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植物医フェイの診察録  作者: 春登あき
ノルドルン王国編

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2/13

002 王都へ


 昨日歩いたばかりの山道を再び下り、フェイは村へと向かった。


 店に行くには早すぎる時間だと途中で気づいたもののとりあえず行ってみると、開店前ではあるが、中でレオーネが調薬をしているのが見えた。


 コンコン、と店の扉を軽く叩き、「おはようございます、フェイです」と声をかける。すぐに扉が開き、ちょっぴり驚いた顔のレオーネが出迎えてくれた。


「二日続けてとは珍しい。どうしたんだ?」

「朝早くにすみません。しばらく留守にするので、薬草を多めに持ってきました」


 籠いっぱいの薬草を見て、レオーネは「おお」と驚きの声を上げる。


「入ってくれ。精算をしよう」


 店内に入ると、いつものように、束にしてある薬草をどんどん渡していく。昨日、入手が難しいと聞いたものを特に多めに持ってきたので、レオーネは嬉しそうだ。

 重さと種類を丁寧に記帳しながら、彼はちらりと視線を上げて問う。


「長旅かい?」

「そうなるかもしれません」

「……そうか」


 算盤を弾き終えたレオーネは、大銀貨を二枚差し出した。買取額が上がっているものがあるとはいえ、持ってきた分の倍くらいの金額だ。


 彼が簡単な計算を間違うはずもない。どういうことなのかわからず、フェイは大銀貨とレオーネを交互に見つめた。


「少しだが、路銀の足しにしてくれ」

「でも……」


 うろたえるフェイの手を取り、レオーネは「いいから」とお金を握らせる。


「旅の安全を願っているよ。戻ったら教えてくれ」

「……はい。ありがとう、ございます」

「気をつけてな。なるべく大きな街道沿いを行くんだ。珍しい薬草があるからって、山の中にふらふら入るんじゃないぞ」


 心配のお小言は、なんだかキーランのようだ。

 少しだけ笑ったフェイは、「はい」としっかり頷いてから店を出た。




(さて……まずはどこに行こう)


 この旅の目的は、キーランを探すことだ。


 どうして急に旅に出たのか。

 それも、行き先どころか立ち寄った場所すらも隠すようにして。


 どうにも気になって仕方がないので、フェイは彼の足取りを追うことにした。


 ただの気まぐれで、たまにはのんびり一人旅をしたくなっただけなら別にいい。追いついたらちょっと話をして、そこからはそれぞれ旅をするなり、家に戻るなりするつもりだ。

 せっかくなので、旅先でいろんな植物も見ておきたい。


「とりあえず、王都を目指すか」


 フェイは、家から持参した、少し古い地図を広げた。


 今のところ、キーランが立ち寄った可能性が高いとわかっているのは王都だけだ。仮に立ち寄っていないとしても、王都には人も物も情報も集まるので、何かしらの手がかりくらいは得られるかもしれない。


 ここはノルドルン王国という国で、フェイとキーランが暮らしていたのは、隣国にほど近い南東の森の中だ。


 王都は海に面した東海岸側にあり、村からは北東に位置している。無駄遣いはできないが、かなり距離があるので馬車も使って移動した方がいいだろう。


 最初の目的地を二つ隣の村に決めて、フェイは早速歩き始めた。



 

 ノルドルン王国の中でもかなりの田舎に分類される村と村の間には、駅馬車など走っていない。最初はひたすら歩いての移動だ。


 どれだけの長旅になるかもまだわからない。路銀を節約するために、なるべく歩こうと考えていたのだが――……。


(あ、駄目だ、これ)


 森の家を旅立ってから四日目にして、フェイはちょっとした絶望とともに、宿のベッドに倒れ込んだ。


 フェイは普段から森の中でいろんな植物を採集しているし、一、二週間に一回は片道約一時間の村と家を往復している。なので徒歩移動も苦にならないだろうと考えていたのだが、連日朝から晩までひたすら、長距離を歩き続けるというのはまた別物だった。


 秋の初めで暑さが和らいでいることもあり、二日目まではほぼ予定通りに進めたものの、三日目にはくたくたで足がすっかり重くなり……。


 四日目の朝、立ち上がった瞬間に『今日は隣町まで歩くのは無理だ』と悟った。


 小刻みに震えるふくらはぎ、数歩歩く度にカクンと力が抜ける膝。

 靴と擦れてあちこち痛む足は、もう一歩たりとも歩きたくないと訴えている。無理に歩いたところで、道端で倒れるように野宿する羽目になるだろう。


 フェイは大人しく、持参した傷薬を塗って、一日しっかりと身体を休めることにした。




 丸一日の休息日を挟んだことで、翌日には随分身体が楽になっていた。


 五、六日目は、これまでよりのんびりと、休憩も多く取りながら進んだ。このあたりでようやく、自分にとって無理のない移動距離と速度を掴めてきたように思う。


 七日目にはある程度大きな町についたので、そこから先は主に駅馬車での移動となった。


 峠道などは歩くしかないが、駅馬車八割、徒歩二割くらいの旅なので、疲労感はずっとましだ。ただ、長時間馬車に乗っているので、降りたあとも揺れているような感覚がなかなか抜けないし、座りっぱなしでお尻と腰が痛くなるという初めての経験をした。


