013 雪花病
フェイが王都に来てから二週間が経った。
一旦魔獣討伐に二、三回行って手っ取り早く稼いでしまおうかと考えたこともあるけれど、結局あまり食指が動かず、フェイは毎日せっせと採集任務に励んでいる。
薬効の高い新芽の部分ばかりを集めたのが目に留まったのか、夜光苔採集の依頼主がフェイ指名で依頼をくれるし、オルドからの個人的な注文も引き受けているので、稼ぎは案外悪くない。
今週は、日に大銀貨二枚以上を安定して得られているので上出来だろう。王都での暮らしに困窮することは今のところなさそうで、フェイは結構ホッとしている。
いつものように露店で果物と具入りのパンを買ってから、フェイはまず冒険者組合へと向かった。
指名依頼が入っている時は、建物に入ってすぐ、窓口の前を通る際に声をかけられる。しかし昨日依頼をこなしたばかりなので、今日はおそらくないだろう。
予想通り窓口で声をかけられることはなく、フェイは依頼用紙が貼り出されている掲示板の前にそのまま歩いていく。
途中、初日に『庭師協会にでも入りな』と言ってきた大柄な冒険者とすれ違ったが、フェイをなんとも言えない表情で見るだけで、特に何も言われなかった。彼のような冒険者からすれば、戦闘系の依頼に無関心なフェイは理解不能な存在なのかもしれない。今後も関わることはないだろう。
(さて、今日は何をしようかな)
フェイはお決まりの一角へ向かって、ノーリャの葉に書かれている依頼内容を手早く確認していく。しかしすぐに、「うーん」と唸るようなため息が漏れた。
植物に関する知識がない駆け出しの冒険者でも間違いなく達成できるであろう、簡単で報酬も安いものしかない。その気になれば一日でまとめて五個くらいの依頼をこなせそうだが、こういう依頼は初心者用に残しておくべきだという自制心もある。
(今日はオルドさんのお使いだけにして、王都の薬屋巡りでもしようかな)
王都に来てからというもの、フェイは薬屋や薬草の問屋などを少しずつ巡り、キーランについての情報を集めている。
エルフはかなり珍しいし、特徴的な見た目を隠していたとしても、キーランはとても目立つ美しい容貌をしている。そのため、見たことがある人ならそう簡単に忘れないと思うのだが、まだ目撃情報すら一件も得られていない。王都は広いので、薬屋だけでも相当数あるし、植物を取り扱う店は膨大だ。気長に聞き込みをしていくしかない。
そんなことを思いつつ、踵を返した時だった。
「ねぇ!」
声をかけられ、足が止まる。声の方を見ると、男女二人ずつで組んでいるらしい冒険者の一団がいた。
まとめ役らしい落ち着いた雰囲気の女性が話しかけてくる。
「君、魔法使いなんでしょ? 草むしりばっかりしてないで、私たちと一緒に亜竜鳥の討伐とかどう?」
(く、草むしり……)
一切の悪気がないとわかる人当たりのいい笑みで言われて、フェイはなんとも言えない気持ちになる。戦闘系の依頼を中心にこなしている人たちからすると、そう見えるのだろう。
「魔法使いなのにそういう依頼ばっかりしてるってことは、まだ実戦経験がないんじゃない? 俺たちは中堅どころって感じで、亜竜鳥討伐もこれで五回目だから、割と安全は担保できると思うよ」
矢筒を背負った男性が続けてそう言う。
なるほど、確かにそういう風にも見えるのかと、フェイは内心ふむふむ頷いた。
「どうかな?」
二人に揃って問われる。
……きっと、彼らは悪い人たちではないと思う。しかし、人と深く関わる気はない。
それに、一緒に戦うとなると、魔法が異質であることにも気づかれかねない。フェイはそっと首を横に振った。
「……すみません。遠慮しておきます」
彼らは「えーっ」と少しがっかりした様子を見せたが、すぐに「まあいいや」と肩を竦めた。
最初に声をかけてきた女性が、ふっと微笑む。
「了解。ま、討伐行きたいなーって気分になった時はいつでも声かけてよ。魔法使いがいると戦術が変わって楽しそうだしさ」
「……はい」
頷くと、軽く手を振って四人は去っていった。
(あっさり引いてくれてよかった)
生い立ちのせいもあって、正直なところフェイは人が苦手だ。おまけに、出来上がっている四人の輪の中に入っていくなんて、あまりにも気が重い。無理だ。
