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重たい鉄扉の向こう。


地下書庫には、古い紙とインクの匂いが満ちていた。


壁一面に並ぶ帳簿。


年代別に整頓され、背表紙には細かな番号が振られている。


「……すごい量ね」


リリアンが小さく呟く。


セドリックは当然のように答えた。


「ベルニエ家は国の金の流れを管理しているからね」


「王都だけでも膨大だ」


クラウスが迷いなく奥へ進む。


慣れているのだろう。


脚立を使い、一冊の分厚い帳簿を取り出した。


「こちらです」


机へ置かれた瞬間、鈍い音が響く。


かなり古い。


革張りも擦れている。


セドリックが白手袋をはめながら言った。


「問題の帳簿は、先代当主時代のものだ」


ページが開かれる。


細かな数字。

収支記録。

寄付金。

貿易利益。


リリアンは視線を滑らせていく。


その途中。


不自然な箇所で指が止まった。


「……これは?」


一か所だけ、妙に大きな金額。


しかも記載方法が他と違う。


セドリックはわずかに眉を寄せた。


「実は」


静かな声。


「当家は、闇カジノで利益を出していた時期があった」


空気が止まる。


リリアンが顔を上げた。


エヴァンの目も細くなる。


セドリックは淡々と続けた。


「とはいえ、先代時代の話だ」


「すでに父上は亡くなっている」


その言い方に、僅かな嫌悪が滲む。


「だが、我が家にとっては隠さなければならない過去だ」


「忌まわしい話だよ」


リリアンは帳簿へ視線を戻す。


闇カジノ。


違法賭博。


貴族や商人を相手に莫大な利益を得る裏商売。


確かに財政を担うベルニエ家にとっては致命的な醜聞だった。


エヴァンが静かに口を開く。


「なぜ、それを我々に?」


淡い水色の瞳が真っ直ぐセドリックを見る。


「そのような情報、私も知りませんでした」


クラウスも無言のまま立っている。


つまり、本当に限られた人間しか知らない話なのだ。


リリアンも小さく息を吐く。


「私も聞いたことがないわ」


「ということは、五大名家ですら知らない」


「当たり前だ」


セドリックは即答した。


「先代執事の話によると、国王陛下と父上の間だけで処理されたらしい」


「だから知っているのは、ごく限られた身内だけだ」


少し間を置く。


「私も知ったのは、父上が亡くなった後だよ」


静かな声だった。


だがそこには、父への複雑な感情が滲んでいた。


尊敬だけではない。


軽蔑も混じっている。


リリアンは帳簿をめくる。


「それで」


「この帳簿のどこに、うちの家が?」


セドリックはページの一角を指差した。


「ああ、ここだよ」


リリアンが視線を落とす。


そして。


「――っ!?」


息が止まる。


そこには確かに書かれていた。


『寄付者 グラナート家』


リリアンの指先が僅かに震える。


「そんな、はず……」


グラナート家が闇カジノへ資金提供?


ありえない。


父はそういう人間ではなかった。


セドリックは冷静に続けた。


「ああ。私もそう思った」


「だから調べた」


彼は帳簿へ指先を滑らせる。


「この文字をよく見て欲しい」


リリアンは目を凝らした。


確かに違和感がある。


「……インク」


「そう」


セドリックが頷く。


「事件当時のものに比べて新しい」


「後から書き加えられた可能性が高い」


リリアンはさらに目を細める。


そして、気づいた。


「筆跡が違う」


「ああ、その通りだ」


セドリックは静かに頷く。


「だが、現時点で分かるのはそこまでだ」


書き加えた人物。


目的。


何一つ分からない。


地下書庫に静寂が落ちる。


リリアンは帳簿を見つめたまま動かなかった。


グラナート家の記録。


そこに混ざる、誰かの悪意。


エヴァンが静かに隣へ立つ。

その気配でリリアンの頭が思考でいっぱいになっていたことに気がついた。


やがてセドリックが再び口を開く。


「この件について詳しく聞くなら」


「先代執事の元へ行く必要がある」


リリアンが顔を上げる。


「先代執事?」


「ああ」


セドリックは頷いた。


「現在はこの屋敷ではなく、離れで暮らしている」


「だが今でも我が家の管理補佐をしてくれていてね」


クラウスが静かに補足する。


「帳簿管理にも関わっておりました」


つまり。


この記録が作られた時代を知っている人物。


リリアンの目が静かに細まる。


「会わせてもらえる?」


セドリックは少しだけ考え――頷いた。


「構わない」


「ただし」


その声が少し低くなる。


「……あの人は、あまり“過去”を語りたがらない」

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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