19
――コンコン。
「失礼いたします」
朝。
まだ夢の中にいたリリアンは、布団の中でもぞりと動いた。
「ん……エヴァン?」
眠たげな声。
「まだ寝ていたんだけれど……」
「お嬢様、ガルバでございます」
「……あ」
ぱちり、と目が開く。
「そうだったわね……」
ベッドの上で髪を乱したまま、リリアンは小さくため息を吐いた。
「というか、エヴァンは私が目を覚ました頃に部屋へ来ていたわ」
「私、まだ寝ていたんだけど」
「申し訳ございません」
ガルバは綺麗に一礼する。
「ですが、昨日お嬢様から生活についてお話を伺いまして」
「少々、思うところがございました」
「……何よ」
ガルバは真剣な顔だった。
「お嬢様の生活は大変素晴らしいものです」
「勉学もお仕事も真面目にこなされている」
「教養も礼儀も申し分ございません」
「それと朝が早いことに何の関係があるのよ……」
「大いに関係があります」
きっぱり。
「お嬢様は、運動量と食事量が圧倒的に少ない」
「……」
「ですので、この一週間はお嬢様の健康管理に尽力させていただきます」
「たかが一週間の執事なんだから、そこまでしなくてもいいわよ」
「さて」
ガルバは爽やかに微笑んだ。
「そうと決まれば、朝のストレッチのお時間です」
「では失礼して」
「えっ、ちょ――」
次の瞬間。
また身体が浮いた。
「ちょっと!!」
「私をどこに運ぶ気!?」
「というか話を聞きなさいガルバーー!!」
廊下へ響く声。
側仕えたちが慌てる。
「お、お嬢様!?」
⸻
ピヨピヨ。
鳥のさえずりが響く。
朝の光が差し込むバルコニー。
「はい、吸って――」
ガルバの落ち着いた声。
「吐いて――」
「ふーーーー……」
リリアンはぎこちなく腕を伸ばした。
「……どうしてこんなことに」
ぶつぶつ呟きながら身体を動かす。
だが。
(……意外と気持ちいいかもしれない)
朝の空気は冷たく澄んでいる。
身体が少しずつ目覚めていく感覚。
それに。
ちらり、と視線を向ける。
ガルバの身体は、よく鍛えられていた。
軍属の家の執事らしく、無駄がない。
厚みのある肩。
引き締まった腕。
動きにも迷いがなかった。
(……さすがね)
リリアンは小さく感心する。
「さて、お嬢様」
ガルバが笑った。
「朝のストレッチは終了でございます」
「いかがでしたか?」
「……眠いわ」
「初日ですからね」
にこにことした笑顔。
「では朝食へ向かいましょう」
「ちょっと、運ばなくていいからね」
リリアンはぴしりと指をさす。
「ここは家の中よ」
「危険なんてないわ」
ガルバは少し残念そうにした。
「ふふ、承知いたしました」
⸻
朝食。
紅茶の香りが広がる食卓。
いつものように軽い朝食を取ろうとした、その時だった。
ぐぅぅぅ……
「――っ!?」
リリアンが固まる。
顔が一気に赤くなる。
「……」
ガルバが静かに微笑んだ。
「ストレッチをした甲斐がありましたね、お嬢様」
「本来、朝はお腹が空くものです」
侍女たちが微笑ましそうに視線を逸らす。
「今日はフルーツと紅茶だけではなく、サラダと卵料理もお持ちしました」
「ビタミンとタンパク質を摂りましょう」
「……」
リリアンは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……もう、あなたに任せるわ」
強引。
だけど。
自分のことを真剣に考えてくれているのは伝わる。
その真っ直ぐさに、リリアンは少しだけ弱かった。
⸻
午前の講義を終え。
午後。
執務室で書類整理をしていると。
「お嬢様」
ガルバの声。
「……何かしら」
「運動のお時間です」
「はい?」
リリアンが顔を上げる。
「書類仕事でお身体が凝り固まっておりますので」
「果たして貴族のレディに運動が必要なのか怪しいのだけれど」
「必要です」
またきっぱり。
「お嬢様は治安を司るグラナート家の当主でございます」
「いつでも執事に守られるだけではいけません」
「ご自身の身を守る術も必要です」
「護身術を覚えましょう」
「……」
確かに。
リリアンは小さく黙る。
今までは。
ずっとエヴァンがいた。
危険から守られることが当たり前だった。
だから、自分で戦うことを深く考えたことがない。
「……それもそうね」
ぽつりと呟く。
「今まではエヴァンがいたから、そんなこと考えもしなかったわ」
ガルバが穏やかに目を細めた。
「お嬢様の、そうやって柔軟に物事を受け入れられるところ」
「大変魅力的かと思います」
「エヴァン様もきっと驚かれますよ」
「エヴァンは関係ないわ!」
リリアンは勢いよく立ち上がった。
「必要だと思っただけよ!」
「ふふ」
ガルバが笑う。
「そうですね」
そして静かに一礼した。
「では、始めましょう」
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