれば近くに呼び寄せることは可能だったんだ。ちょっと考えたら分かるだろ・・・あいつらを引き離したところで再召喚されたら無駄だってこと・・・)
メギドラの目に映る光景はまさしく絶望。
まだ強さを示せた気もしない。このままじゃ、ジャバとの勝負も負け、竜帝への道は一生閉ざされることになる。
(クソッ!!クソがクソがクソが。考えろ、何かないか、何か───)
「あぁ───やられたよ」
そんなメギドラの思考を切る声を発したのは、己にとって絶望の対象である、シオンだった。
彼はメギドラを倒す絶好の好機だというのに、シオンはカルラを動かそうともしない。
彼は天を仰ぎ、目を覆い、頭を抱えていた。
「蜀榊小蝟はしちゃダメなんだよ・・・これでもう10蛻�経っちゃったじゃ縺ェ縺?°」
ところどころ、呪詛のようになってシオンの言葉が聞き取れない。
みるみるうちに、シオンからカルラと同じ雰囲気を発していく。
悪寒だ。今までは背筋を細い氷柱でなぞられるような感覚だったが、それとは比にならない。全身を氷柱で突き刺されているような感覚。
「諞弱>縲∝?縺ヲ縺梧?縺??らォ懊b莠コ髢薙b蜈ィ縺ヲ縺」
闘技者たちは理解した。それは変貌したのだと、かくも恐ろしい怪物へと。
【闘技者残り:八名】




