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 ある日の午後。


 珍しくディオンがグラナート家へやって来ていた。


「で、今日はなんの用ですか?」


 リリアンが紅茶を口にしながら尋ねる。


 ディオンはソファにだらしなく座ったまま、ふーんと天井を見上げた。


「いやぁ、お前ももう十二歳だろ?」


「ええ」


「そろそろ婚約者がいてもおかしくない年齢だよなって話」


 ぴたり。


 リリアンの手が止まる。


「……は?」


 エヴァンの眉もわずかに動いた。


「グラナート家の唯一の跡取りである以上、お前は婿を取る側になる」


「……まあ、そうね」


「で、国王様がな。俺の取引先の貿易商の次男を紹介したらどうだって」


 リリアンが怪訝そうに目を細める。


「貿易商?」


「最近力をつけてきてる家だ。海外との繋がりも深いし、金もある」


「でも五大名家からすれば下位貴族でしょう?」


「まあな」


 ディオンは肩をすくめた。


「でも五大名家ともなると政略結婚したところで、相手側から得られる大きな利益もねぇし。まあ、外交関係以外はだけど」


外国の貴族との結婚であれば領地や友好関係の継続など何かしら目的が生まれることもある


(でも今回の婚約は…)


「……」


「それに国王も心配してんだろ。お前のこと」


 リリアンは小さく息を吐いた。


「私はそんなことをしている場合ではないのだけれど」


「だから別に結婚しろって話じゃねぇって」


 ディオンが笑う。


「まずは一回会ってみろよ。気に入らなきゃそれで終わりだ」


「……」


「相手はちょうど十五歳になるし、年齢的にも悪くない」


 すると横からノアが身を乗り出した。


「あ、あの! リリアン様!」


「なにかしら」


「その貿易商のご子息、巷では美形だと有名でして……!」


 きらきらした目。


「大変素敵な方です! ディオン様より紳士で、お優しくて!」


「おい」


 ディオンが低い声を出す。


「それどういう意味だよ」


「はっ」


 ノアが固まる。


「で、ディオン様にはディオン様の魅力があるという意味です!」


「完全に悪口だったろ今」


「ち、違いますってー!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める二人。


 リリアンは呆れたように紅茶を飲んだ。


「相変わらず騒がしいわね」



 二人が帰ったあと。


 静かになった部屋で、リリアンはソファへ体を預けた。


「……エヴァン」


「はい」


「今回のお見合い、どう思う?」


 エヴァンは少しだけ考える。


「正直に申し上げますと」


「ええ」


「リリアン様には、お慕いした方と結ばれてほしいものです」


 リリアンが目を瞬かせる。


「政略や、誰かの薦めではなく」


「……意外ね」


 くすりと笑う。


「あなた、色恋には興味がないかと思っていたのだけれど」


「お嬢様の色恋でしたら、執事として常に気にかけております」


 真顔。


 リリアンはじっとエヴァンを見る。


「……ふぅん?」


 だがエヴァンはそれ以上何も言わなかった。


 ただ静かに紅茶を淹れ直している。


(ほんと、何考えてるのか分からないわね)





 そして数日後。


 お茶会当日。


 リリアンは鏡の前に立っていた。


 淡いピンクのドレス。


 年相応の柔らかな色合いに、白いレースが繊細にあしらわれている。


 金の髪はゆるく巻かれ、真珠の髪飾りが揺れていた。


「お嬢様、本当によくお似合いです」


 使用人が嬉しそうに微笑む。


「……そう?」


 最近は淡い色のドレスも着る機会が増え、心なしか表情も明るくなったように感じる


 そこへ。


「お嬢様、お時間です」


 エヴァンがやって来た。


 一瞬。


 水色の瞳がわずかに見開かれる。


「……?」


「……いえ」


 エヴァンは静かに目を伏せた。


「大変、お綺麗です」


「……ありがとう」


 なぜか少し気恥ずかしい気持ちになるリリアンであった。



 応接室。


「初めまして」


 立ち上がった少年に、リリアンは思わず一瞬目を奪われた。


 柔らかな銀髪。


 青緑色の瞳。


 整った顔立ちはどこか中性的で、穏やかな雰囲気を纏っている。


「アレクシス・フォルナーと申します」


 十五歳。


 貿易商貴族フォルナー家の次男。


 リリアンはスカートを摘み、優雅に礼をした。


「リリアン・グラナートよ。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 柔らかな笑み。


 威圧感がない。


 それどころか、話しやすそうな空気すらあった。



 お茶会は穏やかに進んだ。


「他国へ行かれたことがあるのですか?」


「ええ。父について何度か」


 アレクシスが紅茶を置く。


「西側の港町や、南方の島国などへ」


「素敵ね」


「文化も食事も全然違うんです」


 彼は楽しそうに話した。


「でも、一番驚いたのは人々の価値観でした」


「価値観?」


「はい。国によって“当たり前”がまるで違うんです」


 リリアンは自然と聞き入っていた。


 仕事の話。


 貿易の話。


 海を越えた先にある国々の話。


 どれもリリアンの知らない世界だった。


「……面白いわね」


「本当ですか?」


「ええ」


 アレクシスが嬉しそうに笑う。


 その笑顔には嫌味がなかった。



「少し、お庭を歩きませんか?」


 食後。


 アレクシスがそう提案した。


 リリアンは一瞬エヴァンを見る。


 だが、


「大丈夫よ」


 そう言って席を立った。



 庭園。


 小さな花が風に揺れている。


 二人は並んで歩いた。


「綺麗ですね」


「ええ」


 リリアンは花へそっと触れる。


「リリアン嬢には、夢はありますか?」


「夢?」


「ええ」


 アレクシスは空を見上げた。


「僕は、この世界の人たちが偏見なく仲良く暮らせる世の中を見てみたいんです」


 静かな声。


「この国もまだまだ貧富の差も大きい。家柄や人種で差別されることも多いですし……移民への扱いも酷い」


「……」


「だから僕は、もっといろんな国へ行きたい」


 青緑の瞳が真っ直ぐ前を見る。


「たくさんの人と出会って、偏見をなくすために尽力したいんです」


 リリアンは少し驚いた。


 もっと軽い人間かと思っていた。


 だが違った。


 ちゃんと自分の意思を持っている。


「素敵ですね」


 自然と言葉が出る。


「あなたなら、きっとできますわ」


 アレクシスが少し照れたように笑う。


「ありがとうございます」


 そして今度は彼が尋ねた。


「リリアン嬢は?」


「え?」


「夢です」


 風が吹く。


 金の髪が揺れた。


「私の夢は――」


 リリアンは静かに目を細めた。


 胸の奥に浮かぶもの。


 それはまだ、言葉になりきっていなかった。

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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