フェイはふぅ、と息をつく。そして、そそくさと冒険者組合をあとにした。
「こんにちは」
「おお、フェイ。今日も来てくれたのか」
薬屋に行くと、店主のオルドが出迎えてくれる。
「何か必要なものがあればと思って」
「あるとも。ほら、これにまとめてある」
オルドは欲しい薬草とその量が箇条書きされたノーリャの葉を差し出した。早速確認してみる。一日で問題なく集められそうな内容だ。
「それから……別件で相談があるんだ。フェイは前に、植物の専門家だって言ってただろう?」
「はい」
フェイはこくりと頷く。
「俺の友人にその話をしたら、そいつがお前さんに興味を持ってね。名はローエンといって、果物を作ってるやつなんだが、畑の一部でどうも出来が悪い部分があるらしい。専門家がいるんなら、一度見てもらいたいそうだ」
フェイは少し目を見開く。王都に来て初めての、本業である植物医らしい依頼だ。
「行きます。すぐにでも」
即答すると、オルドは「本当かい?」と顔をほころばせた。
「なら、果樹園の場所を教えよう。薬草がよく採れる森のそばで……」
オルドは地図を広げ、果樹園への行き方を詳しく教えてくれる。
フェイがほぼ日参している森からほど近い町だし、かなり大規模な農園らしいので、迷う心配はなさそうだ。
一通り説明を聞くと、フェイは早速ローエンの果樹園へと向かった。
馬車に揺られることおよそ一時間。いつもの馬車駅で降りたあと、森ではなく町の方へと歩く。
オルドに言われた通りに町外れまで進んでいくと、木の柵で囲まれた広大な敷地が目に入った。場所的にも規模的にも間違いない。ローエンの果樹園だ。
呼び出し用として門に設置されている小さな鐘を鳴らすと、しばらくして、ひょろっと背が高い壮年の男性が現れる。
「おや。どなただろう」
怪訝そうだった彼だったが、すぐに何かに気づいたような表情になる。
「もしかして、君がフェイかな?」
「はい。オルドさんから話を聞いて来ました」
フェイが肯定すると、彼は日焼けした顔に、明るくホッとしたような笑みを浮かべた。
「おお! まさかこんなに早く来てくれるなんて……助かるよ。さ、入って入って」
木枠で作られた簡素な門が開かれ、中へと招かれる。この様子からして、彼がオルドの友人であるローエンで間違いない。
「うちでは林檎と橙と杏、三種類の果物を育てているんだ。今は林檎の時期で収穫の真っ只中なんだが……どうも、去年に比べると出来が悪い一角があってねぇ」
そんな話をしているうちに、林檎の木がずらっと並ぶあたりに差し掛かる。
フェイが王都の露店でよく買って食べているような、一人でも食べやすい大きさの品種を育てているらしい。近づくと、甘酸っぱい香りが仄かに漂ってきた。
「木はだいたい百本くらいはあるかな。調子が悪いのはこの先だよ。……調子が悪いと言っても、木には特になんの変化もないんだけれども」
不作の原因がわからない、とローエンは首を横に振った。
「このあたりだよ」
「確認します」
現場に到着すると、フェイは早速調査を始めた。
(日当たり、問題なし。土の質も……他のところと特に変わりはなさそう。一応検査薬を使うか)
問題の場所と、そこから十分離れたところの二ヶ所で土を採取し、土壌検査のための試験薬に少し混ぜてみる。やはり土の質自体はともに良好で問題なく、大きな違いはない。
続いて、フェイは一本ずつ詳しく検査をしていくことにした。林檎は樹高が高くなりすぎないように丁寧に剪定され、どの木も樹形がよく枝葉がしっかりしている。
根本、木の幹、そして枝の先や葉までまずは目視で確認し、木槌でコンコンと軽く叩いて音も聴く。最初に診た三本はなんともなかったのだが、四本目を確認している途中で、フェイは木の幹や枝にポツポツと小さな白い斑点があることに気づき、目を見開いた。
「……まさか」
腰袋から虫眼鏡を取り出して、白い斑点を拡大して見る。小花のようにふわふわとした、一見綺麗なものがたくさん集まっているのが見て取れた。
他の斑点も確認してみる。どれも同じだ。
一度目を閉じ、長く息を吐き出したフェイは、周辺の他の木も見て回る。全部で五本の木に、同じようなものがあった。
(……間違いない。雪花病だ)




