第5話 幼馴染の女は、変人だけど面白い(ジルフォード視点)
「今度こそ!あなたに美味しいって言わせてみせるわ!」
「 ……もう、クッキーはこの前のでいいだろう、食べ飽きたぞ」
「もう!私にアドバイスしてくれるって約束したじゃない!あなたに美味しい、と言わせるまで、私は何度でも挑戦しますからね!」
リエラが、再びチョコチップの入ったクッキーを差し出してくる。
他のクッキーでも良さそうなものだが、こいつはやたら、チョコを入れたクッキーにこだわっている。
曰く、チョコには奇跡の力が宿っているらしい。なんだ、そりゃ。変な女。
彼女が差し出した皿を見つめる。いつも通り、完全な円形、厚みも統一されていて、まるで売り物だ。
クッキーを手に取り、そっと齧る。
「……うまい、な」
「本当に!?」
「あぁ、ただ砂糖を入れて甘くしたんじゃない。わずかなコクと香りが後を引いて、いいバランスだ」
俺の言葉にリエラは俯き、肩をプルプルと震わせた。
「っっやったーー!!ついに『美味しい』いただいたわーー!ありがとう!試作品47号!!」
リエラは嬉しそうに飛び跳ねて、クッキーに頭を下げている。
「……47号?まだ10回くらいしか食べてないが」
「あなたに食べさせるものは厳選してるんです!色々実験してるんだから!!」
「……そう、か」
「大変だったのよ!お砂糖をどれだけ足しても『甘さが足りない』の一点張りだし、お砂糖足しすぎると『こんな甘いだけのものなら、砂糖をそのまま食べたほうがマシだ』っていうんだもの!」
「......すまなかった」
「いえいえ、いいんです!あなたのいう甘さって、甘さとコクのバランスのことだったのね!私も勉強になったわ」
「......ならいいが」
「これでヒロインレベルもアップしたし、将来の運命の人候補、攻略の道もひらけてきたわ!」
「......また運命の人か」
「そうよ!学園に通うようになったら、運命の人と出会ってめくるめくラブロマンスを繰り広げるんだからー!」
リエラが頬に手を添えてうっとりしている。
本当に、変な女だ。
普通、貴族令嬢は菓子作りなんてしない。なのに、俺の「うまい」なんて一言のために何度も作り直す。
運命の人だのヒロインだの、訳のわからない発言も多いがーー俺のために一生懸命になる姿を見るのは、悪い気がしない。
******
リエラ・アーヴィングとの出会いは、極々普通のものだった。
熱を出してばかりの俺は、幼いころは領地で過ごした。“公爵家の長男“は、その肩書きだけで価値があるらしい。まだ会ったこともない少年少女から、俺の身を案じ、ぜひ王都に戻ってきたら交流を深めたい、と言う趣旨の手紙がわんさか届いた。みんな、どれだけ地位と権力に貪欲なんだ。
リエラと会ったのは、そんな奴らに嫌気がさしていた時だった。
「はじめまして、アーヴィング嬢。ジルフォード・ノルトラントと申します」
父上に連れられた先で、俺は、いつも通りの紳士的な笑みを顔に貼り付けけた。愛想笑いなど、慣れたものだ。
この笑みを浮かべれば、みんな「理想的な公爵家長男」と勘違いして目の輝かせ、俺と親しくなろうとする。
リエラも、同じだった。
俺を見て目を輝かせ、俺と懇意になろうと必死にアピールしてきた。
くだらない、と思った。だれがお前みたいな下心に塗れた女と仲良くなるか、バーカ。
だから、徹底的に冷たくしてやった。「勝負よ!」なんてアホなことを言われた時は驚いたが、所詮俺に勝てるわけはない、完膚なきまでに潰してやった。あいつの作る歌は悪くなかったーーそれでも、もう関わることもないと思っていたんだ。
なのに、違った。
ちょっとした気の迷いだった。
ある日、馬車で町を通っていたら、同じ年頃の子供達が、楽しそうに走り回っているのを見かけた。
羨ましいーーと思った。
俺は、病弱で……好きに走ることなんて、出来ない。いや、それは昔の自分で、今の俺なら、体を自在に動かすことだってできるはずだ。
そう思って軽い気持ちで裏山を散策した。
だけど、山は思ったよりも険しくて、道なんてなくて…..気づけば体力はつき、帰れなくなった。
初めて、孤独を知った。
そんな時に現れたのがーーリエラ・アーヴィングだった。
あの女は、俺を見て「げっ」と言った。間違いなく言った。この、公爵家長男の俺と偶然会えたのに!!
あいつはもう、俺への興味を失っていた。自分で突き放したのに、少し面白くなかった。
だけどあいつは、興味を失った俺の前で屈んだ。「おんぶしてあげる」なんて、体の大きさもそこまで変わらないのに、普通貴族令嬢が言うか?
下心なんて、あの時のあいつにはなかった。
ただ、孤独な俺を助けようとする無垢さだけが、そこにあった。
あいつは、手と足が震えていた。それでも、俺に気づかれないように気丈に振る舞っていた。
リエラは、バカなんかじゃなかった。いや、バカではあるがーーどうしようもないお人好しだった。
木々に囲まれた山から降りた時、空はもう夕暮れでに染まっていて…突風が、吹き、花が舞った。
あいつの髪の毛が風に攫われ、夕暮れに溶け込むようなピンクの髪がたなびいた。
空に広がるその光景が、綺麗だと、思った。
あいつの震えるか細い腕が、何よりも心強かった。
風吹けば
花は迷って 右左
風も迷えば
おあいこねーー
あいつの詠んだ歌を思い出した。
風が吹いて花びらが飛んだだけのその光景が、自然のじゃれ合いのようで美しいと、思った。
この女は、ほかの貴族とは違う。
誰かと友人になりたい、と思ったのは、初めてだった。
******
「おい」
「私の名前はおい、じゃありませーん!」
「……リエラ」
リエラが、目を見開く。初めて、呼び捨てで呼んだ。
「……ちょっと、馴れ馴れしくないですか?」
「別に構わないだろう?お前が言ったんじゃないか、俺たち、幼馴染何だろ?」
ふっと笑ってやれば、こいつは気難しそうな顔をする。
何でだよ、お前、出会った当初は俺に興味津々だっただろうが。
こいつの中で、俺の立ち位置が揺らいでいる気がして、無性に面白くない。
「俺のことも、ジルでいい」
「えー、呼び捨ては好感度イベントの後っていうか……お助けキャラとはイベント発生そもそもないし」
「お前、しょっちゅう出てくるその謎な言葉は何なんだ?よくわからんが、俺に助けて欲しいんだろ?これからも助けてやるから、気にせず名前も呼べよ」
「いやいや、そうじゃなくて……」
リエラが、迷惑そうに顔を顰める。
なぜだろう、運命の人を夢見て顔を輝かせているこいつより、この顰めっ面の方が、居心地がいい。
こいつといる毎日は退屈しない。
王都での日々が楽しくなっていることにーー俺は気づいていた。この女に、ほんの少しは感謝してやる。
リエラの作ったクッキーに、手を伸ばした。サクリ、と音がなる。
その味は甘くて、コクがあってーーやはりうまかった。
第一章はこれで終わりです。今週中に、2人がもう少し大きくなった第二章スタート予定!
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