第28話 公開会見
世界同時配信、というものを俺はよく知らないが、少なくとも世間は、丸一日それしか話さなかった。
『S級四人、前代未聞の合同会見へ』
『「夜鴉」公式アカウントの真偽、庁は「ノーコメント」』
『告知は一行のみ――「俺たちの先生の話をします」』
見出しを三つ眺めて、端末を伏せた。米を研ぐ。研ぎながら今夜のことを考え、考えるのをやめ、また考えた。米は今日も、二度研ぎ損ねた。
国の封筒は、机の上にある。返答の期限は、あと八日。
ヒナちゃんからメッセージが一件。
『先生。今夜、二十時です。ぜったい、ぜったい観てくださいね』
言われなくても観る。観るが、教え子に二日続けて配信の予習をさせられる先生というのも、どうなのだろう。
夜八時の五分前。座布団に座り直して、紙に三行書いた。
『目的:教え子たちの話を、最後まで聞くこと』
『撤退基準:なし(ただし、途中で画面を伏せないこと)』
『帰還後:観察の報告を――これは、終わってから考える』
三行目が埋まらないまま、時間が来た。
◇
画面に映ったのは、六畳間ではなかった。
どこかの貸し会見場。飾りのない壁。長机がひとつ、マイクが四本。会場の隅には報道のカメラまで入っているらしい。
長机の席は、四つ。
三つが、埋まっていた。
「時間です。始めます」
玲が、マイクを引き寄せた。
「剣条玲です。今日は四人で、俺たちの先生――柊慎一という人の話をします。先に断っておきますが、思い出話をしには来ていません。情と感謝なら、個別に済ませました。今日は仕事の話です。『B級に指揮ができるのか』という世間の問いに、現場の人間として、技術の話だけで答えます」
【始まった】
【同時視聴、もう三百万超えてるぞ】
【席、ひとつ空いてないか】
【その話はやめろ】
「俺からは、戦術理解の話を」と玲は続けた。「先生は、戦闘の録画を三秒で止める人です。八年前、どこにも拾われなかった俺の剣を、三秒で『重心』『目線』『初動』の三語に分解した。俺はその後、人類最強と呼ばれるようになりましたが、断言します。俺は今でも、自分の戦闘を三語に分解できません。やれるのに、言葉にできない。先生は逆です。やれない代わりに、全部を言葉にできる」
「指揮官の仕事は、戦うことではありません。全員ぶんの戦闘を同時に読んで、言葉で介入することです。つまり、あの人が二十年やってきたことと――寸分違わず、同じです」
◇
「補足。」
二人目が、マイクを引いた。会見場だろうと、第一声は変わらないらしい。
「氷堂澪です。理論構築の話をします。感想は述べません。数字だけ並べます」
彼女の背後の壁に、資料が映った。協会への提出書類と同じ、余白まで几帳面な図表だった。
「講座開始から今日までで、国内浅層の事故率は統計的に有意に低下。ダンジョン庁は十八年ぶりの新規死因コード『P-1・教育による未然防止』を採用。適用事例の出どころは、全件あの六畳間です。重要なのは、下がったことではなく下がり方です。先生の理論は、受け手の才能と無関係に再現する。再現しない理論を、偶然と呼びます。再現する理論だけを――設計図と呼びます」
「チーム攻略に必要なのは設計図です。描ける人間は、統計上、国内に一名。数字は以上です」
一拍おいて、澪は付け加えた。
「私見をひとつだけ。私は生徒だった間、あの人のノートの余白に毎朝、補足を書き続けました。一度も、書き終わったことがありません。……底が、見えないので」
【検証データが会見の体裁してる】
【「補足。」で始まる会見、初めて見た】
【最後のそれ、私見っていうか告白だろ】
◇
「獅子王丸だ。難しい話は前の二人がした。俺は簡単な話をする」
三人目は、マイクが要らなさそうな声だった。
「俺は十五まで、字が満足に読めなかった。どこの道場でも『頭が悪い』で終わった。親父だけが教本を捨てて、畳一枚の紙に足の裏の絵を描いた。『荷重配分』じゃなく『地面を噛め』。俺の知ってる言葉しか使わなかった。――鍵穴を見てから、鍵を作る人なんだ」
