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自分勝手因果応報自業自得  作者: やなぎ怜


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(11)

 タイグが、最低でも一週間に一度は娼館へやって来るようになって一ヶ月。最低でも、ということは週に何度かやってくるときもあったということだ。それが、男性として……なんと言うべきか、元気なのか、とかは女で子供――と言うかお子様――の私にはわからない。


 タイグは先述の通り娼館にとっては良客だったし、お姉さん方からの評判は良かった。


 しかしそんな話をするお姉さん方も「でも唯一の欠点は」と付け加える。


 タイグの唯一の欠点は――


椿(カメリア)の髪飾りがあったんだ。けっこう精巧で、綺麗でしょう? テルノに似合うと思って」


 娼婦でもない、下働きのちんちくりんの小娘にご執心であるという点だ。


 今日も娼館にやって来て、下女の私に髪飾りなんぞを贈って来る。


 最初は受け取りを辞退していた私も、今では面倒になって受け取ったり拒絶したりと、日によってまちまちな態度を取っている。


 それはタイグから私の気を惹きたいという下心は感じられても、性欲由来のぎらぎらとしたものを感じないせいだ。


 そういうことは私よりも遥かに男性の扱いが上手いお姉さん方はわかりきっていたし、だから女将さんも渋い顔をする。


 お姉さん方なんて、タイグが私と恋仲になるかどうか賭けをはじめる始末。


 私はハッキリと、「そんなことにはならない」と言い切っているのだが、悲しいことに耳を傾けてくれる人間はほとんどいないのであった。


 そして私はタイグを知らないと――記憶喪失であるという嘘をついてしまった手前、最初からタイグに冷淡な態度を取る、という選択肢を消失させてしまうという失態を犯している。


 よく知りもしない相手に冷たい態度を取ったら、それは単に性格が悪いか、よほど相性が悪いということになるだろう。


 タイグを知らない――という設定になっている私にとって、タイグは変な客。


 ……いや、何度も断っているのに贈り物をする変な客に対しては、嫌う態度を取ってしかるべきなのだろうが、タイグが私の知るあのタイグなのだと意識してしまうと、私は冷淡な対応が出来ない。


 だからそんな私の曖昧な態度を見て、お姉さん方も「脈アリ」だとかそうじゃないだとかで紛糾して、賭け事にまで発展しているのだ。……いや、最後の賭け事だけはちょっと納得が行かないが。


 タイグも、露骨に私を誘ったりしないし、先の通りに性欲丸出し、みたいな態度ではないので、対応に困る。


 なんだったら私がタチの悪い客に絡まれていたときに、颯爽と現れて、なにやら耳打ちして丸め込んで――というか明らかに脅して――助けてくれたことだってある。


「王子様みたいね」

「え? あのひとが王子様に見えているんですか?」

「いや、全然」


 ひと仕事終えたお姉さんがそんなことを言い出すが、目はにやにやと笑っている。


 私は汚れたシーツを洗濯かごに入れながら、世間話に応える。


「まあ見た目は王子様でも通じるかもしれませんが」


 ……艶やかな黒い髪、魅力的な金の瞳、すらりとした鼻梁に、頬から顎にかけてのシャープな線。治安警備隊とやらに所属しているだけあって、肉体は鍛えられており、だらしのないところがない。


 たしかに、「唯一の欠点は」と付け加えるのなら、ちんちくりんの私にご執心であるところになるだろう。


「知らないの? あのひと、大公閣下の落とし(だね)だよ」

「タイコウカッカ?」

「前の王様の弟、の隠し子ってこと」


 私は目を何度か瞬きさせた。


 ――そう言えばそんな「設定」だったな。


 すっかり忘れていたのは、あの物語の中そのものとしか思えないような世界にやって来たのに、当の物語については思いを馳せる暇がなかったせいもある。


「だから羽振りがいいんですかね?」

「知らなーい。でも払いは良いし、乱暴なことしないし、良い客だからアンタ、ちゃんと捕まえておきなさいよ?」

「私はただの下女なんですが……」

「いっそアンタが客取れば?」

「私は接客に絶望的に向いてないんで無理ですね……あと背がデカすぎるし」


 無駄話を終えて部屋を出る。


 使用人用の通路――恐ろしいほど狭い――を通り、井戸のある中庭に出るため一度使用人用のスペースから出る。


「わ」

「おっと」


 出会い頭、「お客さん」とぶつかってしまいそうになり、肝が冷える。


 しかしその「お客さん」はまじまじと見つめるまでもなく、つい先ほど話題に出ていたタイグそのひとであった。


「ごめん。よく見てなかった。大丈夫?」

「いえ、私こそよく確認せずに出てしまったので……。というか、どうしてこんなところに?」

「ああ、中庭で一服しようと思って」


 タイグは微笑んでタバコと、マッチ箱を軽く掲げて見せた。


 ときどき、タイグからはタバコのにおいがすることがあったので、おどろくべき事実というわけではなかった。


 しかし実際にタバコを吸おうとしているところを目撃すると、「大人になったなあ……」などと、また親戚のおばちゃんのような感情が顔を覗かせる。


 他人のタバコのにおいを纏っている可能性もあったが、どうやらそれは違ったらしい。


 大人になれば、女も買うし、酒も飲むし、タバコも吸う。


 元の世界にいたときは、どれも私には遠い話であったが、この世界ではそれはかなり身近なものとなった。


 だから「タイグが女買って酒飲んでタバコも吸うなんて! ショック!」……みたいな感情はないのだが、タイグが不意に見せる「大人」の部分には、内心でちょっと目を丸くしてしまうところはある。


 それに……。


「そう言えば、テルノはタバコのにおいは平気?」

「平気……というかむしろ、好きなんですよね。私は吸わないですけど」

「へえ、変わってるね」


 タイグは「そっか」とだけ言ってから、タバコを唇で挟んだ。そのまま、マッチ箱をこすって、火をつける。


 私はタバコのにおいが好きだ。


 ……でも今は、少しだけつらいかもしれない。


 「にいさん」もたまにベランダでタバコを吸っていたから、タイグの横顔でタバコを吸われると、どうしても「にいさん」を思い出してしまう。


 私はどうしようもなく涙腺が緩むのを感じて、紫煙を吐き出すタイグから視線をそらした。

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