003 冒険者組合
細長い三階建て以上の建物が多くひしめき合っている王都において、冒険者組合はやや異色の建物だった。
ゆったりと広い土地に二棟が建っており、周囲には花や木が植えられているほか、大小いくつかの彫像まで置かれている。
土地相応に建物も広いため、縦に伸ばしてまで床面積を確保する必要がなかったのだろう。門の先にある大きな棟は二階までしかなく、三階建ての部分は別棟部分のみだ。
尖った屋根を含めても高さは抑えられている方のため、黒っぽい煉瓦造りで重厚感はあれど圧迫感はない。
フェイは建物を観察しながら、まっすぐに本棟らしきところへと入っていった。
(ここが、冒険者組合……かなり広いな)
入ってすぐに、フェイは驚きで目を瞠った。
どっしりと太い柱が支える高い天井と、広がる大空間。中にはざっと三十人くらいの人がいて、騒がしくはないが賑わいがある。
(……ここからどうすればいいんだろう。右は窓口っぽいけど……あそこに行けばいいのかな)
森の家から近い小さな村には、冒険者組合の支部などなかったので、どこで何をすればいいのかさっぱりわからない。
立ち尽くしたフェイが視線を彷徨わせていると、空いていた窓口の女性と目が合う。フェイはさっと目を逸らしてしまったが、彼女は困っている様子を察したのかすぐに立ち上がり、こちらへやって来た。
「こんにちは。はじめましての方……ですよね。ご依頼のご相談ですか? それとも、冒険者志望でしょうか」
声をかけられて、フェイは改めて彼女へと視線を向ける。
フェイより頭一つ分くらい背が高く、柔らかな栗色の髪を緩く一つにまとめている。穏やかで理知的な雰囲気の人だ。
迷いのない声掛けからして、組合に出入りする人の顔をほぼ覚えているのだろう。かなりの人数が出入りするだろうに、すごい記憶力だ。
フェイは内心驚きながら、「冒険者登録をしようかと」と応じた。
「では、奥の窓口へどうぞ」
全部で五つある窓口のうち二つには椅子が用意されている。冒険者登録や、依頼受付など、対応にある程度時間がかかる場合に使用するのだろう。
フェイを席に案内したあと、職員の女性はいくつかの資料を手に戻ってきて、向かいに腰掛けた。
「ノルドルン冒険者組合へようこそ。組合職員の私、アイナが担当させていただきます。お名前はなんとお呼びすればよいですか?」
「フェイ、と」
「フェイさんですね。どうぞよろしくお願いします。フェイさんは、これまでに冒険者として活動したことはありますか?」
「いえ、ありません」
「組合に入ろうと考えたきっかけや理由を教えていただけますか?」
ここまできて、すぐさま簡単に登録できるわけではないらしいとフェイはようやく悟る。
冒険者の中には腕っぷし自慢の荒くれ者も少なくないと聞くので、来る者拒まずなのかと思い込んでいた。
しかし考えてみれば、ある程度の身辺調査や面接があるのは当然だ。
依頼を引き受けた冒険者は単独、あるいは数名で現地へ赴く。そこで何か問題を起こされては、組合そのものへの信頼が揺らぎかねない。信頼を失えば依頼が集まらなくなり、運営が立ち行かなくなる。
きちんと依頼をこなせる実力があるか、素行に問題がなさそうかを見極めるのは、かなり重要だ。
登録を断られてしまわないように、フェイは少し緊張しつつ、慎重に答えた。
「旅の途中なので……まずは国内、ゆくゆくは国外に出ることも考えると、冒険者が最適だと思って」
「でしたら、確かにぴったりですね。冒険者組合は各国にあって、友好国以外とも独自で連携しています」
アイナは、ノルドルン王国周辺のかなり広範囲が描かれている大陸地図を広げて見せてくれた。周辺一帯の大半には赤い印、その他多くの国に青い印が付けられている。
「赤が友好国、青は冒険者組合同士での連携がある国です。組合員証を提示すれば、そちらでも相応の階級が与えられますよ」
国によって冒険者の数も強さも異なるので、どこでも全く同じ階級というわけにはいかないが、妥当な階級で登録してもらえるそうだ。
