23
夜会も終盤。
楽団の演奏も穏やかなものへ変わり、貴族たちも少しずつ帰り支度を始めていた。
そんな中、アシュレイが静かに口を開く。
「では、そろそろ我々もお暇させていただきますね。ユリウス」
「はい」
ユリウスは丁寧に一礼した。
「ディオン様、一週間大変お世話になりました」
「おう」
ディオンはぶっきらぼうに返す。
「まあ、一週間の執事のよしみだ。なんか困ったことあったら助けてやる」
ユリウスがわずかに目を丸くする。
その横でアシュレイが微笑んだ。
「ディオン殿。うちの家がこのような状況にも関わらず、ユリウスを受け入れてくださったこと感謝します」
「国王の命令だから仕方なくだよ」
ディオンは肩をすくめる。
「じゃあな、ノア。行くぞ」
「はい!!」
ノアがぱっと顔を輝かせる。
「僕がいなくて寂しかったですか!?」
「お前はそういうとこだぞ」
「ええええ!?」
「そんなんだから舐められんだよ」
「ひどいですってばー!!」
騒がしく歩いていく二人。
その後ろ姿を見送りながら、リリアンは思わず小さく笑った。
エリックも静かに立ち上がる。
「エヴァン」
「はい」
「日程が整いましたら書面で知らせます。その際は、リリアン嬢とともに来るといいでしょう」
「……感謝します」
エヴァンが深く頭を下げる。
「では皆様、また」
エリックが踵を返す。
その後ろを、クラウスが何も言わず静かについていった。
ガルバがリリアンへ向き直る。
「リリアンお嬢様」
「なにかしら」
「この一週間、本当に楽しい時間でした」
リリアンは少しだけ目を細める。
「……ええ。そうね」
ほんの少し寂しそうな声だった。
「ガルバ」
「はい」
「定期的に私の稽古に付き合ってくれないかしら?」
一瞬。
ガルバの表情がぱっと明るくなる。
「ええ、もちろんでございます」
「楽しみにしてるわ」
そのやり取りを見ていたレオンハルトが吹き出した。
「いいねえ、リリアンちゃん。今度は俺とも稽古しようね」
「考えておきます」
「断る気満々じゃないか」
「気のせいです」
「ははは!」
レオンハルトは楽しそうに笑った。
「じゃあ、またね」
「ええ」
⸻
挨拶を終え、リリアンとエヴァンも屋敷へ戻ることになった。
馬車の中。
エヴァンはいつものように静かだった。
だが、リリアンはなんとなく落ち着かない。
ちら、と隣を見る。
エヴァンは窓の外を眺めている。
(……なんなのよ)
結局そのまま、屋敷へ到着した。
⸻
「エヴァン」
玄関でリリアンが振り返る。
「後で部屋に来てちょうだい」
「御意」
⸻
しばらくして。
リリアンの部屋。
ベッドに腰掛けていたリリアンの耳に、控えめなノック音が届く。
「失礼いたします」
「入りなさい」
エヴァンが部屋へ入ってくる。
「疲れてるところ悪いけど、この一週間の報告を」
「御意」
エヴァンは静かに話し始めた。
「まず、ベルニエ家での業務内容ですが――」
⸻
一通り話を終えたあと。
エヴァンがふと表情を変えた。
「そして先ほど、エリック様から承諾を得られたのですが」
「承諾?」
「エリック様の屋敷の書庫には、国内……そして王宮の帳簿が保管されているそうです」
「それが?」
「エリック様曰く、帳簿が書き換えられている可能性があると」
リリアンの表情が変わる。
「……どういう意味?」
「書き換えられたと思われる帳簿に、グラナート家先代当主の名前が記されていたそうです」
「……なんですって?お父様の名前が?」
リリアンが立ち上がる。
エヴァンは落ち着いたまま続けた。
「お嬢様。まだ可能性の段階です。確定ではありません」
「……でも、調べる価値はあるわね」
「ええ」
「エリック様は日程が整ったら、お嬢様とともに来るようにと」
「そう」
リリアンはゆっくり腰を下ろした。
「……よほど気に入られたのね、あなた」
「執事として当然のことをしたまでです」
「ふぅん」
リリアンは少し口を尖らせる。
「何か進展があるといいけど」
「そうですね」
一瞬の沈黙。
そしてエヴァンが、ふと口元を緩めた。
「ところでお嬢様は、どんな一週間を?」
「普通よ」
「……普通、ですか」
「何よ。なにか言いたそうね」
エヴァンがベッドへ腰掛ける。
急に距離が近づき、リリアンが僅かに肩を揺らした。
「お嬢様を抱えるのは、私だけかと思っておりました」
「……っ」
「それにファーストダンスまで踊って差し上げるなんて、随分お優しいことで」
「あなた、なんなのその態度は」
「別に。なんでもありませんが」
「ふーん?」
リリアンはそっぽを向く。
「そういうことなら、もう私は休むから」
だが。
じーーーーー。
エヴァンが動かない。
「……なによ!」
次の瞬間。
――ボフッ。
「!?」
突然狼へ変身したエヴァンが、そのまま布団へ潜り込んだ。
「ちょっとエヴァン!!」
大きなダークグレーの体がもぞりと動く。
「何してるのよ、全く……!」
エヴァンはリリアンの背中へ体を寄せ、そのまま眠る姿勢を取る。
リリアンは呆れたようにため息をついた。
「……エヴァン」
ぴく。
狼の耳が動く。
「あなた、まさか嫉妬してるの?」
耳がもう一度ぴくりと動いた。
リリアンは思わず吹き出す。
「ほんと、あなたってバカね」
そう言って横になる。
するとエヴァンがもぞもぞ動き、今度は真正面へ。
長い鼻先がリリアンの頬へ擦り寄る。
ぺろり。
「なっ――!?」
唇の端を舐められ、リリアンの顔が一気に真っ赤になる。
エヴァンは上目遣いで小さく鳴いた。
「クゥン……」
「~~~~っ!!」
リリアンは両手で顔を覆う。
「もうっ、仕方ないわね……!」
そう言いながら、エヴァンの頭を撫でる。
狼は満足そうに目を細めた。
その姿を見て、リリアンもふっと力を抜く。
「……おやすみ、エヴァン」
温かな毛並みに包まれながら、二人は静かに眠りにつくのだった。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!
少しでも良いと思ってくださった際には、評価やブックマークお願いします^_^




