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早朝。


 薄い朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。


 リリアンはゆっくりと目を開ける。


「……ん」


 まだ眠気の残る頭のまま、体を起こした。


 隣には、大きなダークグレーの狼。


 静かな寝息。


 柔らかな毛並みが朝日に照らされている。


(……ああ、戻ってきたのよね)


 ぼんやりと思いながら、リリアンはベッドを降りた。


 そのままふらふらと歩き、部屋のドアノブへ手をかける。


「……お嬢様?」


 低い声。


 振り返ると、エヴァンが身を起こしていた。


 大きな体がもぞりと動く。


 耳はだらんと垂れていて、まだ眠そうだ。


「お嬢様、まだ朝が早いです……」


 欠伸混じりの声。


「もう少しお休みになられては?」


「……はっ」


 そこでようやくリリアンが我に返る。


「習慣って怖いわね……」


 ガルバとの朝のストレッチ。


 一週間だけのはずだったのに、体が勝手に動いてしまった。


「エヴァン、少しバルコニーへ行ってくるわ。あなたはここにいて」


「ちょ、お嬢様――」


 エヴァンの制止も聞かず、リリアンは部屋を出ていく。



 朝の冷たい空気。


 バルコニーに立ったリリアンは、ゆっくりと息を吸った。


「吸ってー……はいてー……」


 腕を伸ばし、背筋を伸ばす。


 ガルバに教わった動きを自然となぞっていた。


「……何をしているんですか」


 後ろから不機嫌そうな声。


 振り返ると、エヴァンが人の姿で立っていた。


 寝起きなのか、少し髪が乱れている。


「それもガルバ様とのお約束ですか?」


「約束じゃないわ」


 リリアンは肩を回しながら答える。


「でも、一週間も続けてたらやらないと落ち着かなくなってしまったのよ」


「……」


 エヴァンの表情が微妙に曇る。


「ふぅー……よし」


 リリアンは満足そうに息を吐いた。


「朝食にしましょう」


「…御意」



 朝食。


 テーブルには焼きたてのパンにサラダ、スープ、フルーツまで並んでいる。


 以前のリリアンなら考えられない量だった。


 ぱくぱく。


 もぐもぐ。


 ぱくぱくぱく。


 エヴァンが目を瞬かせる。


「……お嬢様?」


「なに?」


「随分と食べられますね……」


「ええ」


 リリアンは紅茶を飲みながら頷く。


「ガルバとの生活は体力がいるの。だから、食べないと倒れるわ」


「ガルバ様はもういませんが……?」


 ぴたり。


 リリアンの手が止まる。


「……そういえば」


 少し考え込む。


「毎日の稽古がないとしたら、運動ってどうしたらいいのかしら……」


 エヴァンが嫌な予感を覚えた瞬間。


「そうだわ!」


 リリアンがぱっと顔を上げた。


「エヴァン、便箋を準備して。ガルバに手紙を書くわ」


「はい……?」


 エヴァンの顔が固まる。


「お嬢様、少しよろしいですか」


「なによ」


「ガルバ様ではなく、私が稽古のお相手をしますので」


 にこり。


 完璧な執事の笑み。


「それでよろしいですか?」


 リリアンはきょとんとしたあと、苦笑した。


「大丈夫よ」


「……」


 空気が止まる。


「……お嬢様?」


「そういう意味じゃないわ」


 リリアンは慌てて言い直した。


「ガルバが言っていたの。治安を司る名家なのだから、エヴァンに助けてもらってばかりではなく、自分でも護身術くらいできるようにって」


「……」


「だから、あなたには頼りたくなかったの」


 その瞬間。


 エヴァンの表情が少しだけ揺れた。


「私は」


 静かな声。


「一生、あなたのおそばで守り続けます」


 水色の瞳が真っ直ぐリリアンを見る。


「それが私の使命です」


 リリアンは少し困ったように笑った。


「わかってるわ」


「……」


「あなたのことは頼りにしてる。でも、いつまでもこのままってわけにもいかないでしょう?」


 エヴァンはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「……かしこまりました」


 諦め半分、といった顔。


「では便箋を準備いたします」


「ええ」


「ですが」


 エヴァンがじっとリリアンを見る。


「あなたの執事は私です」


「……」


「この先、あなたを抱えるのも私です」


 妙に真剣な顔。


「お忘れなきよう」


 リリアンはぽかんとしたあと、思わず額を押さえた。


「……全く」


 ため息混じりに呟く。


「狼って、独占欲が強いのかしら」


 エヴァンは何も答えなかった。


 ただ、その口元だけが少し満足そうに緩んでいた。

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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