27話 “開宴”
ジャバとの面会から二週間の時が過ぎ、遂に覇竜饗宴開宴の日を迎えた。
竜帝国は祭囃子の賑わいに包まれていた。
道には露店がずらりと並び、巨大な串焼き肉から甘い菓子まで、香りが風に乗って漂ってくる。
子どもたちが尻尾を振りながら走り回り、空では若い天竜たちが飛行競争をして歓声を上げている。
太鼓のような低い振動音が響き、祭りのリズムを刻んでいく。
特有の金属音を混ぜた楽器が鳴り、空気そのものが震えるような祝祭の音色が広がっていた。
色とりどりの布が風に揺れ、竜の鱗を模した装飾が光を反射してきらめく。
戦いを前にしているはずなのに、そこには期待と興奮が満ちていた。
「この様子だけ見てたら、本当にただのデカい祭りにしか思えないのにな・・・」
そう呟くメギドラは道端のベンチに腰掛け、酒を買い足しに行ったウガを待っていた。
正確には「酒が足りん」とメギドラを置いてそそくさとどこかへ行ってしまい、やることがなくて黄昏ているだけである。
ウガから少し金を受け取っているためこの状態はあまり問題ないのだが、独りだと何をしていいのかも分からない。
饗宴乱闘が始まるのは夕方からであり、今の時間はまだ昼前だ。まだ半日ほど時間がある。
(暇だが・・・それでいいのかもしれない。最近忙しかったし、今は体を休めておいた方がいい。それに・・・どうせ元人間だと公表されたら、こんな風に街中で黄昏るなんてことできないし・・・この空気を味わっておくのも悪くないか────)
そんなことを考えながらベンチに深くもたれかかり、まだ片方でしか見れない空を見上げていると────
「す・・すみません。お隣・・・失礼してよろしいでしょうか・・・」
そう声をかけてきたのは少し幼気の残る黄色の地竜の青年だった。
しかし最も印象を引くのは青年の方ではなく、彼の持つ武器の方であった。
青年の背丈は170程度であろうが、彼が抱きつくように抱える蒼白い大剣は彼の背丈を上回っていた。
また、鞘越しであるため正確な値は分からないが、大剣の元幅は30センチ程あり、明らかにその青年が扱う武器としては合っていないものであった。
「あぁ、どうぞ」
メギドラは自身が座るベンチの隣を手で示し、遠慮せずにと勧めた。
「・・・あ、あの・・・あなたも・・・饗宴乱闘に参加するんですか?」
そう青年の方から切り出してきたのはベンチに座って数分沈黙の時間が流れた後であった。
すぐそばは祭囃子で賑わっているのに、ここだけは重い空気が流れている。それをどうにかしようと声をかけてくれたのだろう。
ウガの言っていた正々堂々を破ることになってしまうので、あまり話すことができないというだけなのだが。
「えぇまぁ・・・はい」
「ぼ、僕も参加するんです・・・饗宴乱闘・・・あ、あまり強さに自信があるわけじゃないんですけどね・・・あはは」
青年はそう言って頭をポリポリと掻いた。
「あ、申し遅れました・・・すみません・・・僕、ライデンと申します・・・」
「・・・!」
メギドラはその名を聞いて二週間前のウガとの会話を思い出した。
「今参加が確定している奴らを挙げるとするなら、ジャバの坊の所の“氷仕竜”ヴォロコーブ。タイブーンの坊の所の────」
「───“雷斬竜”ライデン?」
「はい・・・そうです」
メギドラは目の前の気弱そうな男に対して驚きを隠せなかった。
“雷斬竜”ライデン。そんな大層な名前の持ち主であり、ウガがかなり早く名前を挙げた竜であるのだから、どんなに恐ろしい竜であるのかを予想していたが。
それがこんな気弱そうな男であるとは想像がつかなかった。
「あなたも・・・饗宴乱闘参加するんですよね」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ・・・あまり話すのは正々堂々に反するのでは?」
「・・・はい?」
ウガに言われた正々堂々。名前以外は全部アウトであり、それ以外は正々堂々に反する行為だと。
メギドラは今ライデンと会話する行為自体が竜の正々堂々に反してしまうと考えたのだ。
だがウガのそれは大噓であり、ライデンから帰ってきた言葉は当然────
