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植物医フェイの診察録  作者: 春登あき
ノルドルン王国編

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11/13

011 エルフのキーラン


 森に置き去りにされたフェイは、途方に暮れて、座り込んだままじっとしていた。


 日が暮れると、明かりなんて一つもない森の中はすぐに暗闇に沈んでいく。遠くでゴロゴロと雷鳴が轟き、やがて雨粒が落ち始めた。


《フェイ、風邪ひいちゃう》

《あっちに木の(うろ)があるから、そこで雨宿りしよう》 


 精霊たちに促され、フェイは鉛のように重い足を動かして、言われるがままに木の洞へと入った。大木にぽっかりとあいた穴は、フェイを包み込んでくれて、次第に激しさを増す雨から守ってくれる。それでも、風がふくと大粒の雨が降り込んできて、フェイを冷たく濡らした。


「……どうしよう」


 家族で暮らした家、村、その周辺の森。そこまでが、フェイが知る世界のすべてだった。


 村の爪弾き者で、両親から捨てられ、深い森の奥に捨てられた今、フェイは完全に未知の世界に放り出されたも同然。これから先どうすればいいのか見当もつかず、暗闇の怖さと心細さでぽろぽろとただ涙だけがこぼれる。

 精霊たちが一生懸命慰め励ましてくれるけれど、家族を失った途方もない悲しみはどうしようもなかった。


 頬を伝った涙が、膝を抱えている腕に落ち、地面へと吸い込まれていく。

 フェイはやがて、声をあげて泣き始めた。


 泣いて泣いて泣いて、それでも涙は枯れなくて、お腹がヒクヒク痙攣して苦しくなり、また涙が溢れた。泣き過ぎのせいか、息がまともにできないせいか、次第に頭がぼんやりしてくる。


 徐々に近づいてくる雷鳴に混じり、太く低く響く魔獣の鳴き声が微かに聞こえた。


(……わたし、食べられちゃうのかな)


 精霊が守ってくれるかもしれないけれど、強い魔獣に対し、小さな彼らが立ち向かえるのかわからない。

 森にはたくさんの怖い魔獣がいると大人たちが言っていたし、精霊たちも遭遇を避けるように動いていた。きっと、とても強くて恐ろしいのだろう。


(食べられて、死んじゃうのかな)


 そんな考えが浮かんだ時、真っ先に抱いたのは恐怖心ではなかった。


(……それでも、いいや。もう……消えちゃいたい)


 物心がついて、気づいた頃にはもう、フェイは村で浮いた存在だった。

 精霊が見えて、言葉を交わせることの何がそんなに悪いのだろう。弟のそばに寄り、可愛がることも許されないほどの邪悪なのか。

 魔獣の餌にでもするように、森に置き去りにされるに値するの罪だというのか。


 フェイにはわからない。

 もう、何もかも。


 親と家という、五歳にとって世界のすべてにも等しい拠り所を失い、フェイは死に等しい絶望というものを知った。



 泣き疲れて、いつしか気絶するように眠っていたらしい。


《フェイ、フェイ!》


 精霊たちが騒ぐ声で、フェイはハッと目を覚ました。眠っていたのはそう長くない時間のようで、森はまだ真っ暗で、雨も降り続いている。


 周囲を警戒して暗闇に目を凝らし、耳を澄ませたフェイは、雨音に混じって聞こえてくる物音に気づいた。


 カサ……カサ、パキッ。


 森の下草や落ち葉を踏みしめて進んでくる足音だ。


「魔獣……?」


 微かに震えたフェイの声に、精霊が応える。


《違うよ!》

《もう大丈夫だからね、フェイ!》


 どうやら助けが来たらしいが、一体誰がフェイを助けてくれるというのだろう。フェイはただぼんやりと、木の洞から外を見ていた。

 やがて、足音の主が姿を表す。


「あぁ、見つけた」


 安堵の色を含んだ、柔らかな声だった。

 周囲が温かな光に照らされ、フェイは光に導かれるように顔を上げる。


 ──そこにいたのは、美しい人だった。


 滑らかな低い響きのある声からして男性だとわかるが、性別というものを超越している美貌の持ち主だ。日焼けを知らないような、白く美しい肌。明るく艶のある金の髪。そして、新緑のような柔らかい緑色の瞳。


 精霊たちの“おうち”で音楽を聞かせてくれた女性の精霊と似た、この世ならざる者の雰囲気がある。彼女と違って目は淡い光を帯びていないが、先が尖った変わった形の耳をしている。精霊の中にはそういう姿の子もいるし、彼も精霊なのだろうか。


 フェイが戸惑いながら見上げていると、彼は視線を合わせるように膝をついた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 フェイは小さく頷く。

 よかった、と優しく微笑み、彼は手を差し出した。


「わたしはキーラン。きみの名前は?」

「……フェイ」

「そっか。よろしくね、フェイ」


 それが、キーランとの出会いだった。



「とりあえず、身体を温めないとね」


 次の瞬間、フェイの身体は温もりに包まれた。何も見えないのに、暖炉のそばにいるような温かさが心地よく全身を包んでいる。湿り気を帯びていた服も見る間に乾いていき、フェイは目を見開いた。


「あなたも、精霊?」


 人間とは明らかに違う雰囲気や見た目、そして不思議な力。やはり精霊なのだろうかと思って尋ねると、キーランは真剣に考えはじめる。


「うーん、それは結構難しい質問だな。精霊に近いけど、人と同じような実体があるから広義では人族とも言えるし……」


 よくわからない言葉も含まれていて、今ひとつ理解できずにフェイは首をかしげた。


「あぁ、ごめん。わかりやすく言うと、精霊と人間の中間って感じかな。わたしたちの種族は“エルフ”っていうんだ」

「エルフ……?」

「うん、そう。精霊と同じような力を持っているし、人よりずっと長生きでね。だけど、精霊と違って人間にもはっきり見えるし、触れることも、会話することもできるよ」

「……あなたは、みんなにも見えるの? あなたとお話ししてても、こわがられない?」


 フェイが尋ねると、キーランは悲しげに微笑んで、そっと頭を撫でてくれた。


「うん。怖がられないよ。それに、わたしにももちろん精霊が見えるからね。フェイが精霊と話していても何も不思議じゃないし、一緒におしゃべりもできるよ」

「ほんとに……?」

「うん。本当」


 それから、キーランはゆっくりと、色々な話をしてくれた。


 旅の途中で、今日は近くで野営をしていたこと。

 精霊に助けを求められてここに来たこと。

 道中、フェイについて精霊から教えてもらったこと。


「ねぇ、フェイ。わたしはそろそろ旅を終えて、しばらくのんびり過ごそうと思っているんだ。……きみさえよければ、わたしと一緒に暮らそうか」


 キーランに提案され、フェイは少しだけ考えたあと、「うん」と静かに頷いた。

 


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