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ドラゴンブラッド  作者: カシワデ
覇竜饗宴編

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28/28

28話 “元人間の竜”

『とある竜についての話を────』


ジャバの声が響き渡ると、闘技場の喧騒がおさまり、ざわりと空気が揺れる。

闘技者たちの視線が一斉に天井へ向いた。

メギドラだけは、胸の奥で何かがひっそりと軋むのを感じていた。


『彼はとある辺境の地に生まれ、平穏な時を過ごしていた。だがその平穏は突如として崩れ去ることになる』


観客たちの溢れる動揺を無視してジャバは続ける。


『その村は巨像の襲来に遭った。村民は死力を尽くして戦ったが、健闘虚しく巨像の圧倒的な力に蹂躙され、彼も例にもれず瀕死の重症を負った。その時彼は何処からか聞こえた声に導かれ、村の祭壇の崩落によって崩落した洞窟へと転がり落ちた』


ジャバの語りは、まるで闘技場全体を呑みこむ呪文のように重く落ちていく。


『彼はその洞窟の最奥で()()を見つけた────“ドラゴンブラッド”。彼は声に促されるままそれを飲んだ。己の肉体が、血が、焼けるような激痛の果て、彼は変貌した。翼を持ち、鱗を纏い、強靭な爪や牙を備えた存在へと』


観客席からどよめきが起こる。

通路の闘技者たちも互いに顔を見合わせた。

ジャバはこの瞬間を狙っていたかのように言い放った。


『彼の者の名は、メギドラ───元人間だった竜の話だ』


ランタンの炎が一斉に揺れ、通路にいた全員の視線がまるで磁石にでも吸い寄せられるかのようにメギドラへと向いた。

その視線に映る感情は憤怒、敵意、軽蔑等と千差万別で、()()()だというその一つだけでまるで刃物を突き刺されているかのような鋭い視線だった。


視線は向けられていなくても観客席での感情も同じだ。

「ふざけるな!!」

「闘技者名簿の最後の奴───」

「そんな奴をなぜ参加させる!?」

「憎き人間が、神聖な覇竜饗宴を汚すのか?」

「家族の仇───」

「今すぐ俺も参加させろ!!噛み殺してやる!!」

「こんなことをやる必要はない!!即刻処刑すべきだ!!」

代わりに闘技場中を包み込む大ブーイングの怒号が飛び交っている。

いくら悲惨な理由があったとしても、人間というその一点だけで、メギドラを憐れむような声は表れなかった。

それほど竜は人間を恨んでいるということだろう。

怒号は止まらない。止まるどころか、波のように膨れ上がり、闘技場全体を揺らすほどの憤怒へと変わっていく。


観客席の竜たちは立ち上がり、牙を剥き、翼を広げ、今にも飛び出しそうな勢いであった。

通路にいる闘技者たちも、半数以上が殺気を隠そうともしない。


「メギドラ・・・大丈夫だろうか」


観客席に座るラーノルドは、信じて送り出したというのにこの憤怒を聞いて心配が声に出てしまっている。


「確かに初見の奴らはいつものように人間が竜の皮を被ってるだけに見えるよな・・・」


隣に座るヴィドルはブーイングをする他の竜たちに同意しつつも、闘技場を包む憤怒に僅かながらも嫌になっていた。


「煩いのう、ジャバの坊がまだ話しとる途中だっちゅうのに。儂がちょいと───」


さらに隣に座っていたウガはこのブーイングを止めようと拳を握りしめて立ちあがろうとした瞬間───


「静まれ」


バリバリバリィ!!!


