26話 “竜信教会と獅子桜孤児院”
「で、こんな荷物持ってどこに向かってるんです?」
そう言ったのは大量の買い物荷物を持ったメギドラ。
「着いてからのお楽しみじゃ!!」
そう返すのはスキットルの酒をガブ飲みするウガ。
「・・・一体いつになったら着くんだよ・・・」
時は少し遡り、メギドラが覇竜饗宴の饗宴乱闘に参加することが決まった時。話もまとまり、そろそろお開きかという空気になった。
そろそろ日暮れどき、空の端からゆっくりと色が抜けていき、淡い橙が紫へと溶けていく情景が見えてきた頃だった。
「では俺は遊撃隊のところに戻りますね」
そう言って席を立とうとした瞬間───
「待て」
そうウガに呼び止められた。
「お前さんの身は、しばらくこの儂が預かることにした!!」
「「はい?」」
「と言う訳でこいつはもらって行くぞォ!!」
と、ジャバとメギドラが動揺している隙に手を引かれて(引きずられて)ウガと共にどこかへと向かうことになったのだ。
その道中で市場に寄り、様々な買い物をし、荷物持ちをやらされている。
橙色の名残が地平の向こうへ吸い込まれ、紫が濃くなり、やがて深い藍が空全体を覆い始める時間となっていた。
「はい、激動の過去回想終わり」
「何言っとんじゃお前さん?」
メギドラとウガは、今現在竜帝国の中心へと向かっていた。
竜帝国の中心には高く聳え立つ巨大な城、竜帝城があり、竜帝のいない今の竜帝国では、誰も座ることのない玉座と名も知らない国宝を守る要となっているらしい。
また、竜帝城に入ることが認められているのは現在の竜帝国では元帥級のジャバ、ムート、ミドガルズの三名のみとなっているそうだ。
(流石にウガさんでもそれを破って城に侵入することはないだろう・・・ないよな?)
「お前さん今失礼なこと考えてないか?」
「いえ、何も」
そんな雑談を繰り返しながら、竜帝国の街並みを抜けて行く。
頑強そうなレンガ造りの家、趣のある茅葺屋根の家、地震が来ればすぐにでも壊れてしまいそうな細い柱の家。
そんな様々な家を抜けながら、どんどん竜帝城の方へと近づいて行く。
近づいていくほど、進む方向から流れるそよ風に桜色の花びらが混じり始めてきたのを感じていた。
「桜の・・・花びら?」
「そうじゃな、それが流れてきたってことは、あと少しじゃな」
そう言ったウガに付いて行き、角を曲がった瞬間、空気の色がふっと変わった。
竜帝城へと続く道のそばに、古い教会と小さな孤児院が肩を寄せ合うように並んでいるのが見えた。どちらの建物も長い年月を受け止めてきた木や石の香りをまとい、夕暮れの光に静かに沈んでいた。
その敷地の中央には、一本の桜が立っている。幹は太く、枝は大きく広がり、まるで二つの建物を包み込むように影を落としていた。
教会の鐘楼の影が桜の根元に落ち、孤児院の窓から漏れる柔らかな灯りが、満開の花を淡く照らしていた。
「・・・綺麗だ」
言葉にするつもりなどなかったというのに、唇から小さく零れた。
その声は誰かに向けたようなものではなく、ただその場の空気に溶けていった。
「竜帝城のすぐそばにこんな場所があるとは・・・」
道の先には深い堀があった。堀の向こうには竜帝城が聳え立っているのが見える。
水面は夕闇を映して黒く沈み、風が吹くたびに細やかな波紋が広がっては、城壁の影をゆらりと揺らした。
本来ならば堀にかかっているはずの橋は今は固く引き上げられていた。
木と鉄で組まれたその巨大な橋は、まるで巨大な扉かのように城門の前でほぼ垂直に立ち上がり、外界を拒む意思を無言で示していた。
「行こうか」
ウガのその声に促されるように、ゆっくりと歩き出した。
教会と孤児院の間を通る細い石畳は、夜の気配を吸い込んでしっとりと冷たい。
孤児院の窓から漏れる灯りが足元を淡く照らし、二人の影が寄り添うように伸びていく。
孤児院の扉の前に立つと、木の香りがふわりと漂う。
ウガが軽くノックをすると中から「はーい」と男性のの低い声が聞こえてきたと思えば、小さくドアが開いて、貫禄のある初老の男が顔を覗かせていた。
「院長、頼まれてたもん色々と買ってきたぞ」
院長と呼ばれたその男は、「いつもすみません」と一言置き、メギドラの持つ大量の荷物のほとんどを受け取り、再び孤児院の中へと入っていった。
後ろから多くの子どもたちの賑わう声が聞こえてきたが、その姿を見ることはできなかった。
