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第37話 人類初


「初めまして」は、言わないと決めていた。

三年前から知っている相手に、その挨拶は嘘になるからだ。

朝飯は携行食だった。梅干しだけは、一人一粒ずつ配った。長い日になると分かっている朝は、あれに限る。

「親父、種は」

「飲み込まないで。持って帰ること。験担ぎだから」

向こうから開いた道を、俺たちは一列で降りた。夜鴉くんの標識が等間隔に灯り、世界の音が、また一段、遠くなる。点々と灯る他人の光は、降りるほどに数を増した。誰のものでもない。強いて言えば――家主の灯した、玄関の明かりだ。

「補足。招かれた客が玄関で引き返すのは、礼儀に反します。以上です」

「澪さん、それは励まし?」

「事実です」

午前六時五十分。下りが、終わった。

最深部は、静かだった。

円形の大空洞。床は黒い鏡のように磨かれ、天井は見えない。広間の最奥に、ぽつんと石の台座がひとつ。

そして、その手前の闇が――立ち上がった。

墨を空に流したような巨体。輪郭は定まらず、胸のあたりに鈍く光る核がひとつ。たったひとつの大きな眼が、ゆっくりと、俺たちを見た。

公式の記録に、こいつの名前はない。倒した者が、いないからだ。

「……二年ぶりです」と、玲くんが言った。「俺はあれに、初速で負けました。最速の踏み込みを、踏み込む前に潰された」

「補足。私は演算で負けました。術式が組み上がる前に、組み上がった後の対処をされていました。以上です」

「俺は盾ごと弾かれた。受けた感触も、なかった」

「俺は気配で負けたぜ。隠れた瞬間、隠れた先を見られてた」

「私は……守る人がいなくて、負けました」

五人が五人とも、別々の負け方をした。それが三年間、ずっと引っかかっていた。最強の五人を、五通りの方法で、それぞれ完璧に否定する。そんな器用な怪物が、いるものか。

いるとしたら、一種類だけだ。

「あれは――観察してる」

俺はノートを開いた。『深淵・攻略仮説』。三年ぶんの、最後の一冊。

「戦う相手を観察して、学習して、最適の『否定』を返す。君たちは強さで負けたんじゃない。読まれて負けたんだ。……つまりあれは、俺と同業者だよ」

【は?】

【観察する怪物 vs 人類一の観察オタク】

【世界よ、これが頂上決戦だ】

「入る前に、二十一項目」

起こりそうなことを、起こる順番に、全員の脳へ入れていく。攻めは必ず三手で切ること。四手目は読まれる。一度通った手は、二度と通らないと思うこと。九日間仕込んだ撤退の手順は、今日は「技」として使うこと。

「最後に。ヒナちゃんは中継と台帳。剣は、俺が言うまで抜かないこと」

「……はいっ」

「点呼。次の一歩を」

「前へ」「前へ」「補足。前へ」「前へ、だ」「……前へ」「前へ!」

午前六時五十八分。交戦、開始。

開幕の三十秒で、五人の負けを全部、見せられた。

玲くんの初速は踏み込む前に床ごと潰され、澪さんの術式は起動の寸前、核の明滅に掻き消された。二年前の再演だ。――ただし、今回は続きがある。潰された玲くんは、もう丸くんの盾を時計にしている。消された澪さんの設計図は、夜鴉くんの目で引き直されている。

「正午、移動!」

盾が据わり、円が回る。誰も、欠けない。

【止まらない。否定されてるのに、止まらない】

【一人ずつなら詰む手を、六人で回してる】

午前九時十二分、最初の好機。

「丸くん――時計の真上!」

盾が斜めに鳴り、人類最速が人類最硬を蹴って、垂直に跳んだ。双頭竜を落とした、あの踏み台だ。眼の死角から落ちた一刀が墨の巨体を肩口まで裂いて、核が初めて、剥き出しになった。

届く寸前――墨が、嗤うように閉じた。

着地した玲くんが舌打ちする。「……読まれた」

「ううん、いまので確認できた。あれの学習は一回。一度見せた手は、二度通らない。――逆に言えば、初見の手は必ず一回通る。手数の勝負です。九日間の型、全部使います」

そこからは、消耗戦だった。

正午。三度目の「綺麗な撤退」で円を引き、息を整える。追ってきた巨体は、千切れたマーキングの先で獲物を見失い、眼を細めた。

「補足。敵の追撃は、撤退開始から平均四秒で停止します。深追いを、しません。以上です」

「賢いねえ。……でも覚えておいて。賢い観察者ほど――確信した瞬間に、深くなる」

午後三時。こころちゃんの円の中心は、一度も割れていない。掠り傷も消耗も彼女の半径の内側で全部拾われて、死者どころか、立てない者すら出ていない。

【あの聖女の立ち位置、誰が決めてるんだ】

チームで決めている。彼女の遠慮には、任せていない。

そして俺はその間、戦いと関係のない指示を、三度だけ出した。

「ヒナちゃん、中継位置を第二標識へ」

「中継、第五標識へ」

「――第七標識へ」

台帳と中継機を抱えた一番小さい背中が、戦場の縁を少しずつ移動していく。眼は、一度もそれを追わなかった。

当然だ。あれは観察者で、観察者は脅威に序列をつける。開戦から半日近く、一度も剣を抜いていない人間の序列は――ゼロだ。

【そういえばヒナちゃん、今日ずっと運搬と実況だな】

【先生、なんで一番の愛弟子を遊ばせてるんだ?】

ごめんね。あとちょっとだけ、内緒だ。

午後六時十分。手札が、双方ほとんど尽きた。

初見の型は出し切った。巨体は学習済みの否定を完璧に回し、こちらは三手で切る攻めと綺麗な撤退で、致命だけを避け続けている。膠着。ただし対等の膠着じゃない。体力に限りがあるのは、人間のほうだ。

