(10)
……今日もタイグがやってきた。どこへと問われれば、もちろん私が住み込みで働いている、この娼館にだ。
タイグは愛想もいいし、若くて清潔で見目もいいし、紳士的――夜のほうもかは聞いていない――だとお姉さん方には好評である。良客、ということなのだろう。
「テルノ、これ」
未だに固い、曖昧な笑顔で接客をする私に、すっかり私よりも背が高くなったタイグが、手を取り菓子を握らせる。
どういうことなのかはわからないのだが、目の前にいるタイグはどう見たって二〇代は半ばの青年になっており、声変わりも済んでいるし、私の背を追い越している。
私が一方的に別れを告げてから、ほんの数ヶ月しか経っていないのに、なにやらこちらの世界では一〇年以上経過しているようなのだ。そうでなければ、タイグが――私から見ると――急速に成長したことに理屈がつかない。
圧倒的事実として、今やタイグは私よりも年上となっているのだった。
そんな年上のタイグが未成年の私にご執心な様子は問題にならないのかというと、ならない。
なぜなら元の世界では結婚できる年齢に達していない私であったが、この世界では違うからだ。私の年齢ともなれば、普通に結婚していてもおかしくはないので、タイグが私に気がある素振りを見せるのも、特に問題には映らないらしい。
しかし私は娼館で働いてはいるが、春を売ることはなく、春を売るお姉さん方のために働く下女である。
女将さんは私に構うタイグに渋い顔をしつつも、ちゃんと女も買うので追い返すことも出来ないようだった。
……タイグが女を買うなんて、まあ成長しちゃって――と、気分は親戚のおばちゃんである。
あのあと。
凶状持ち――要は指名手配されていた犯罪者ということらしい――の大男の、捕り物があったあと。
当然のように私はこの城塞都市の治安警備隊の詰め所に連れて行かれた。
事情聴取というやつらしい。「規則ですので」と言われてしまえば、面倒だと断りづらく、大人しく着いて行った次第である。
このときに、そろいの紺色の帽子と、かっちりとした詰襟の制服が治安警備隊のものだと知ったわけだ。
そして肝心の、めちゃくちゃ狭い事情聴取の部屋の、その小さな席の向かいには、当然の顔をしてタイグが座った。記録係のひとも同じ部屋にいたから、ふたりきりではなかったけれども。
最初は「規則だから」と言っていた通りにちゃんとした、格式ばった事情聴取が行われた。
しかしそれは早々に切り上げられて、私語が始まる。
「どうしてここにいるの? 娼館にいたのはなんで?」
「娼館にいたのは、あそこで下働きをしているからです。どうしてここにいるかは……わからないです。記憶がないので」
あんな一方的で、身勝手な別れ方をしたタイグに合わせる顔がなかった私は、あっさりと大嘘をつく方向へ舵を切った。
だって、どのツラ下げれば「わあ、久しぶり!」だなんて言えるだろう。どのツラ下げてても、これは言えない。
だから気まずさに満ち満ちた気持ちのままに、私は記憶喪失だと大嘘をついたわけである。
だがタイグを騙せたかどうかは怪しい――というか、恐らく、きっと、騙せていない。
タイグの柳眉がぴくりと、片方だけ浮いたのを私は戦々恐々と見た。
「女将さんに拾われて……嘘じゃないです」
「嘘だとは思っていないよ」
記憶喪失だというのは大嘘だったが、それ以外は本当のことだった。
嘘をつくときには真実を混ぜると信憑性が増すと言うが、今回は不首尾に終わったようだ。
「下働き? なんだ、買えないんだ」
タイグは皮肉めいた微笑みを浮かべて、けれどどこか安堵した声を出した。
記録係の、タイグよりは年上に見える男性が、ちょっとぎょっとしたような目でタイグを振り返った。
タイグがそんなことを言うとは信じられない、とでも言いたげな横顔に、治安警備隊とやらでのタイグの立ち位置が見えたような気がした。
「……それじゃあ、ご協力ありがとうございます。ご苦労様でした。――これからも、よろしくね、テルノ」
半分以上を私語で占めた事情聴取から解放された私の疲れた背中に、そんなタイグの声がかかる。
もう「おねえさん」と呼ぶつもりはないらしい。今現在、どう見たって私はタイグよりも年下の子供に見えるだろうから、そんな呼び方をすれば不審がられるので、当たり前と言えば当たり前だ。
ただ、私はその事実に、身勝手な寂しさを感じた。
しかし記憶喪失、などという設定を自分に課してしまった以上、そんな素振りは見せられないし……そもそも、一方的で最低な別れを告げた身である以上、寂しさを感じるなんておこがましいだろう。
――けれど、「これからもよろしく」ってどういう意味だろう?
そんな私の前にタイグが現れたのは、次の日のことだった。
場所はもちろん娼館である。なぜなら、私は女将さんらに言われて街にお使いに出る以外で、基本的に娼館の外には出ないからだ。超インドア派なので。
そんな私の前にやって来たということは、タイグは娼館に客として現れたということである。
「いらっしゃいませ~……」
「やあ、昨日ぶりだね」
「ええ、まあ。あのう、なにか不手際でもありましたか……?」
「事情聴取の書類なら、つつがなく。なにも問題は起きていないよ」
「では、どうしてこちらに?」
私が引きつった笑みを浮かべながら問うと、タイグは完璧な笑顔で答えた。
「女を買いに来る以外で、娼館に用事なんてあると思う?」
「聞き込みとか……」
「あいにくと仕事の時間は終わっていてね。それに、俺はそこまで勤勉な性質じゃあないし」
私は困って、目を泳がせつつタイグの顔を見る。
タイグは笑顔だったけれど、そんな表情は私は初めてみた。
そしてこう確信する。
――怒っている……!
……そりゃそうだろう。あんなひどい別れ方をしたのだし、再会すればしたで「記憶喪失でーす、あなたのことなんて知りませーん」てな態度を取ったんだから、温厚な人間だって当たり前に怒るというものだ。
しかし記憶喪失という大嘘を引っ込めることも出来ず、私は「女を買いに来た」と言うタイグに、粛々と受付へ案内するほかなかったのであった。




