(8)
死ぬのは簡単なことではない。少なくとも私の場合は、テンションだとかモチベーションだとかを必要とする。
なぜなら死ぬときの痛みとか、失敗したときの苦痛とかを想像したら怖くなってしまうからだ。
そして私は見知らぬ世界に迷い込んだ衝撃で、テンションは消失、モチベーションはどこかで迷子になっている。
そういうわけで、すぐさま再度の自殺を敢行する気力が湧かず、なんだかんだ惰性で生きているのが現在の状況だ。
場所はそこそこ栄えている、城塞都市の娼館。娼館を経営しているのは自身も娼婦上がりだと言う女将さん。
中庭も備えているような大きな屋敷を構えていることからもわかる通り、娼館としては高級なほうに分類されるのだと、まったくわかっていなかった私が察したのは、つい最近のことである。
秋口に路上で震えていた不審者の私を拾ってくれた女将さんには頭が上がらない。ちょうど人手が足りなかったからだなんて言われたけれど、今はそれも嘘だとわかる。
私の素性も聞かず、客を取るには見目が悪い――実際、私はこの世界の成人男性の平均身長よりも背が高すぎるようだ――と無理に娼婦として働かせることもしないのであるから、私にとって女将さんは地獄に仏と言っても過言ではないだろう。
他の娼婦のお姉さん方にとってはどうだかは知らないが、少なくとも私にとってはそうだ。
とは言えども、「よし! 心機一転、別世界で第二の人生をスタートさせよう!」という気持ちにならないのが、私の可愛げのないところだと思う。
もう「にいさん」はどこにもいない。
そんな死にたい気持ちを抱えたまま、生きたいという欲求もないままに、私は惰性で生活している。
惰性で生活が出来ているのは私を拾ってくれた女将さんのお陰で、恵まれた身の上だということは理解している。
だからせめて、下働きとしていくらかお金を稼いだあと、またどうにかして死ぬ方法を探したい。
手指を見れば、元の世界では出来たことのないあかぎれが走っている。
生きているんだなと思って、死にたいと思った。
そんな気持ちは、世の酸いも甘いも知り尽くした女将さんには見透かされている気がする。
娼婦のお姉さんがタチの悪い酔客に絡まれたとき、わざわざ割って入って、代わりに殴られた私は、女将さんから追加でビンタをちょうだいした。
「アンタ、ちゃんと生きなきゃダメだよ。生きてるんだからね」
素直に受け止めているつもりなのに、女将さんの言葉がまったく心に響かない私は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。
あたたかい言葉だと思う。思いやりがあると思う。
けれど、私は女将さんの言葉の通りに、自分の人生を生きる気持ちは、まったく湧かなかった。
娼婦のお姉さん方だって、私にはまぶしく見えた。お姉さん方はたいてい、貧しい家の出身で、弟妹を食べさせるためだとか、出来のいい弟の進学費用を稼ぎたいだとか、病気の母親の薬代をまかなうためだとか、将来叶えたい夢のためだとか、私からすると立派な人生を送っている。
私が元いた世界でも、職業に貴賎はないとは言いつつも、春を売る商売はどこか下に見られるものだった。この世界ではそんな建前がないままに、ときおり、商売女にならなにをしてもいいというような下心丸出しの男を見る。
けれども先の通り、娼婦のお姉さん方は、そうやって踏みにじられてもいい存在だとは、私には思えないまぶしさを持っていた。だからあのときだって、私は殴られるとわかっていても、割って入ったのだ。
そんな私に、たいていのお姉さん方は妹分でも出来たみたいに優しくしてくれる。もちろん、意地悪な態度を取るお姉さんもいるけれど。
それなのに、将来の夢を見たことのない私は、この先の人生を生きて行きたいとも思わない私は、ここでもどこか肩身が狭く、居場所がないような気がしている。
『可愛げのない』
『なに考えてるかわかんない』
『不気味』
『頭おかしいんじゃないの』
これまで身内や、学校のひとたちからかけられたり、叩かれていた陰口は、どれも事実だと身に沁みる。
だからやっぱり、私はどこかで死ななきゃならない気がしている。
輪廻転生があるとして、「馬鹿は死なないと治らない」という言葉が真実だったとして、私のこれは死んで生まれ変わったらなにか変わるのだろうか?
来世というものがあるのであれば、次はもっとまともな人間に生まれ変わりたいものだ。
氷のように冷えた指先に温かい息を吹きかける。
朝晩ともなると、呼気が白くなるほどに気温が下がる季節を迎えていた。