「・・・初めて会う方でしたが、俺のこと聞きませんでしたね」
「お前さんは爆弾抱えとるからといってもビビりすぎじゃ。別に全員が全員他者に興味があるわけじゃあるまいし。堂々としとればいいんじゃ」
「そういうものですか・・・」
案外あっさりとしている。
ウガはくるりと踵を返し、今度は教会の方へと向かっていく。
祈祷でもするのだろうか?そんなことを思いながらウガの後ろに着いていく。
ウガは扉の前で少しだけ立ち止まり、古びた木製の扉に手をかけた。
軋む音と共に扉が開くと、冷えた空気と長い年月を経た石と蝋燭の匂いが流れ出してきた。
中は暗く、竜の視覚でなければ暗黒しか見えない状況であった。並ぶ長椅子は使い込まれ、足元の床石には無数の祈りの重みが刻まれているようであった。
「ところでウガさん、どうして教会に来たんです?」
そう問いかけると、ウガは扉を閉めながらメギドラの方へ振り返った。薄暗い堂内で、灯した蝋燭の灯が彼の横顔をぼんやりと照らした。
「来たというより、帰ったが正しいのう」
「・・・帰った?」
首を傾げるメギドラをよそに、ウガは祭壇の脇を通り抜け、奥へと続く小さな扉を指差した。
「ここが儂の家じゃ」
「・・・ウガさん神父様だったんですか!?」
メギドラの声が壁に反響すると、ウガは少し困ったように笑った。
「代理じゃ代理、儂には神父なんて大層な称号は似合わん。ただ長く生きた儂は知識と経験が多いから代理を務めてくれと頼まれ、住居を借りる代わりに神父代理を務めとるだけじゃ」
(代理でも神父という肩書は付いてるし、“破壊竜”は大層な称号じゃないのか?)
そんなことを考えるが、きっと面倒なことになるため、言葉には出さなかった。
とは言え、ウガがアルマのような卓越した読心術を持っていればそれも無駄なのだが。
「まぁ、そんな話はさておき、腹減っとるじゃろう?飯にしよう。そんでお前さんが饗宴乱闘でどう戦うか、作戦会議しよう!!」
(・・・切り替えが早いなぁ)
そんなことを思いながら、奥の生活区画へと歩き出すウガの後ろを付いて行った。
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「よし、できた」
ウガは鍋の蓋を開け、立ち上る湯気を一度確かめると、満足そうに頷いた。
器に盛られて差し出されたそれを見て、メギドラは思わず目を輝かせた。
濁りのある琥珀色のスープに、刻まれた根菜、豆類、干し肉、そして見慣れない乾燥野菜。
香りは強すぎず、体の奥に沁み込みそうな深さを感じた。
「これは、普通の飯じゃないですよね・・・薬膳料理ってやつですか?」
「その通り」
ウガは当然のように言い、自分の分をよそって腰を下ろした。
「何をするにせよ、まず体が資本じゃからな。それにお前さんはまず眼を治さにゃならん。今のうちに食えるだけ食っておけ・・・箸は使えるか?使えんなら匙もあるが」
「いえ、箸で大丈夫です」
そう言い、箸でつまんで口に運ぶと、意外なほど食べやすい。
苦味はほとんどなく、滋味がジワリと広がっていく。食べた端から、体が内側から整えられていく感覚すらあった。
「美味い・・・というか、効いてますこれ」
「だろう」
ウガは自慢げに口角を上げた。
蠟燭の灯の下、薬膳の湯気がゆらゆらと立ち上る。
ウガは普段とは想像できないほど静かに食べており、メギドラもそれにつられるように静かに箸を動かし続けた。
それは祈りの代わりのように、確かに生きる力を与えてくれる食事だった。
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「・・・さて、腹ごしらえも済んだところで、作戦会議をしようじゃないか」
飯を作ってもらったお礼にメギドラは全ての洗い物を済ませ、椅子に腰掛けるとウガはそう口を開いた。
「そうですね、まず確認ですが、饗宴乱闘ってのは単純なバトルロイヤルで間違いないですか?」
「そうじゃな、参加者のうち、最後まで立ってたやつの勝ちという、単純な戦いじゃ」
「・・・参加者はどのくらいですか?」
「そんなもん年々変わるからのう。まぁ、今年は十くらいじゃないか?今参加が確定している奴らを挙げるとするなら、ジャバの坊の所の“氷仕竜”ヴォロコーブ。タイブーンの坊の所の“雷斬竜”ライデン。“白虎竜”ウラモキに、“籠殻竜”ステカノス、“愛怨竜”シオン。それから────」