 旅を始めてから十一日目の朝、フェイはようやく王都に入ることができた。


「終点だよ」


 馬車の扉が開かれ、他の乗客に続いてフェイも降りる。


(建物も人も多いな)


 ここは王都の外れで、中心部まではまだまだある。それでも二、三階建ての建物が並んでいるし、道行く人の数も多い。細い路地は土のままだが、大通りは石畳で綺麗に舗装されていた。

 住み慣れた森や、近くの村とはまるで様相が違う。


 フェイはさらに、乗合馬車で王都の中心部へと向かった。


 目指すは、冒険者組合(ギルド)だ。


 どうやってキーランを探せばいいか。旅をしながら、あれこれと考えて最終的にたどり着いた答えが、冒険者になることだった。


 三ヶ月以上前に出発し、どこへ向かったかもわからない彼を見つけるのは簡単ではない。フェイ自身も長期間、長距離を旅する必要があるだろう。その間、宿や食事、移動など、何をするにもお金がかかる。それに、闇雲に動き回ったところで見つかるわけがないので、情報収集も欠かせない。


 そのすべてを叶えられそうなのが冒険者だ。


 王都の冒険者組合には、王国内の各地から様々な依頼が届くという。あちこちで依頼をこなしつつ、キーランらしきエルフが立ち寄っていないか聞き込みをすれば、お金と情報の両方を手に入れることが可能だ。


 フェイは王都になんの伝手(つて)もないし、伝手を頼りに働いた場合は簡単に辞めることができない。しかし冒険者ならば、仕事をするもしないも自分次第で、辞め時も自分で選べる。それに、人と必要以上に関わらなくて済むのもいい。


 キーランの行き先次第ではノルドルン王国から出る可能性もあるフェイにとって、これ以上ない選択肢に思えた。

 



 乗合馬車で二時間ほど揺られて、フェイはついに王都の中心部に到着した。


 大通り沿いには三階建て以上の建物がずらりとそびえ立ち、露店や屋台もたくさん並んでいて活気に溢れている。生まれて初めて降り立った大都会に圧倒されてしばらく呆けたあと、フェイはフードをかぶり、そそくさと道の端へ移動した。


 ようやく目的地についた安堵と達成感はあるものの、右も左もわからない都会で、慣れない人混みの中にいるというこの状況だけで、疲労感がぐんぐん増していく。

 ため息が出るとともに、ぐぅ、とお腹が鳴った。


(お腹空いた……。とりあえず、何か食べないと)


 フェイは周囲をきょろきょろと見て、美味しそうな林檎を売っている露店に目を留めた。


「すみません。林檎を一つください」

「はいよっ! 大銅貨一枚と銅貨五枚だ」


 巾着の中からぴったりの額を取り出して渡す。さっと磨いて渡された林檎は赤く艷やかで、またお腹がぐぅ、と鳴った。

 すぐに齧りつきたいのを堪えて、フェイは店主に尋ねてみる。


「あの……冒険者組合の場所はわかりますか?」

「もちろん。この大通りをまっすぐ行った先にあるよ。黒っぽい煉瓦造りで、屋根がとんがった建物だ。門の前にでっかい木が生えてるから、すぐわかるはずさ」

「ありがとうございます」


 林檎を食べたあと、教えられた通りに進んでみる。店主の言う通り、立派な木が目印となっていてすぐにわかった。


 周辺の三階建ての建物よりもなお高い、とても立派なノーリャの木だ。大きな黄緑色の葉が生い茂っていて、地面に心地よい日陰を作っている。

 近づいて見上げてみると、太い枝に横になって、組合の建物を見ている小さな精霊の姿があった。


(組合を見守ってる……?)


 木全体をよく見てみる。


 樹形を軽く整えるように丁寧な剪定が施されていて、根の周辺には舗装もない。葉の色も形も健康そのもので、大事にされている木なのだと窺える。


(冒険者組合――悪いところではなさそう)


 少しほっとしながら、フェイは門をくぐった。




◇覚えなくていい金額参考メモ

銅貨……10円

大銅貨……100円

現代日本円換算でだいたいこれくらいのイメージです

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