「先生」と、夜鴉くんが影の中から言った。「そろそろ、まとめて引き出す頃合いだろ。……口座のやつをよ」

「うん。――最後の一手、いきます」

三年ぶんの仮説の、最後のページ。あれは確信した瞬間に深くなる。五回の勝利で、あれはひとつの成功体験を持っている。『この獲物は、崩れたら終わる』。なら、世界で一番上手な「崩れ」を見せればいい。

「全員に通達。次の攻めのあと、九日間の総仕上げ――世界一綺麗な撤退を、全力で。本物と同じ顔でやること」

「補足。……囮ですね。以上です」

「そう。あれに、勝利を確信させます」

午後六時二十三分。玲くんの三手が閉じ、丸くんの盾が引き、円が反転した。完璧な足順。捨てる荷物の順番まで完璧な、誰がどう見ても撤退で――誰がどう見ても、終わりかけの獲物だった。

眼が、見開かれた。

墨の巨体が初めて全力で伸び上がり、追撃のために――核が、眼の真下まで降りてきた。

五回、それで勝ってきたのだ。確信は、深い。

「――全員、一旦下がって」

そして俺は、半日越しの三手先に、言った。

「ヒナちゃん、君の番だ」

第七標識。撤退する円の延長線上。降りてきた核の、真正面。

そこに最初から立っていた一番小さい影が、初めて、剣を抜いた。

眼は、追わない。序列ゼロは、視界に入らない。

ヒナちゃんは教わったとおり、半歩下がった。呼吸を数えた。靴の中で足の指が床をつかみ、左前に、半歩。

構えは、教科書の正面。癖は、もうない。直してもらったからだ。

「――先生の基礎、舐めないでくださいっ!!」

まっすぐの、一突きだった。

今日の戦場で誰よりも遅く、誰よりも正確な一撃が、人類で一番無防備になった核を、撃ち抜いた。

音は、なかった。

墨が解けるように崩れて、眼が、最後に俺を見た気がした。同業者のよしみで、俺は小さく頭を下げた。三年前から知ってたよ。君は、強かった。

午後六時二十五分。交戦時間、十一時間二十七分。

「報告を」

「全員、立ってます!」

「補足。死者ゼロ。重傷ゼロ。……人類初の、深淵踏破です。以上です」

一秒の静寂のあと、コメント欄が、決壊した。

【死者ゼロ】

【人類初】

【11時間27分】

【最後の一撃、ちょっと前までE級だった子だぞ】

【中継位置の移動、全部このためだったのか……鳥肌が止まらない】

【総指揮・柊慎一。この名前は歴史に残る】

ヒナちゃんが剣を取り落とし、こころちゃんに抱きついて、わんわん泣き出した。丸くんが盾を置いて吠え、玲くんと夜鴉くんが無言で拳を合わせ、澪さんはもう、あの白かった最後のページに何かを書き始めている。

俺はその全部を観察して、言葉にしないことに決めた。世界には、台帳に載せないほうがいい数字もある。

ノートを閉じて、最後の点呼を出した。

「次の一歩を」

「帰りましょう」「帰って続きを飲むぞ、親父」「補足。帰還を開始します。以上です」「帰投。……悪くねえ響きだ」「帰りましょう。みんなで」「帰って、ごはんですっ!」

六人、見事にばらばらだった。

八年で一番、いい点呼だった。

帰り支度の途中で、ヒナちゃんが広間の最奥を指差した。

石の台座――祭壇のようにも見えるそれの上に、風化した革表紙の手記が、一冊だけ置かれていた。俺たちのものより、ずっと古い綴り。最初の頁に、こうあった。

『この先へ進めるのは、最強の個ではなく、最良の群れである』

何百年前かの探索者が、ここまで来て、これを書き残した。最強の個では、なく。

俺は声に出して読み上げた。中継が、それを世界に運んでいく。

この一文を、地上の世界がどう読むのか。

――答え合わせは、帰ってから始まる。


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AIで書いてる小説だからいろいろガバいのは分かるけど、この書き方がAIってことは最近のランキングのやつは大体AIなんだなぁと理解。全員アカウント違いの同じおっちょこちょい作者の可能性もあるかもしれんが…
5人ともボスと戦闘経験ある口ぶりだけど、聖女は一層の迷路を7日で引き返したんじゃないの? ボスと戦闘経験あるなら直前じゃなくてもっと前に共有しておくべきだし、3層をソロで5人とも突破してることになる…
未踏じゃなかったと
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