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植物医フェイの診察録  作者: 春登あき
ノルドルン王国編

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10/14

010 災い


 フェイは『精霊の取り替え子』だ──小さな村に、その噂はまたたく間に広まった。


 両親はまだ半信半疑のようだったが、それは裏を返せば、フェイが自分たちの子ではない可能性がちらついているということ。平穏だった家族の日常は壊れ、どこかぎこちなく、固い空気感が漂うようになっていた。


 親ですら半信半疑になるのだ。他の村人は完全にフェイを疑ってかかった。元々フェイは変な子供として知られていたので、「やっぱりな」「変だったもの、あの子」という納得の声の方が多かったくらいだと思う。


 フェイを仲間外れにしていた村の子供たちの反応は、『気持ち悪いから放っとこう』から、『フェイは悪い精霊の子だから退治しよう』へと変わった。皆に見つかると小石や硬い木の実などを投げつけられるので、フェイは家にこもるか、人気のない場所に隠れ過ごすことが多くなった。


 ある日、木の陰に隠れて息を潜めていた時のことだ。村の大人たちが人目を避けるように集まり、ヒソヒソと話す声が聞こえてしまったことがある。彼らはフェイをどうするべきなのか、それぞれの考えを言い合っていた。


「フェイは森にでも捨てるべきなんじゃないか?」

「いや、それで精霊に報復されたらどうする? そっとしておくべきだ」

「取り替え子を痛めつければ、精霊が慌てて子供を返すって話もあるらしいけど……」


 フェイは恐怖に身を震わせた。



 村人たちの意見は割れているようだったが、結局『フェイに何かして精霊に報復されたらまずい』という方向で一応のまとまりを見せたらしい。しばらくすると、フェイは子供たちから迫害されなくなったけれど、皆からほとんどいない者として扱われるようになった。


 フェイは傷ついたけれど、石を投げられたりするよりはマシになったと自分を慰めた。


 

 状況が変わらないまま、フェイは五歳になった。


 それからまもなく、フェイには弟ができた。小さくてくちゃくちゃで頼りない声で泣く弟の姿を、フェイはあまり見ていない。フェイのことを信じ切ることができない両親は、生まれたばかりの我が子を守ることを最優先にしたからだ。


 家にも、村のどこにも居場所がないフェイは、森の中の花畑で精霊たちと過ごす時間がどんどん長くなっていった。



 そんなある日のことだ。


《ねぇ、フェイ。あっちの方から、よくないのが来てる》


 いつものように花畑にいると、ある精霊がそう言った。


「よくないのって?」

《よくない空気だよ。あれを吸うと、人が元気なくなっちゃうの》

《ここも危ないから逃げようよ、フェイ》


 精霊たちは、人よりもずっと遠くのことを知覚できるらしい。獣が近づいてきている時は事前に知らせて安全な場所へと誘導してくれるし、天気が崩れる時もいち早く教えてくれる。

 そして、いたずらをしたりからかったりして遊ぶことはあれど、嘘はつかない。


「……ここ、危ないの?」

《うん。もうじき危なくなると思う》

「それは、どうして? 人が元気なくなっちゃうって……風邪とか、お腹こわすとか?」

《風邪の、もっとひどいやつだよ》

《風の結界で守るにも限度があるし、一緒に安全なところに行こう》

「でも……」


 精霊のことは信じているけれど、フェイは躊躇い、首を横に振る。


「すぐは無理だよ。お母さんとお父さんに教えないと……」


 その夜、フェイは早速二人に精霊から聞いた話を伝えることにした。ただ、精霊からの情報だと言えば、まともに取り合ってもらえないことはもうわかっている。


「あのね」


 フェイはもう、二人に面と向かって『お父さん』『お母さん』と呼びかけることができなくなっていた。そう呼びかけると、二人が一瞬複雑そうに表情を歪めるからだ。


「何?」

「どうした?」


 問い返してくれる両親だが、彼らは以前のように「どうしたの? フェイ」と優しく名前を読んではくれない。


「えっと……あのね、わたし、森で遊んでるうちに、あっちの村の方まで行っちゃったの。それで、えっと……あっちには具合が悪そうな人たちがいて……こっちの村も、危なくなっちゃうかもしれないの。だから、逃げなきゃ……逃げた方がいいの」


 両親は不可解そうに眉根を寄せ、顔を見合わせた。


「隣村の奴からそんな話聞いたことないけど……」

「そういう嘘はよくないわ。ほら、変なこと言ってないで早く寝なさい」

「……っ、嘘じゃないもん! フェ──わたし、ほんとに聞い……見たの!」


 必死に言い募るフェイだが、その声で小さな弟がぐずり始めてしまった。

 母がため息をつき、「もう、騒ぐから……」と億劫そうに言って立ち上がる。


「せっかく寝てたのに、大きい声を出したせいで起きちゃったじゃないかい」

「……ごめんなさい」


 フェイはその後も何度か精霊の警告を伝えようとしたけれど、二度、三度と話をしたところで「いい加減にしなさい」と強めに叱られてしまった。


 警告は届かないまま、二日、三日、そして一週間と日が過ぎていく。


 

 ──村を疫病が襲ったのは、それからまもなくのことだ。


 最初に倒れたのは、長老夫妻だった。それから、長老の孫。子供と老人を中心に、働き盛りの村人たちもちらほらと体調を崩し始める。


 そして……生まれて間もない、フェイの弟も。


 毎日寝ずに末息子の看病をしている両親は、ふと、以前のフェイの言葉を思い出したようだった。


「……ねぇ。この間、変なことを言ってたわよね。村が危なくなる、逃げなきゃって」


 やっと自分の言葉を聞いてもらえる。

 そう期待してパッと顔を上げたフェイの目に写ったのは、やつれきった両親が自分に向ける、苦々しい表情だ。


「お前が……この災いを呼んだのか?」


 母は、赤い顔で苦しそうな呼吸をする末息子を心配そうに見つめる。視線が再びフェイに向けられた時、その目には、憎々しげな光が浮かんでいた。


「私たちに──村に、正体がバレた腹いせでもしようとしたの?」

「え……?」

「出て行って」

「おかあ、さ──」

「出て行け! そいつを連れ出して!!」


 涙目の母が大声で叫ぶ。フェイの背中を、父がぐっと、有無を言わせぬ力で押した。



 そこから先は、あまりにも辛かったせいなのか、曖昧にしか記憶がない。

 はっきりしているのは、父に森の奥深くまで連れて行かれ、そこへ置き去りにされたということだ。


 ──フェイは、災いをもたらした『精霊の取り替え子』として、親に捨てられた。



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