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 夜会も終盤。


 楽団の演奏も穏やかなものへ変わり、貴族たちも少しずつ帰り支度を始めていた。


 そんな中、アシュレイが静かに口を開く。


「では、そろそろ我々もお暇させていただきますね。ユリウス」


「はい」


 ユリウスは丁寧に一礼した。


「ディオン様、一週間大変お世話になりました」


「おう」


 ディオンはぶっきらぼうに返す。


「まあ、一週間の執事のよしみだ。なんか困ったことあったら助けてやる」


 ユリウスがわずかに目を丸くする。


 その横でアシュレイが微笑んだ。


「ディオン殿。うちの家がこのような状況にも関わらず、ユリウスを受け入れてくださったこと感謝します」


「国王の命令だから仕方なくだよ」


 ディオンは肩をすくめる。


「じゃあな、ノア。行くぞ」


「はい!!」


 ノアがぱっと顔を輝かせる。


「僕がいなくて寂しかったですか!?」


「お前はそういうとこだぞ」


「ええええ!?」


「そんなんだから舐められんだよ」


「ひどいですってばー!!」


 騒がしく歩いていく二人。


 その後ろ姿を見送りながら、リリアンは思わず小さく笑った。


 エリックも静かに立ち上がる。


「エヴァン」


「はい」


「日程が整いましたら書面で知らせます。その際は、リリアン嬢とともに来るといいでしょう」


「……感謝します」


 エヴァンが深く頭を下げる。


「では皆様、また」


 エリックが踵を返す。


 その後ろを、クラウスが何も言わず静かについていった。


 ガルバがリリアンへ向き直る。


「リリアンお嬢様」


「なにかしら」


「この一週間、本当に楽しい時間でした」


 リリアンは少しだけ目を細める。


「……ええ。そうね」


 ほんの少し寂しそうな声だった。


「ガルバ」


「はい」


「定期的に私の稽古に付き合ってくれないかしら?」


 一瞬。


 ガルバの表情がぱっと明るくなる。


「ええ、もちろんでございます」


「楽しみにしてるわ」


 そのやり取りを見ていたレオンハルトが吹き出した。


「いいねえ、リリアンちゃん。今度は俺とも稽古しようね」


「考えておきます」


「断る気満々じゃないか」


「気のせいです」


「ははは!」


 レオンハルトは楽しそうに笑った。


「じゃあ、またね」


「ええ」



 挨拶を終え、リリアンとエヴァンも屋敷へ戻ることになった。


 馬車の中。


 エヴァンはいつものように静かだった。


 だが、リリアンはなんとなく落ち着かない。


 ちら、と隣を見る。


 エヴァンは窓の外を眺めている。


(……なんなのよ)


 結局そのまま、屋敷へ到着した。



「エヴァン」


 玄関でリリアンが振り返る。


「後で部屋に来てちょうだい」


「御意」



 しばらくして。


 リリアンの部屋。


 ベッドに腰掛けていたリリアンの耳に、控えめなノック音が届く。


「失礼いたします」


「入りなさい」


 エヴァンが部屋へ入ってくる。


「疲れてるところ悪いけど、この一週間の報告を」


「御意」


 エヴァンは静かに話し始めた。


「まず、ベルニエ家での業務内容ですが――」



 一通り話を終えたあと。


 エヴァンがふと表情を変えた。


「そして先ほど、エリック様から承諾を得られたのですが」


「承諾?」


「エリック様の屋敷の書庫には、国内……そして王宮の帳簿が保管されているそうです」


「それが?」


「エリック様曰く、帳簿が書き換えられている可能性があると」


 リリアンの表情が変わる。


「……どういう意味?」


「書き換えられたと思われる帳簿に、グラナート家先代当主の名前が記されていたそうです」


「……なんですって?お父様の名前が?」


 リリアンが立ち上がる。


 エヴァンは落ち着いたまま続けた。


「お嬢様。まだ可能性の段階です。確定ではありません」


「……でも、調べる価値はあるわね」


「ええ」


「エリック様は日程が整ったら、お嬢様とともに来るようにと」


「そう」


 リリアンはゆっくり腰を下ろした。


「……よほど気に入られたのね、あなた」


「執事として当然のことをしたまでです」


「ふぅん」


 リリアンは少し口を尖らせる。


「何か進展があるといいけど」


「そうですね」


 一瞬の沈黙。


 そしてエヴァンが、ふと口元を緩めた。


「ところでお嬢様は、どんな一週間を?」


「普通よ」


「……普通、ですか」


「何よ。なにか言いたそうね」


 エヴァンがベッドへ腰掛ける。


 急に距離が近づき、リリアンが僅かに肩を揺らした。


「お嬢様を抱えるのは、私だけかと思っておりました」


「……っ」


「それにファーストダンスまで踊って差し上げるなんて、随分お優しいことで」


「あなた、なんなのその態度は」


「別に。なんでもありませんが」


「ふーん?」


 リリアンはそっぽを向く。


「そういうことなら、もう私は休むから」


 だが。


 じーーーーー。


 エヴァンが動かない。


「……なによ!」


 次の瞬間。


 ――ボフッ。


「!?」


 突然狼へ変身したエヴァンが、そのまま布団へ潜り込んだ。


「ちょっとエヴァン!!」


 大きなダークグレーの体がもぞりと動く。


「何してるのよ、全く……!」


 エヴァンはリリアンの背中へ体を寄せ、そのまま眠る姿勢を取る。


 リリアンは呆れたようにため息をついた。


「……エヴァン」


 ぴく。


 狼の耳が動く。


「あなた、まさか嫉妬してるの?」


 耳がもう一度ぴくりと動いた。


 リリアンは思わず吹き出す。


「ほんと、あなたってバカね」


 そう言って横になる。


 するとエヴァンがもぞもぞ動き、今度は真正面へ。


 長い鼻先がリリアンの頬へ擦り寄る。


 ぺろり。


「なっ――!?」


 唇の端を舐められ、リリアンの顔が一気に真っ赤になる。


 エヴァンは上目遣いで小さく鳴いた。


「クゥン……」


「~~~~っ!!」


 リリアンは両手で顔を覆う。


「もうっ、仕方ないわね……!」


 そう言いながら、エヴァンの頭を撫でる。


 狼は満足そうに目を細めた。


 その姿を見て、リリアンもふっと力を抜く。


「……おやすみ、エヴァン」


 温かな毛並みに包まれながら、二人は静かに眠りにつくのだった。

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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