「・・・失礼ですけど、そこまで厳正に正々堂々なんて決まってないですし、決まっててもそこまで厳しくないですよ・・・」
「え?」
「僕としては正々堂々なんて仕合中に卑怯な行為をしないとか、全力で臨む、くらいの認識ですし・・・そんなこと気にして相手のことを知れないのは本末転倒ですよ。仕合や試練中は敵でも、普段はみんな仲間なんですから、そんなこと気にしなくていいですよ」
そう言ってライデンはニッコリと笑った。その笑顔に心がスッと軽くなるのを感じた。
それはそうと、あとでウガに問い詰め、理由次第によっては一発殴ろうと考えるメギドラであった。
「あの・・・今さらですがお名前を伺ってもいいですか?」
「あぁ、これは失礼した。俺は────」
メギドラは少し迷った。
ここで名乗るという行為が自分の正体に触れてしまうようで。数時間後にはどうせばれるというのにふと考えると妙な恐怖や警戒心が表れてきた。
だが、ライデンのまっすぐな眼差しに、余計な警戒心がふっと溶けていく。
「───メギドラだ」
「メギドラさん、ですね・・・えへへ、よろしくお願いします」
ライデンは大剣を抱えたまま、少し不器用に頭を下げた。
その仕草が妙に初々しく、メギドラは思わず口元を緩める。
「しかしその剣・・・随分とデカいな」
「あ、あぁこれですか?あはは、よく言われます・・・でもこれじゃないとダメなんです。大剣『RUMBLE』永世武具です。これじゃないと耐えられなくて・・・」
ライデンは照れくさそうに笑いながら、大剣の柄を撫でた。
その指先には、武器を大切に扱ってきた者の癖が滲んでいる。
永世武具、それは壊れても直ることが特徴である。また、モノによっては特異な能力を持っていたりする。
(気弱そうに見えるが、きっと名前負けしない実力を持っているはずだ)
メギドラは内心でそう呟いた。
気弱そうに見えるが、実力は本物。その予想が当たっていれば、そのギャップが恐ろしい。
「メギドラさんの武器は?」
「俺の武器はそんな大層なものじゃない。ただの量産型の常世武具の剣だよ」
「永世武具でも、常世武具でも、使い慣れているなら十分ですよ。武具は・・・その、相性が合っているものを使うのが一番ですから」
ライデンはそう言って、メギドラの腰に下げられた剣をちらりと見た。
その視線には侮りも驚きもなく、ただ純粋な興味と敬意だけが宿っている
「はは、そうだな」
メギドラはそう返すが、今持つこの剣も別に使い慣れているわけではない。
ただ遊撃隊にいたときに使っていたものと同じものを持ち出してきただけである。
剣がメギドラにとって相性がいいのかすらまだ把握できていないのもあり、ライデンには少し悪いことをしたような気分になった。
「ライデン、あんた強いだろ」
「えっ!?い、いやいやいやいや、そんなこと────」
「いや、強い。謙遜するな」
「け、謙遜って・・・そんな、僕なんか・・・」
ライデンは耳まで真っ赤にしながら否定するが、その反応がむしろ図星であることを物語っていた。
しばらくするとカランカランと時間を告げる鐘が鳴り、それと同時に群衆の先にウガの姿が見え、メギドラはそれに呼応するように立ち上がった。
少し考えた後に顔に手をかけ、スルスルと右目を覆っていた包帯を取り、薄い光がためらいがちに瞼の裏へと流れ込んでくる。
痛みとも安堵ともつかない熱が、そっと目の奥で揺れた。
「ありがとうライデン。少し勇気が出た」
振り返り、ライデンの目を真っ直ぐに見据えてそう感謝を伝える。
つい先ほどでは想像もできないような澄んだ声で、澄んだ心で、そう伝えることができた。
「じゃあまた、饗宴乱闘のときに」
「えぇ、また」
そう言ってライデンと別れ、波のように動く竜たちの群衆の中に紛れていった。
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時は流れ、饗宴乱闘開始二時間前にまで差し掛かった。
空はまだ青いが、端だけがゆっくりと橙に染まり、影が少し伸び始めていた頃、メギドラとウガは饗宴乱闘の会場である石造りの円環闘技場の前まで来ていた。