「───いや分からん!!分かりませんよウガさん!」
最初は「うん、はい」と相槌を打っていたが、我慢できずに声を発した。
「名前だけ言われてもヴォロコーブ以外誰も分かりませんよ、会ったこともないですし、名前も初耳の方々ばかりです。というか何です?俺が名前だけ聞いて分かるわけないでしょう」
「だからと言って逆鱗の能力を教えるわけにもいかんじゃろう。お前さんの逆鱗を知らん相手に対して正々堂々じゃない。それ以外の情報なんざ名前くらいしかないじゃろ」
「いや武器とか、天竜か地竜かとか・・・それも正々堂々じゃないのか・・・」
(別にこの程度なら正々堂々に反しないと思うんだが・・・こればかりは文化やら環境やらの違いか。もう相手のことを聞くのはいいか)
「・・じゃあもういいです。名前だけで想像しておきますよ、どうせ当たらないでしょうけど」
「うむ、それでよい。それでこそ正々堂々じゃ。相手を知らずとも怯まず、己の逆鱗のみを信じて挑む。それが竜の礼法よ」
「・・・因みに、その正々堂々ってどこからどこまでがセーフなんですか?」
「ふむ、そうじゃな・・・逆鱗はアウトじゃ。武器もアウトじゃ。戦い方の癖もアウト、性格もアウト、身長体重もアウトじゃ。好きな食べ物もアウトじゃ」
「もう全部アウトじゃないですか」
「うむ。だから名前だけでよいと言っておる」
(そこまで言ったら名前もアウトにしとけや)
「名前を聞いても分からん相手に勝てる自信はあるか?」
「自信があるないじゃなくて、分からないでしょそんなもの」
「正々堂々とはそういうものじゃ」
(いや違うだろ絶対)
無論、ウガの言うそれは正々堂々ではない。というより、これらのウガの話はほぼ意味もなく吐いた大噓である。
だがそのことをメギドラは知らない。
「ひとまず相手のことは置いといて、自分のことに目を向けた方がいいでしょう。おさらいとして、俺の逆鱗“竜の血”は『血液を操る能力』、主な使い方は体外に出した血液を硬化させて武器などを作り出すこと、体内の血液を高速で回したり集中させたりして能力を向上させることなどがあります」
「覇竜饗宴までにそれ以外の使い方を模索するのは得策じゃないじゃろうな。もし思い付いたとしても実践で扱えるほど上達するとは思えん。今ある使い方を磨く方がいいじゃろう」
今さら新技を開発しても、使いこなせずに自滅することがオチであるということを、メギドラは先の人間軍との戦いで痛感している。
その傷はまだ癒えていないのだから尚更だ。
「まぁ、その前にお前さんは自分の力を把握することが最優先じゃな」
「・・・そういえばそうでした」
メギドラの“竜の血”はヅィギィアの“四の死”と結合したことによって急激な成長をしている。
トーヴァと戦ったときに“竜血刃”が想像以上の威力を発揮することができたのがその証拠だ。
能力は大々的な変化はしていないが、どの程度の威力が出るのかを把握しておかなければ体が治っても二の舞になることは想像に難くない。
だからこそ、メギドラは自分がどれほど変わったのかを知る必要がある。
「まずは何をやるにしても限界を知っておかねばな。どこまで威力を上げれるか。どこまで血を硬化させれるか。どれほど血を流せば意識が飛ぶのか。それを把握しておかなくてはな」
「自分の限界を知るための訓練、か」
「安心せい。儂が見ておる。死にはせん」
「不安になるような言い方止めてもらえません?」
だが、逃げるわけにはいかない。
覇竜饗宴は待ってくれないし、相手は名前すら分からない竜たちだ。
せめて、自分の力だけは理解しておかなければならない。
「早速始めますか・・・限界を知る訓練」
「うむ。それでよい。ではまず――血を出せ。限界までじゃ」
(やっぱり嫌な予感しかしない)
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限界を知るための訓練は、想像以上に苛烈だった。
血流を流しすぎて意識が白く飛びかけたことも、硬化させた血が暴走して自分の腕を裂きかけたことも一度や二度ではない。
だが、その度にメギドラは立ち上がった。
抗弁を垂れるウガに文句を言いながらも結局は食らいつき、己の変化を受け止め続けた。
そして時は流れ、二週間後────
覇竜饗宴当日へ




