03
曇天。
重く垂れ込めた雲が、学園の上に影を落としていた。
その門の前に、一台の馬車が静かに止まる。
扉が開き、小柄な少女が降り立った。
簡素な制服。控えめな髪型。
どこにでもいる“転校生”の姿。
――リリアン・グラナート。
「……騒がしいわね」
門の向こうでは、生徒たちがざわめいていた。
不安と恐怖が混じった声。
「また消えたんだって……」
「昨日も……」
リリアンは一瞥するだけで、興味を失う。
(感情に飲まれているだけ)
本質は、もっと別のところにある。
「では、お嬢様」
背後から、柔らかな声。
振り返れば、御者の姿をしたエヴァンがいた。
「私は予定通り、外周の警備に回ります」
「ええ」
「何かあれば、すぐに」
その瞳が、一瞬だけ鋭くなる。
「必ず、駆けつけます」
リリアンはわずかに頷いた。
「分かってる」
それだけで十分だった。
⸻
教室の扉を開けた瞬間、視線が一斉に集まる。
教師が咳払いを一つ。
「今日からこのクラスに加わることになった、リリアンだ」
簡単な紹介。
拍手は、まばら。
当然だ。こんな状況で転校してくる生徒など、歓迎されるはずもない。
「……よろしく」
短く、それだけ告げる。
教室の空気は重いままだった。
(やりにくいわね)
リリアンは内心でだけ呟く。
人と打ち解ける必要など、本来はない。
だが今回は違う。
“調査”だ。
空いている席に座ろうとした、そのとき。
「おい、」
声をかけてきたのは、一人の少年だった。
やや無遠慮な物言いだが、悪意はななそうだ。
「こんな時期に転校なんて、不運だな」
リリアンはちらりと視線を向ける。
「ええ、そうね」
淡々と返す。
「生徒が行方不明になってるって?」
「ああ、そうなんだ」
少年の表情が曇る。
「俺の親友も――」
そこで言葉が詰まった。
リリアンは間を置かずに問う。
「気の毒ね。どんな生徒だった?」
「……この学校で一番優秀なやつだったよ」
低い声。
「成績も、家柄も、文句なしでさ。なによりーー」
一瞬、口元が緩む。
「身分なんて気にしないで、誰にでも気さくで」
「そう」
リリアンはそれ以上の感想を述べなかった。
(優秀、ね)
⸻
放課後。
人の気配が減った校舎は、昼間とは別の顔を見せていた。
長い廊下。差し込む夕日。
伸びる影。
その一角で、リリアンは足を止める。
壁に背を預け、窓の外へ視線を向けた。
そこに、いた。
校門近く。何気なく立つ一人の男。
だがその視線は、正確にこちらを捉えている。
エヴァン。
(聞こえる距離ね)
わずかに顔を伏せ、声を落とす。
「……いくつかわかったことがあるわ」
窓越しに、彼の唇がわずかに動く。
――聞いています。
「行方不明になった子供たちは、全員“優秀者”」
静かに、言葉を紡ぐ。
「生徒会、学業、家柄。どれをとっても非の打ち所がない」
一拍。
「……選ばれているみたいね」
風が吹き、カーテンが揺れた。
エヴァンの表情は変わらない。
「他には?」
「それくらい」
リリアンは肩をすくめる。
「まだ浅いわ」
「そうですか」
その声は穏やかだった。
だが次の言葉には、わずかな熱が宿る。
「お嬢様」
「何」
「いえ、なんでもございません」
「分かってるわ」
リリアンは短く答える。
それ以上の言葉は、必要なかった。
二人の間には、それだけで通じるものがある。
沈みゆく夕日が、校舎を赤く染める。
その色はまるで――
これから流れるものを、予告しているかのよう