開始までまだ二時間あるというのに、すでに多くの竜たちが集まり始めている。
「ウガさん、まだ時間があるのに、随分と数が多いですね」
メギドラは群衆の熱に吞まれないよう、ウガに声を掛ける。
ウガは正々堂々について噓を吐いていたのは、他者への警戒をするあまり、自身の修行が疎かにならないようにしたり、能力を公表することで起きる対策の一点特化を防ぐようにするため。また、無駄なリソースを極力発生しないようにするためなのだと。
「饗宴乱闘は覇竜饗宴の夕方のメインイベントじゃからのう。闘技場の前列で見たいから、何時間も前から待機してる輩も結構おるぞ。そろそろ闘技者の入場も可能になるから、それを見に来る奴らもおるしな」
「今更ですが、俺には皆さんの“破壊竜”や“雷斬竜”ような二つ名が無いですけどいいんですか?」
「別にいいぞ、儂らに二つ名をいつ持てなんざ決まっとらんからのう。方法も自分で決めるケースもあれば、他者に決めてもらうケースもある。ヅィギィアの坊や儂のように敵が恐れて名付ける場合もある。遊撃隊んとこの“使役竜”の嬢ちゃんみたいに家系で代々と受け継がれてるもんもある。お前さんはメギドラっちゅう立派な名前があるんじゃ、今は十分じゃろう」
「そうですか」
そんな会話を交わしながら歩いていたその時────
メギドラの耳に届く群衆の喧騒の中から、妙に懐かしい声が混じった。
「・・・メギドラ?」
その一言で、胸の奥がわずかに跳ねた。
振り返ると陽光の中に四つの影が立っていた。
霊炎という妙な炎を操る紫色の竜。
金色のペンダントを身につける桃色の竜。
身体に青い蛇を巻き、褐色肌をした緑色の竜。
一番に駆け出してきてくれた天使のような青緑色の竜。
ヴィドル、ベスティア、ラーノルド、セシリア。遊撃隊の仲間たちだ。
「・・・久しぶり」
最初に出てきた言葉はそれだった。
ヴィドルとベスティアは本来饗宴乱闘に参加する予定だったが、メギドラの実力を見せれない可能性や協力される可能性を考慮して棄権を余儀なくされた。
それ以外にもメギドラが元人間であることによって多大な迷惑をかけた。
それによる妙な気まずさを感じて言葉に詰まってしまう。話したいことや伝えたいことがあるのにどうにも言葉が出てこない。
「おい、緊張が顔に出てるぞ」
そう言ったのはヴィドルだった。
軽めのローキックをかましてメギドラに喝を入れる。
変に強張っていた体から力が抜けていった。
「俺らへの迷惑とか色々考えてるんだろ」
「・・・・・」
「顔に出てるんだよ」
メギドラの考えなど、既に見透かされているようだ。
そんなメギドラに助け舟を出すようにラーノルドが肩にそっと手を置いて言った。
「ジャバさんとの会合のこととか、饗宴乱闘に参加することとか、その他諸々聞きたいことはたくさんあるけど・・・今はいい。俺たちへの諸々の迷惑のこととかも、今は一旦忘れなさい」
ラーノルドは続けた。
「君にどれほどの後ろめたい事情があったとしても、戦いの最中だけは君を縛るものは何もない。君は自由だ」
その言葉は恩師であるあの茶色の天竜の男のように、諭すような言葉で言った。
「全力で戦ってきなさい」
「・・・っ!はい!」
思わず胸の奥から飛び出したような声で強く鋭く答えた。
その数秒後、ざわめきを切り裂くように、突然空に声が響いた。
『饗宴乱闘開始九十分前になりました。闘技者の皆様は速やかに闘技場へお集まりください』
アナウンスが響いた瞬間、場の空気が僅かに変わった。
ざわめきが熱を帯び、期待と緊張が入り混じった独特の圧が闘技場の外周をゆっくりと満たしていく。
メギドラは深く息を吸い込み、胸の奥に溜まっていた重さが少しずつ形を変えていくのを感じた。
恐れでも後悔でもない。
ただ、これから始まるものを正面から受け止める覚悟が、静かに燃え始めていた。
「そろそろ行くかのう、メギドラ」
ウガが肩を軽く叩き、背中を押し出した。
飄々としたいつもの声の中に、どこか自信や誇りといった感情が混じっていた。
「はい」
メギドラは仲間たちへ振り返る。
ヴィドルは腕を組んだまま顎をしゃくり、ベスティアは柔らかく微笑み、ラーノルドは静かに頷き、セシリアは胸の前で両手をギュッと握りしめていた。