天を裂くような轟音が落ち、雷鳴が闘技場全体を震えさせる。

空は晴天であるというのに、光と音が同時に爆ぜる稲光が世界を白く染めた。

雷が闘技場の中心に落ちた衝撃に、観客席の竜たちは思わず身をすくめ、さっきの怒号が嘘のように静かになった。


「確かに、皆の意見には概ね賛同するが、メギドラというその男は規則違反を犯したわけでもない。その男を即刻処刑しないのは、何かしら理由があるのでしょう?ジャバさん?」


そう口を開いたのは観客席の最前列に座る、二メートルを超える巨大な肉体を持つ緑色の天竜の男。

その男は先程の雷を落とした男であるのだろう。その体にはまだ青白い電流が走り続けていた。

肩から腕へ、胴から首へ、胸から背へ、まるで生き物が波打つように電光が這い回り、皮膚の下で脈打つ力が外へと漏れ出していた。


そしてその男とメギドラは会ったことがある。そのときに会話はなく、ほんの少しだけ声を聞いただけだが、通路にまで既知の声が聞こえたことで、少しの安心感を覚えた。


その男の名は“風雷竜(ふうらいりゅう)”タイブーン。現在ジャバの治める南西部に三名しかいない将軍級の竜である。


「彼の言うとおりだ。そんな者を饗宴乱闘に参加させるんだ、きっと何か理由があるのだろう。まだジャバさんの話は終わっていない。皆一度落ち着け。そして座れ。今のお前たちの方が神聖な覇竜饗宴を汚す行為になり得るのだから」


タイブーンに続くように彼らの対角の最前列に座る男が口を開いた。

彼は青みを増した春の柳の葉のような強い黄緑色、青柳色の地竜であり、腰に赤く黒く光る刀を差した男。

彼は席にもたれてまじまじと観察するかのように全体を見渡しながら、淡々と、冷静に皆に告げる。決してメギドラを庇うような気は無く、ただただ神聖な覇竜饗宴を行うために行動しているだけにすぎないように見えた。

そして彼もタイブーンと同じく将軍級の竜。名は“闘士竜(とうしりゅう)”エステイン。


タイブーンとエステインという二名の将軍級の竜がはなった言葉は、荒れ狂う嵐に杭を打ち込むように、観客席の竜たちの激情を一度地へと縫い止めた。

怒号は止み、ただ重く湿った呼吸音だけが闘技場に残る。


ジャバは二名に軽く頷き、再び語りの中心へと立ち戻った。

その声は、静寂を切り裂く刃のように響く。


『───さて、話を続けよう』


ランタンの炎が再び揺れ、闘技場の空気が語りへと引き戻されていく。


『彼は村を滅ぼした巨像を追い、戦った。だが目覚めたばかりの竜の力を使いこなすことはできず、敗れた。瀕死の重傷を負ったメギドラを助けたのは・・・遊撃隊隊長“葬死竜(そうしりゅう)”ヅィギィアだ」


そう言うとジャバは懐から綺麗な三つ折りに畳まれた紙を取り出し、全員に見えるように掲げた。


『これは生前のヅィギィアから受け取ったメギドラに関する報告書だ。一部読み上げる───』


─【報告書:“葬死竜”ヅィギィア】──

『国境線付近、対象メギドラは全身に重度の裂傷と骨折を負い、倒れている所を遊撃隊が発見、保護した。天竜ではあるが、対象の特有の人間臭から、人間のスパイである可能性がある。最大の警戒を持って観察を行う』


『対象が目覚めた。取り調べの結果、人間のスパイにしては竜の知識が乏しい。一種の記憶喪失であると判断する。また、翼やツノは精巧に作られた模造品ではなく、竜本来のものであった。また、逆鱗を所持しており、発動にも問題はない。対象は生物としては限りなく竜に近いと判断できる』


『逆鱗“四の死(フォー・オブ・デッド)”や“福殿竜(ふくでんりゅう)”アルマの読心術を用い、対象への尋問を行った。尋問の結果、対象は人間のスパイである可能性は限りなく低い。元人間の竜ではあるが、竜帝国で生きる以上、他の竜と同様に対象を竜として扱うべき存在だと判断する。なお本判断に関する一切の責任は遊撃隊が負うものとする』


『対象の逆鱗“竜の血(ドラゴンブラッド)”は『血液を操作する能力』対象の血液には竜の位置を探知する力が備わっている。この能力を用い、一名の竜を巨像から救出することに成功した。対象の能力は巨像との戦いにおいて有用であり、竜帝国への貢献度は高いと評価できる』