「いいか。ここに、玲と、澪と、俺と、あいつがいる。剣と、魔法と、盾と、影だ。育ちも、覚え方も、何もかも違う。その全員が『この人の教え方が一番効いた』と言ってる。おかしいだろ、普通。教え方ってのは、合う合わないがあるもんだ。……ないんだよ、親父には。五つの鍵穴に、五本の鍵を作った人だからな。チームってのは要するに、鍵束のことだろ。なら、束ねるのは鍵屋の仕事だ」
【最硬の盾、例えが一番うまい説】
【鍵束……そうか、鍵束か……】
◇
四つ目の席に男が座ったのは、そのときだった。
どこから現れたのか、カメラは捉えていなかった。気付いたら、座っていた。痩せて目つきの悪い、しかし顔そのものは、どこにでもいそうな若い男だった。
「夜鴉だ。本名は、まだ機密。顔は――昨日から、機密じゃなくなった」
会見場のフラッシュが、嵐になった。
【顔出しした!?】
【序列表の黒い四角の中身だぞ】
【国家機密が長机に座ってる】
「先に答えておく。なんで存在を公開したのか。簡単だ、書類を一枚出した。職業欄に『教え子』と書いたら、通った。役所も、たまには良い仕事をする」
「俺からは、危険予測の話だ。本業は、まあ、察しろ。危険を読み違えたら一回で死ぬ商売を、ガキの頃からやってる。その俺が、講座のアーカイブ全四十四回を検証した。撤退基準。危険の数え方。潜る前の三行。――欠陥を探したんだ。本気でな。見つけていたら、この席には座っていない」
「結論。あの人の危険予測は、俺の手口より速い。俺は、危険が見えてから消す。あの人は、危険が生まれる三手前で、組み立てそのものを変える。俺が四分十一秒で終わらせる仕事を、あの人は最初から発生させない。……指揮官に欲しいのは、どっちだ?」
【この理屈の積み方、どこかで見たぞ】
【おい、待て。文体で分かる】
【検証ニキ!? お前、検証ニキだったのか!?】
夜鴉は手元の画面を一瞥して、初めて、かすかに笑った。
「さて。最後に、世間の皆さんに訊きたい」
彼はカメラを、まっすぐに見た。
「あんたたちは『実績がない』と言う。なら、ここにいる四人と、ここにいない一人を見ろ。人類最強の剣。最強の魔導師。最硬の盾。最高効率の影。それから――最大範囲の聖女。出自も才能の形も何ひとつ揃っていない五人が、同じひとつの教室から出た。……俺たちは先生の作品だ。作品が作者を証明する。これ以上の履歴書が、あるか?」
会見場が、静まり返った。
コメント欄は、その逆だった。
【……ない】
【ないよ。世界中探しても、ない】
【五人がかりの履歴書を見た】
【B級がどうとか言ってた昨日の俺を殴りたい】
【せ、先生……! 観てますか……! 私、誇らしくて、息ができません……!】
観ているよ。息はしなさい。
◇
質疑は、ほとんど形にならなかった。記者の問いは途中から「指揮官就任を、本人は」の一点に集まり、四人は四人とも、同じ答えを繰り返した。決めるのは先生です。俺たちは、判断の材料を世界に置きに来ただけです――と。
終了の間際だった。
玲が席を立ちかけて、マイクがまだ生きていることに、気付いていたのかどうか。隣の三人にだけ向けたような小さな声を、世界中の回線が拾った。
「あとは……こころ、お前だけだ」
◇
配信が終わって一時間後、ダンジョン庁が臨時の発表を打った。
『未踏破迷宮〈深淵〉攻略プロジェクト・攻略総指揮官として、柊慎一氏を正式に指名。現在、就任を要請中』
候補、ではなくなった。各局の世論調査の数字は、一晩で決定的に傾いたらしい。討論番組は今夜も結論を出さなかったが、もう、出す必要もなさそうだった。
机の上の封筒は、昨日までと同じ顔で、そこにある。期限まで、あと八日。
指名は、返事ではない。受けるかどうかを決めるのは、変わらず俺の仕事のままだ。
寝る前に、ノートへ二行だけ書いた。
【四人とも、人前で喋るのが上手くなっていた。誰に似たのかは、考えないことにする】
【それと、玲の最後の一言。――あれだけは、技術の話ではなかった】
◇
北の街の宿舎で、白瀬こころは、終わった画面の前から動けずにいた。
『あとは……こころ、お前だけだ』
責める声では、なかった。待っている声だった。二年間、五十一件の下書きの前で止まり続けた指が、いま、震えながら別のものを掴んでいる。
涙は、止まっていない。撤退基準なら、とっくに超えている。――それでも。
聖女は泣きながら、コートを掴んだ。
夜行の始発は、南へ向かう。




