ep.1 再会
pixivにて掲載済のものを載せておきます。
うーん、慣れないサイトで骨が折れそう。
1938年の冬、ベルリンの受話器はひどく冷たかった。
回線の奥から別の会話が漏れて聞こえた。国際通話は、相変わらず高い。長話はできず、彼に話したいことが積もるばかりだった。
「やあ、ラース、聞こえるかい?」
カノープスがそう言うと、向こうで安堵したような息が聞こえた。
「聞こえる。久しぶりだ。」
「そっちは雪だと聞いたよ。寒がりなのに、大丈夫かい?」
「心配するな。そこまで風は強くない。」
「こっちは昨日の晩から雨だよ。うんざりする天気だ。」
ひとしきり世間話をした。料金のことを考えると、自然と声の調子が速くなるのを感じる。
「それにしても高く付く電話だ。君が元気そうで安心した。」
「明日も掛けるかい?」
「無理しなくていい。また気が向いた時に。」
「貴方は元気そうだね。」
「⋯生きてはいるさ。」
受話器を置くと、机の上の書類と窓の外の陰鬱な景色が視界に戻ってきた。
翌年の夏には電話は掛からなかった。
僕はポーランドに行く。軍人として。
カノープスがルブリンに着いた時、街はまだ空襲から残っていた。仕事は前線でのものではなかったのが、不幸中の幸いだ。補給や輸送、そんなところで、まだ中佐じゃなかった。こんなふうに、彼の母国を訪れるつもりではなかったのだが。
着任からまもなく、僕は中佐になった。
階級を上げると、ある程度自由が利くようになる。
彼と再会するのにはほとんど苦労しなかった。
用紙の職員欄に名前を書けばいいだけだったから。
ポラリス・ビャウィ、現地協力、通訳。
紙切れ1枚が彼の命の代わりだと思うと、僕はやはり、祖国の盲目的なイデオロギーには傾倒できない。
それでも、今は仮初でいい。正当な理由があれば、この戦火から彼を守れる。
また会える。
扉が開いて、音を立てて閉じた。
白髪の美しい容姿をした青年が立っている。
以前よりも随分痩せていたが、表情は変わっていないと思う。電話の向こうのいつも通りの彼で。
赤い目が僕を見据える。
カノープスは、外の部下にも聞こえるような声で言う、
「通訳だな。」
それから表情を緩ませ、声を落とした。
「貴方にまた会えて嬉しい。」
「君こそ。変わらなくて。」
「ここに僕たちがいるなんて。信じられないだろう?」
「君が本当の軍人の顔付きにでもなっていたら、どうしようかと⋯」
最初の数十分は、互いの仕事をこなした。
彼の手際の良さに驚いた。
そういえば、電話が途切れてしまったあの夏から、彼はどうやって生活してきたのだろう。
一段落すると、また彼と話し始めた。
「これから、貴方はここで働くことになる。」
「以前の私たちとは違う。分かるな。」
「僕は、貴方がいるだけでいい。」
「もし見つかったら⋯」
「貴方も僕も上手くやるさ。」
ポラリスは顔を少し曇らせたが、最後にはその顔を緩めてくれた。僕はあからさまに、微笑んでいただろうな。
「ここではあれだが、外は、僕らは他人で居なくちゃならない。」
「仕方がないことだ。君のためでも、私のためでもある。」
「疑われないようにね。」
「そう上手くいくか。」
カノープスは書類から顔を上げて、ポラリスの目をまっすぐ見つめた。
「ラース。電話の時から変わりないようで、安心したよ。」
ポラリスは立ち上がって、扉の方を見つめて、動かない。
「彼らが来てから、全部変わってしまった。私は不安なんだ。その内に君が入っていることも⋯」
扉がまた、音を立てて、閉まった。




