24
早朝。
薄い朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
リリアンはゆっくりと目を開ける。
「……ん」
まだ眠気の残る頭のまま、体を起こした。
隣には、大きなダークグレーの狼。
静かな寝息。
柔らかな毛並みが朝日に照らされている。
(……ああ、戻ってきたのよね)
ぼんやりと思いながら、リリアンはベッドを降りた。
そのままふらふらと歩き、部屋のドアノブへ手をかける。
「……お嬢様?」
低い声。
振り返ると、エヴァンが身を起こしていた。
大きな体がもぞりと動く。
耳はだらんと垂れていて、まだ眠そうだ。
「お嬢様、まだ朝が早いです……」
欠伸混じりの声。
「もう少しお休みになられては?」
「……はっ」
そこでようやくリリアンが我に返る。
「習慣って怖いわね……」
ガルバとの朝のストレッチ。
一週間だけのはずだったのに、体が勝手に動いてしまった。
「エヴァン、少しバルコニーへ行ってくるわ。あなたはここにいて」
「ちょ、お嬢様――」
エヴァンの制止も聞かず、リリアンは部屋を出ていく。
⸻
朝の冷たい空気。
バルコニーに立ったリリアンは、ゆっくりと息を吸った。
「吸ってー……はいてー……」
腕を伸ばし、背筋を伸ばす。
ガルバに教わった動きを自然となぞっていた。
「……何をしているんですか」
後ろから不機嫌そうな声。
振り返ると、エヴァンが人の姿で立っていた。
寝起きなのか、少し髪が乱れている。
「それもガルバ様とのお約束ですか?」
「約束じゃないわ」
リリアンは肩を回しながら答える。
「でも、一週間も続けてたらやらないと落ち着かなくなってしまったのよ」
「……」
エヴァンの表情が微妙に曇る。
「ふぅー……よし」
リリアンは満足そうに息を吐いた。
「朝食にしましょう」
「…御意」
⸻
朝食。
テーブルには焼きたてのパンにサラダ、スープ、フルーツまで並んでいる。
以前のリリアンなら考えられない量だった。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
ぱくぱくぱく。
エヴァンが目を瞬かせる。
「……お嬢様?」
「なに?」
「随分と食べられますね……」
「ええ」
リリアンは紅茶を飲みながら頷く。
「ガルバとの生活は体力がいるの。だから、食べないと倒れるわ」
「ガルバ様はもういませんが……?」
ぴたり。
リリアンの手が止まる。
「……そういえば」
少し考え込む。
「毎日の稽古がないとしたら、運動ってどうしたらいいのかしら……」
エヴァンが嫌な予感を覚えた瞬間。
「そうだわ!」
リリアンがぱっと顔を上げた。
「エヴァン、便箋を準備して。ガルバに手紙を書くわ」
「はい……?」
エヴァンの顔が固まる。
「お嬢様、少しよろしいですか」
「なによ」
「ガルバ様ではなく、私が稽古のお相手をしますので」
にこり。
完璧な執事の笑み。
「それでよろしいですか?」
リリアンはきょとんとしたあと、苦笑した。
「大丈夫よ」
「……」
空気が止まる。
「……お嬢様?」
「そういう意味じゃないわ」
リリアンは慌てて言い直した。
「ガルバが言っていたの。治安を司る名家なのだから、エヴァンに助けてもらってばかりではなく、自分でも護身術くらいできるようにって」
「……」
「だから、あなたには頼りたくなかったの」
その瞬間。
エヴァンの表情が少しだけ揺れた。
「私は」
静かな声。
「一生、あなたのおそばで守り続けます」
水色の瞳が真っ直ぐリリアンを見る。
「それが私の使命です」
リリアンは少し困ったように笑った。
「わかってるわ」
「……」
「あなたのことは頼りにしてる。でも、いつまでもこのままってわけにもいかないでしょう?」
エヴァンはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……かしこまりました」
諦め半分、といった顔。
「では便箋を準備いたします」
「ええ」
「ですが」
エヴァンがじっとリリアンを見る。
「あなたの執事は私です」
「……」
「この先、あなたを抱えるのも私です」
妙に真剣な顔。
「お忘れなきよう」
リリアンはぽかんとしたあと、思わず額を押さえた。
「……全く」
ため息混じりに呟く。
「狼って、独占欲が強いのかしら」
エヴァンは何も答えなかった。
ただ、その口元だけが少し満足そうに緩んでいた。
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