04
数日後。
転校生であるにもかかわらず、リリアンは目立っていた。
授業。課題。発言。
そのすべてで、群を抜いている。
「……また満点かよ」
「転校してきたばかりなのに?」
ざわめきが広がる。
リリアンは意図的にそれを無視した。
(見ているはずよ)
この異様な失踪事件。
何かしらの“選別”があるのなら――
優秀であること。
それが条件の一つである可能性は高い。
(だったら、目立つほうがいい)
そうして数日が過ぎた頃だった。
「――君」
授業の終わり際、教員に呼び止められる。
振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた男が立っていた。
「転校生だったね。ずいぶん熱心に授業を受けてくれて、嬉しいよ」
穏やかな声音。
どこにでもいそうな教師。
だが――
(……この笑顔)
ほんのわずか、胸の奥に引っかかる。
「あ、私はカイル・・・ってそんなに見つめてどうかした?」
「……いえ、なんでもありません」
リリアンは首を振る。
「そうか。ああ、そうだ」
男は思い出したように言った。
「これまでの授業内容、補講してあげようか。遅れを取り戻したいだろう?」
自然な提案。
断る理由はない。
むしろ――
「……ぜひ」
「うん、じゃあ明日の放課後にでも」
にこり、と笑う。
「こんなご時世だからね。気をつけて帰るんだよ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、教室を後にする。
(……どこかで見たことがある)
だが、思い出せない。
その違和感だけが、静かに残った。
⸻
その夜。
静まり返った屋敷の一室。
「――そういえば」
リリアンは紅茶を口にしながら言った。
「明日の放課後、補講をしてくれるそうよ。先生が」
エヴァンはわずかに眉を動かす。
「そうでしたか。お嬢様には不要かと思われますが」
「ええ。でも――」
カップを置く。
「教員から、今回の件について何か聞き出せるかもしれない」
「なるほど」
「それに」
一瞬、視線を落とす。
「あの先生、どこかで見覚えがあるのよね」
エヴァンはすぐに答えた。
「おそらく、エルシオン家の縁者かと」
「……やっぱり」
リリアンは小さく息を吐く。
「あの家は、みんなああいう笑い方をするのかしら」
「どうでしょう」
エヴァンはいつも通り、穏やかに微笑む。
その笑みは、どこまでも整っていて――どこまでも読み取れない。
「ところで、お嬢様」
話題を変えるように、彼は一礼する。
「明日もお早いでしょう。そろそろお休みになっては」
「……そうね」
リリアンは立ち上がる。
「そうするわ」
その声に、控えていた侍女たちが動こうとする。
だが――
「いいわ」
リリアンは静かに制した。
「あなたたちも休みなさい。エヴァンがいるから」
一瞬の間の後、侍女たちは頭を下げる。
「かしこまりました。お嬢様、お心遣いありがとうございます」
足音が遠ざかる。
部屋に残るのは、二人だけ。
静寂。
「……エヴァン」
「はい」
リリアンは少しだけ視線を逸らす。
「……運びなさい」
ほんのわずか、声が柔らかくなる。
エヴァンの口元が緩む。
「ふふ……承知いたしました」
軽々と、その身体を抱き上げる。
慣れた動作だった。
リリアンは抵抗しない。
ただ、目を閉じる。
――甘える、という行為は得意ではない。
本来なら、誰かに委ねるべき年齢だったはずなのに。
それを許されなかった。
あの日から。
けれど――
(エヴァンだけは)
ベッドにそっと下ろされる。
「それでは、お嬢様。おやすみなさいませ」
離れようとした、その瞬間。
「……エヴァ」
呼び止める。
エヴァンが振り返る。
「……眠れない」
ほんのわずかな沈黙。
そして――
「……リリ」
低く、柔らかな声。
「全く、仕方のない方だ」
苦笑のように呟きながら、ベッドへと腰掛ける。
そっと、手を差し出す。
リリアンは迷うことなく、それを掴んだ。
指先が触れた瞬間、力が抜ける。
昔と同じように。
何も失っていなかった頃のように。
互いの体温を確かめるように、手を繋ぐ。
本来なら許されない距離。
主と執事という関係の上では、決して。
それでも――
この二人には、互いしかいないのだ。
「……おやすみ、リリ」
返事はない。
すでに、静かな寝息が聞こえていた。
エヴァンはわずかに目を細める。
繋いだままの手を、そっと持ち上げ――
その甲に、静かに口づけた。
その行動はどこまでも優しく。
どこまでも、執着に満ちていた。




