ep.8 雪跡
お久しぶりです。
このエピソードは特にお気に入りです。
雪は夜の途中から本格的になった。
控室ではそう気を緩ませることもできない。
たった10分の2人だけの時間は、いつも川辺の通りを歩いて終わった。
その通りが今日は辺り一面真っ白だった。白い地面には2人の足跡がそれぞれ残る。軍服の踵が深くあとを残して、その横に一回り小さい靴跡が並んだ。
ふと、カノープスは足を止めた。止めた理由はなんとなく分かっていた。
「戻るよ。」
2人は来た道を戻った。しかし、ただ戻るだけでは跡は2つ残ってしまう。それはこの場にいたのが、将校だけではないことを教える。
カノープスは枯れ枝を拾って、足跡を上手くごまかそうとした。まるで何か用があったかのように、自分の深い踵の跡を崩した。が、残念ながら、下手な円が残ってしまった。ポラリスも手袋のまま、自分のつま先や踵を手でならした。その円はさらに下手で、2つの足跡が一層不自然な乱れになってしまった。それは1人が転んで、もがきまわった跡のようにも見えて、2人は顔を見合わせ、その不格好さを少しの間笑い合った。この跡は、消えずに朝まで持ちそうに見えた。
風が遅れてやって来た。
2人を誘うように、北風が雪を舞い上げて、新しく降り落ちてきた雪と共に薄い層を被せた。2人は何も話さなかった。ただ雪が、2人の跡を消すのを見つめていた。
カノープスは枝を溝へ捨てた。枝は音を立てて、ここからではよく見えないところまで落ちていった。
戻った時には、雪は一層激しさを増していた。
執務室の暖炉の前で、靴の縁が白くなっているのを何となく見つめた。カノープスはそれを火の近くで溶かす。溶けた水が滴り落ちて、床に跡を作った。点を靴でならして、今度こそ完全に消した。
ポラリスは窓の外を向いていた。外はまだ、雪が降り積もっていた。降る雪が2人の跡に覆い被さるのを眺めて、薄くなるのを彼は確認しているように見えた。
戻ってきて時間が経ったが、雪水と靴の湿っぽい匂いが残っている。机の上の書類にはまだ触れたくなかった。ポラリスは窓の先を見据えているらしい。
その光景にだんだん安堵してきて、途端に眠気が襲ってきた。
不意に、彼は扉から出ていった。
僕の目の奥が揺蕩っているのに気付いたのか、もしくは、もう時間だったからなのか。
足跡すらも残さずに、まるで、僕の目の前から消えるようにして。
僕は短く言った。
「おやすみ。」
きっともう、2人の足跡は埋もれてしまった。