─────────────────


『ここには書かれていないが、彼は先の戦いで人間軍と戦った。そして暴走を起こし、結果的に中央聖騎士団(サンツシュヴァリエ)五名の内二名を瀕死に追い込む活躍を見せた』


ジャバはヅィギィアの報告書には書かれていないメギドラの活躍を付け加えた。


『今日彼に饗宴乱闘に参加させたのは、彼の力を皆に見てもらいたいからだ。さっきの報告書の通り、彼には利用価値がある。彼が巨像と戦えるほどの強さがあると証明すること。万が一の時、彼と戦うことになったときのためだ』


ジャバの言葉が闘技場の空気を再び重く沈めた。


『───以上が、メギドラに関する報告の全てだ』


ジャバは紙を丁寧に折り直し、懐へと戻す。


『そして最後に、これだけは言っておく。彼は元人間である以前に───竜帝国のために戦った竜だ』


その一言が、闘技場の中心に重く落ちた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー




メギドラは通路で独り、感傷に浸っていた。

金色の腕輪がキラリと輝き、自身の背中を何かが押しているような感じがした。

だが、メギドラの胸の奥で軋んでいたものは、逆に音を増していた。

まるで心臓の奥に埋め込まれた古い鎖が、一つ一つ軋みながら締め付けてくるような感覚。


自身に向けられる憎悪。

自身が元人間であるという一点だけで竜たちの視線は刃に変わる。

いくらジャバの話やヅィギィアの報告書があっても人間だったという事実は変わらない。人間への恨みを持つものは多く、その視線が止まることはない。

きっとジャバとの面談のときに言われた“ 例え元人間であることの理不尽に遭っても決して折れることのない強さ”とはこれに耐える力なのだろう。


「ジャバ様も随分とご贔屓なさる。饗宴乱闘は全員が主役なはずですが、皆様あなたを注目していますね」


考え事をしていると、横から声を掛けられる。

この声もまた、聞いたことのある声だった。


「“氷仕竜(ひょうじりゅう)”ヴォロコーブ・・・そういえばお前さんも闘技者名簿にいたな」


「そういえばって・・・私一番上に名前書いてたのですが。まぁいいでしょう」


ヴォロコーブはメギドラの隣に座り、涼しい顔で話しかけてきた。


「バトルロイヤル形式で注目されるのはあまり良いことではないだろ。お前も俺と話してる所見られたら狙われるかもしれないぞ?」


「私は全員に狙われようが負けないので」


ヴォロコーブはそれを皆に聞こえるように、皆を煽るように言った。

その言葉が通路に満ちた瞬間、周囲の闘技者たちの視線が、一瞬ヴォロコーブの方を向いた。

その視線には苛立ちなどの感情が混ざっていた。


「何焚きつけてるんだよ」


「私は事実を述べたまでです」


「全く・・・というか俺とばっか喋ってていいのか?俺と違って誰か友達とかいるだろ?喋ってこいよ」


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・なんかごめん」


「・・・・・いえ・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


「───ねぇ」


ヴォロコーブとの気まずい空気を切り裂くかのように二名を呼ぶ声が聞こえた。

目の前に立つのは水色の天竜の女、精鋭級、“鞭丸竜(べんがんりゅう)”シンゼス。

長く黒い前髪やマスクで見えなかったが、芸術的な紫の目や整った顔立ちの可憐な少女だった。

彼女は「こいつと話したくない」とでも言わんばかりの不機嫌な表情を浮かべながら、メギドラに話しかけてきた。


「俺に何か?」


「お前に聞くのは不服だけど、念の為聞いておく───」


全く何を聞かれるのだろう?人間のこと?遊撃隊の誰かのこと?知らないことは答えられないぞ。そう考えながら、どんな嫌なことが聞かれるのか気構えていたら───


「黒髪、黒い服に白いマント、武器は柄や剣元が黒く、剣先にいくにつれて白くグラデーションのかかる剣身の剣。首には鱗のように色とりどりの布切れが縫われているスカーフを巻いている、漆黒色の天竜の男───今の特徴に当てはまる竜を見たことはない?」


