05
朝。
低く響く鐘の音が、学園中に広がっていた。
生徒たちは無言のまま、礼拝堂へと集められていく。
「毎朝やるようになったんだよ」
隣の少年が小声で言った。
「怖がってる親が多くてさ。“安心させるため”だって」
「……安心、ね」
リリアンは短く返す。
礼拝堂の扉が開く。
中は静まり返り、整いすぎているほど整っていた。
長椅子、祭壇、揺れる蝋燭。
「――では、祈りを」
教師の声が響く。
昨日の男だった。
変わらぬ柔らかな笑み。
生徒たちは一斉に頭を垂れる。
(……)
リリアンも形だけ倣う。
だが――
(妙に、音が響くわね)
だが、この時点ではまだ――
(……気のせいかしら)
そう結論づけるに留めた。
⸻
放課後。
「来てくれたね」
教室に残っていた教師が、穏やかに微笑む。
「エルシオン 先生補講、お願いできますか」
「もちろんだよ」
机を挟んで向かい合う。
授業は驚くほど分かりやすかった。
要点が的確で、話も整理されている。
「――ここまでは理解できているね?」
「ええ」
「優秀だ」
軽く目を細める。
「やはり、学ぶ力のある子は違う」
何気ない言葉。
だが、どこか“線引き”を感じる。
「先生は、なぜ私に補講まで?」
リリアンはあえて尋ねた。
教師は一瞬驚いたように見えたが、すぐに笑った。
「学びたい意欲がる人はいつでも大歓迎さ!」
顎に手を当てて続けた。
「教育というのは、本当に素晴らしい者だと思っているんだ」
「持っている資質を、正しい方向へ導く」
穏やかな声。
「どんな人にも平等にあるべきものなんだ」
ふっと、笑みが深くなる。
「しかし、、、平等というのは難しくもあるということを教員になってから気がついたよ」
その言葉に、わずかな熱が混じる。
押し殺した何か。
だがすぐに、元の柔らかい笑みに戻った。
「……少し、話しすぎたね」
「いえ、とても興味深いです」
リリアンは淡々と答える。
(……今の)
違和感はある。
だが、まだ“確信”ではない。
「今日はここまでにしようか」
「ありがとうございます」
教室を出る。
(……)
胸の奥に、小さな棘のようなものが残る。
⸻
その夜。
屋敷の一室。
「……どうでしたか」
エヴァンが静かに問う。
リリアンはソファに腰掛けたまま、少し考える。
「教育熱心な先生ね。ただ…」
「?」
「教育においての平等は難しいって嘆いていたわ」
エヴァンはわずかに目を細める。
「なるほど」
カップを指でなぞる。
沈黙。
「あと――礼拝堂」
エヴァンの視線が上がる。
「あの礼拝堂、なんだか音の響きに違和感があったわ」
「何か仕掛けが?」
「まだ分からない」
首を振る。
「でも、気になるのよ」
少しだけ間を置いて、
「この学園、礼拝堂は昔からあるの?」
エヴァンはすぐに答えた。
「いえ、現在の建物は比較的新しいものかと」
「……やっぱり」
リリアンの目が細まる。
「じゃあ、その前は?」
「記録によれば、別の施設があったようです」
「別の?」
「詳細は不明ですが……取り壊されて、現在の礼拝堂が建てられたと」
静寂。
リリアンは小さく息を吐く。
「……なるほどね」
点が、線になりかけている。
「調べる価値はありそうですね」
エヴァンの声は静かだった。
「ええ」
リリアンは立ち上がる。
その表情は、すでに決まっていた。
「明日の朝、礼拝堂を調べるわ」
「お一人で?」
「ええ」
迷いはない。
「すぐ終わるわよ」
そして――
ほんのわずかに、口元が歪む。
「……そろそろ終わらせるわよ、この事件」
エヴァンは深く一礼した。
「御意のままに」