「フェイさんは、字の読み書きはできますか?」
「はい」
頷くと、一枚の紙が差し出された。情報を書き込む用紙のようだ。
「では、こちらにお名前と年齢を書いてください」
ペンとインクを渡されたので、早速、『フェイ』『18歳』と書き込む。
「家名の登録はなしでよろしいですか?」
「はい」
庶民には家名がない人も多い。形式的な質問だったようで、さらっと次の記入欄へと進んだ。
「冒険者の職業区分は、最大五つ登録できます。もちろん一つでも大丈夫ですよ。選択肢はこちらです」
別の用紙が横に並べられる。書いてある職業区分は、剣士、弓使い、戦士、槍使い、騎士、魔法使い、狩人、援護術師、その他だ。
「うーん……」
すぐさま『これだ!』と選べるものがなく、フェイは考えこんだ。
悩む様子を見たアイナが、すかさず助け舟を出してくれる。
「簡単に各区分の説明をしますね。剣士、弓使い、槍使いはそのままですね。それぞれの武器を専門に扱う方たちが該当します。戦士は近接武器に加えて、体術も得意な方におすすめしています」
組合的にはそういう風に分類しているのか、と、フェイはふむふむ頷く。
「騎士は、馬に乗って戦うことに長けている方ですね。狩人は弓使いと重なる部分もあるのですが、どちらかというと動物の生態や追跡、罠などについての知識と技術が重視されますし、非戦闘員扱いです」
フェイは一応森で狩りをしていたので、弓も罠も扱えるし、魔法込みで追跡もできる。狩人は選択肢の一つに入るかもしれない。
「魔法使いと援護術師は、世間一般的にはどちらも魔法使いですが、組合では攻撃要員になれる魔法の使い手を魔法使いと定義しています。補助や援護の魔法が得意でも、攻撃魔法が苦手な場合には、非戦闘員の援護術師として登録されます」
確かに、同じ魔法使いでも、戦闘能力があるかないかでは役割が大違いだ。うまく考えられているなぁと思いつつ、フェイは「狩人と援護術師は、非戦闘員」と、頭に入れながら呟いた。
「非戦闘職のみで登録されている方は、危険度が高い魔獣討伐などの任務を単独で請けることはできないので、その点はご注意くださいね。それから、弓使いは準戦闘員で、近接戦が予想される危険任務への参加には一定の制約があります」
「……なるほど」
魔獣をきちんと仕留めるだけの実力がない者が、下手に手出しをするのが一番危険だ。興奮して凶暴化した魔獣が、冒険者本人だけでなく、周辺にも害を与える可能性もある。
「安全を考えると当然ですね」
「ご理解いただけてありがたいです」
アイナはほっとしたように微笑んだ。もしかすると、登録時点で一悶着起きることもあるのかもしれない。
フェイは、説明を聞いた上で改めて職業区分を見直してみる。少し悩んだあと、答えを出した。
「私は……この中だと、魔法使いかな」
「魔法使いですね。失礼ですが、戦闘のご経験は?」
「森で大型の魔獣を狩ったことなら何度も。烈風鳥はちょっと厄介だったけど……火魔牛の群れくらいなら一人でも問題ありません」
火魔牛は、大きく鋭い角を持ち、興奮すると鼻から火を吹く凶暴な魔牛だ。三から五頭くらいの群れで行動するので、対抗手段を持たない人が遭遇すると命を落としかねない。
ちなみに、肉は結構美味しいので、狩りをした時は村の肉屋に卸していた。
アイナは「群れをお一人で……?」と少し目を瞬いたあと、気を取り直したように微笑む。
「……でしたら、問題なく魔法使い登録が可能ですね。援護術師の登録はされますか?」
「いえ、しません。他の人と組む気はないので」
「わかりました。他に登録できそうな区分はありますか?」
狩人を選ぶか迷ったものの、援護術師と同様、他の冒険者と組む可能性が高まるならやめておきたい。
それに、本業である植物医も、冒険者稼業で重視されている戦闘力とはほぼ無縁なので書くのは難しそうだ。フェイは首を横に振った。
「では、早速ですが登録査定を始めますね。実技もあるので、別棟に行きましょう」