「・・・え・・・いや、ないけど」


全く予想のしていなかったことを聞かれ、素っ頓狂な声を出してしまうが、メギドラにそんな竜と会った経験はない。

メギドラがそう答えた瞬間、シンゼスの瞳がわずかに揺れた。

期待が砕けたというより、確認したかった何かが、やはり無いと突きつけられたような、そんな色。


「そう、ならいい」


彼女は踵を返し、再び戦いの準備に戻っていく。

“あの特徴”──黒髪、黒衣、白いマント、黒から白へと溶ける剣身。

メギドラは竜帝国に来るまで竜に会ったことはない。代わりに竜帝国で会ったことのある竜は全て覚えている。

その中にあの特徴に当てはまる竜はいなかった。

それなのに、何故か、どこかで、ほんのどこかで、似た影を見たような気がしたのだ。

だが、思い出そうとすると霧がかかったように曖昧になる。この思い出すという表現すら正しいのか分からない。

まるで記憶の奥に沈んだ何かが、意図的に触れられたくないと拒むかのように、()()の姿が見えない。


「ヴォロコーブ・・・さっきの竜の特徴───」


メギドラがそう隣に座るヴォロコーブに声を掛けようとした瞬間──


カァァァァァァン!!


──と入場の合図を示すゴングが鳴り響いた。

乾いた金属音が闘技場全体を震わせた瞬間、通路にいた竜たちの気配が一斉に変わった。

空気が更に重く、鋭く、熱を帯びていく。

メギドラも皆に触発され、ゆっくりと深呼吸をして立ち上がった。

金色の腕輪が、まるで心臓の鼓動に合わせるように脈打つ。

───行け、と背中を押されているような気がした。

だが胸の奥の鎖は、逆に強く軋む。

竜たちの憎悪が、皮膚を刺すように突き刺さる。


「行きますよ」


「聞くがお前さん、緊張とかしないのか?」


「しませんよ、私は負けませんので。それに、折角の祭りです。楽しまなきゃ損です」


「・・・確かに、そうだな」


メギドラはフッと笑い、一歩踏み出した。

通路の出口から差し込む光が、まるで彼を試すように強く輝いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー




観客席からは、再びざわりと空気が揺れる。


「出てきたぞ・・・!」

「元人間の竜・・・!」

「どんな面して戦うつもりだ・・・!」


ヅィギィアやジャバの言葉があっても元人間ということは変わらず、そういう声も響いてくる。

その声は刃のように鋭く、皮膚を刺す。

向けられる悪意、敵意、殺意の視線は今までの比ではない、それでもメギドラは表情に出すこともなく歩みを止めることはなかった。


闘技者たちは円形に広がっていく。

まるで巨大な獣が牙を剥く前に息を潜めるように、あるいは嵐の目を中心に渦が形成されていくように、竜たちは自然と円を描き、互いの距離を測りながら配置についた。

中心には審判を務めるのであろう赤眼白髪の紅梅色の天竜が立っていた。


「審判は、この私“潜律竜(せんりつりゅう)”ヨネが務めます。全員、正々堂々と、全力を尽くして戦うように。では───構えて!!」


ヨネの声が落ちた瞬間、闘技場の空気が、まるで凍りついたかのように張り詰めた。

闘技者たちは武器を抜き、腰を落とし、翼を広げ、尾が地面を切り裂くように揺れる。


誰も動かない。誰もが動き出す瞬間を待っている。

砂塵が、風もないのにふわりと舞い上がった。

観客席の竜たちも息を呑み、怒号すら忘れ、ただその瞬間を見つめている。


(・・・来る)


ヨネの手が空気を切るように振り下ろされた。


「───始めッ!!」


饗宴乱闘が始まる。

【闘技者残り:十八名】

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