4章ー3
一方その頃——暗闇を一人の男が這いつくばっていた。
川上は血走った目であちこちへと手を伸ばし、ついに起動キーに触れる。
「あった……あったぞぉっ……!」
みっともなく歓声を上げると、転がり込むようにしてポッドへ入り、重いハッチを閉め切った。
震える手で起動キーを差し込むと、無機質な機械音が響きインジケーターが明滅を始める。
安堵と同時に、川上の脳裏に家族の姿が浮かんだ。自分を待ってくれている妻と子供たちの笑顔。
その幸福な光景を思い描くほどに——川上の胸の奥に薄気味悪い嫌悪が芽生えた。
家族の輪の中で、自分だけが薄ら笑いを浮かべている。
「……なんだ、これは?」
みっともなく生にしがみつき、幼い少女から毛布を奪い、仲間を見捨てた男。
生還を果たしたとして、この惨めでどす黒い本性を抱えたまま、自分はどうやって家族を抱きしめればいいのだ?
この先に待っているのは、ただ己の醜悪さに怯え続ける、死人のような日々。
「俺は……俺は、こんなにも醜いのか……っ!?」
自問自答は悲鳴となり、やがてプライドを打ち砕く怒号へと変わる。
「ふざけるな……ふざけるな、こんなものぉぉぉっ!!」
川上は力任せに画面を叩き割り、外へ飛び出した。
肩で荒い息を吐く川上の前に、ひとつの人影が立っていた。
彼の口元には、タバコが一本咥えられている。
「いいのか。折角のチャンスだろうに」
佐伯の声には呆れも怒りもなく、ただ静けさだけがあった。川上は唇を歪め、目を逸らす。
「君が言ったんだろう、壊れていたんだよ。……それより地下はすべて禁煙じゃなかったか」
「見ての通りだ。火は持ってないんでね」
佐伯はタバコを咥えたまま、白い息をふっと吐き出した。
川上は拳を固く握りしめ、脱出ポッドに背を向け歩き出した。
一人残された佐伯の脳裏に、数十年前の泥と雨に塗れた映像が蘇る。
軍人時代。親の威光と揶揄されながらもトップを走り続けた自分に、唯一気さくに声をかけてきた男。正義感だけは人一倍強かった同期。
崩落する瓦礫の中で、佐伯を押し出し、自らは下敷きになりながら言い残した言葉。
『行け! ——行け、佐伯ッ!!』
その言葉が何度も耳の奥で響く。気がつけば軍を辞め、こうして危険な職場を渡り歩いていた。
死にたいのに、あいつの言葉が、あの力強い瞳が佐伯を生かす。気が狂いそうになる自己矛盾。
目の前に残された、いつでも起動可能な状態のアルゴ119。その生還率の低さを佐伯は知っていた。
死に場所を探していたのだ。運命に身を委ねるふりをして。
佐伯は、自嘲の笑みを浮かべた。
(……そうか。『行け』というのは、そういう意味ではなかったのだな)
佐伯はポッドの端末に素早くデータを打ち込む。そしてレバーを引くと同時に外へ飛び降りる。
無人の脱出ポッドが激しい推進音とともに地上へ向かって射出された。