「メギドラ・・・どうかご武運を」
その声は澄んでいて、まるで祈りのようであった。
「行って来い、君ならできる」
その言葉は、今にも飛び出していけるような力をくれた。
メギドラはそれぞれの顔を見て、短く、確かな声で答えた。
「ありがとう、全力で戦ってくる」
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ー【闘技者名簿】ーーーーーーーー
・“氷仕竜”ヴォロコーブ 上戦士級
・“雷斬竜”ライデン 精鋭級
・“白虎竜”ウラモキ 精鋭級
・“籠殻竜”ステカノス 上戦士級
・“鞭丸竜”シンゼス 精鋭級
・“戦艦竜”ミアボン 精鋭級
・“愛怨竜”シオン 上戦士級
・
・
・
・“???”メギドラ 上戦士級
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闘技者名簿には闘技者の名前、二つ名、階級の三つの情報だけが載っており、参加者数は二十名に満たない程度。所々に知っている名が紛れ込んでいた。
闘技場の内部へと続く石造りの通路は、外の喧騒とは対照的に静かだった。
壁に等間隔に掛けられたランタンの橙色が淡く光り、竜たちの影を長く伸ばしていた。
通路の奥では、既に何名かの闘技者たちが準備を始めていた。
メギドラは彼らから少し離れた所に座り、彼らをまじまじと観察する。今判明している階級の高い数名に狙いを定めて。
(ライデン・・・はいいか。他三名だ、“白虎竜”ウラモキ、“鞭丸竜”シンゼス、“戦艦竜”ミアボンか)
ウラモキは白色の地竜の女、筋肉質な肉体に180近い高身長。左目に猛獣に引っ掻かれたような傷があり、滑らかな銀髪が肩で揺れ、その赤い瞳は獲物を射抜く白虎の光を宿している。
シンゼスは水色の鱗が輝く天竜の女、170程のしなやかな肉体をしている。黒く長い前髪は片目を隠し、黒いマスクを付けていたためメギドラの方向からじゃ顔が見えない。
最後にミアボンはエメラルドのような輝きの翠玉色の地竜の男、ウラモキと同じ180近くの身長をしている。金属光沢のある髪質に、体には鋼の装甲板のように重なった鱗が広がり、鋭い光を放っていた。
闘技者の中で最も上位の精鋭級は彼ら四名。彼らを最も警戒すべきであるはずなのに、メギドラの脳が警鐘を鳴らしていたのは彼らではなかった。
メギドラの視線が釘付けになったのは壁にもたれて座るある男だった。
鱗の色は言うなれば水色よりも濃い明るい青色、または少し緑がかったパステルブルー。何色かと明言するのなら春に咲く青い小花に由来する勿忘草色だというのが正しいのだろう。
体格は細身で170に満たない身長。見た目だけ見れば精鋭級の誰よりもひ弱そうに見えるのに、どこか影のように薄い気配に目元に宿る深い深い静けさに目が離せなかった。
(なんだ・・・?)
胸の奥がひゅっと冷える。背筋を細い氷柱でなぞられるような感覚。
視界の端が僅かに揺れ、心臓が一拍だけ跳ねた。
「触れるな」「近づくな」「本能が拒絶している」と、そんな警告が、言葉にならないまま胸の奥で点滅する。
彼はただ静かに座っているだけ。敵意も、殺気も、威圧もない。むしろここにいる誰よりもずっと穏やかに見える。
だが────その穏やかさが、逆に不気味だった。
闘技者名簿を見て、彼のことを確認する。
(“愛怨竜”シオン 上戦士級。確か・・・ウガさんが名前を挙げてたっけか・・・あいつ────)
『ザザザッ…』
その瞬間、石造りの通路に、甲高い金属音が反響した。
続いて、腹の底に響くような重厚な声が場内全体に広がる。
『──饗宴乱闘、開宴の刻ッ!!』
アナウンスの声が、メギドラの胸の奥で鳴り続けていた警鐘を強引にかき消した。
ランタンの炎が一斉に揺れ、通路にいた闘技者たちがざわりと前を向く。
暫く開宴のオープニングトークが入った後、聞きなれた声が入ってきた。
『饗宴乱闘を始める前に、少しだけ耳を傾けてほしい。とある竜についての話を────』
そう言って始めたのは、竜帝国 南西部統治者 “鏡界竜” ジャバの声だった。




