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グラナート家の馬車が止まったのは、王都西区の静かな通りだった。


石造りの屋敷。


装飾は少ないが、古い家特有の重厚さがある。


門が開く。


出迎えたのは、灰色がかった黒髪の執事だった。


「お待ちしておりました、リリアン様」


クラウスは淡々と頭を下げる。


以前と変わらない、感情の見えにくい顔。


だが。


「エヴァン様も」


そう付け加えた声色は、執事交換前より僅かに柔らかかった。


リリアンはその違いに気づく。


エヴァンは相変わらず無表情だった。


「久しぶりね、クラウス」


「ええ」


短い返答。


クラウスは視線だけをエヴァンへ向ける。


以前、この男は露骨にエヴァンを避けていた。


“獣まがい”。


そういう目で見ていた。


だが執事交換後、その態度は変わった。


完全に好意的というわけではない。


けれど少なくとも、

“能力を認めている”。


そんな距離感だった。


「旦那様がお待ちです」


クラウスが先導する。


屋敷の中は静かだった。


余計な装飾より、本棚や資料棚が目立つ。


記録を扱う家らしい、紙やインクの匂いがかすかに漂っている。


応接室の扉が開く。


「やあ、リリアン嬢」


凛とした、隙のない声が響いた。


セドリック・ベルニエが椅子から立ち上がる。


淡い金髪をきっちりと撫でつけた青年は、今日も一分の乱れもない。


「この度はご招待いただき、ありがとうございます」


リリアンが礼をすると、セドリックは小さく頷いた。


「構わないさ」


そして、ちらりとエヴァンを見る。


「君の執事への報酬のようなものだからね」


リリアンが瞬きをする。


セドリックはわずかに肩を竦めた。


「執事交換の時に考えを改めたんだ」


「以前は失礼な態度を取ってしまったね」


あの時のセドリックは隠そうともしなかった。


“獣まがい”。


その言葉を、確かに口にした。


だが今の声音には、あの露骨な嫌悪はない。


エヴァンは静かに答える。


「気にしておりません」


「そうか」


セドリックはそれ以上触れなかった。


代わりに、クラウスが淡々と口を挟む。


「旦那様は、エヴァン様をかなり高く評価されています」


「クラウス」


「事実ですので」


即答。


リリアンは少しだけ目を細めた。


セドリックが誰かを評価するのは珍しい。


能力主義ではあるが、同時にかなり排他的な男だからだ。


セドリックは咳払いを一つして話を戻す。


「だから今回、帳簿を見せる気になった」


その場の空気がわずかに変わる。


エヴァンの淡い水色の瞳が静かに細められた。


セドリックは続ける。


「記録は真実のみを語る……私はそう思っていた」


静かな声だった。


「だが今回、それに改竄された痕跡が見つかった」


リリアンの視線が鋭くなる。


セドリックは机上のティーカップに指を添えた。


「本来、あの帳簿は誰にでも見せられるものじゃない」


「ですが?」


リリアンが促す。


セドリックは少しだけ目を伏せた。


「君たちが追っている“事故”――いや、“事件”か」


その言い直しに、リリアンの呼吸が僅かに止まる。


「それに関与している可能性が、ゼロではないと思った」


部屋が静まり返る。


クラウスも口を挟まない。


エヴァンだけが静かにセドリックを見ていた。


リリアンはゆっくり口を開く。


「セドリック様の見立てをお伺いしても?」


「まだ単なる疑問に過ぎない段階だ」


即答だった。


「事件と紐づけるには早い」


セドリックは立ち上がる。


「憶測だけで語るのは好みじゃないのでね」


らしい答えだった。


「……まあ、とりあえず書庫を見てもらおうか」


クラウスが扉を開ける。


「こちらへ」


四人は静かな廊下を歩き出した。


奥へ進むほど、紙とインクの匂いが濃くなる。


まるで、この屋敷そのものが巨大な記録庫みたいだった。


やがて重たい鉄扉の前でクラウスが立ち止まる。


鍵を回す音。


扉がゆっくり開く。


その先には。


天井近くまで積み上げられた、膨大な帳簿が並んでいた。

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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