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――コンコン。


「失礼いたします」


朝。


まだ夢の中にいたリリアンは、布団の中でもぞりと動いた。


「ん……エヴァン?」


眠たげな声。


「まだ寝ていたんだけれど……」


「お嬢様、ガルバでございます」


「……あ」


ぱちり、と目が開く。


「そうだったわね……」


ベッドの上で髪を乱したまま、リリアンは小さくため息を吐いた。


「というか、エヴァンは私が目を覚ました頃に部屋へ来ていたわ」


「私、まだ寝ていたんだけど」


「申し訳ございません」


ガルバは綺麗に一礼する。


「ですが、昨日お嬢様から生活についてお話を伺いまして」


「少々、思うところがございました」


「……何よ」


ガルバは真剣な顔だった。


「お嬢様の生活は大変素晴らしいものです」


「勉学もお仕事も真面目にこなされている」


「教養も礼儀も申し分ございません」


「それと朝が早いことに何の関係があるのよ……」


「大いに関係があります」


きっぱり。


「お嬢様は、運動量と食事量が圧倒的に少ない」


「……」


「ですので、この一週間はお嬢様の健康管理に尽力させていただきます」


「たかが一週間の執事なんだから、そこまでしなくてもいいわよ」


「さて」


ガルバは爽やかに微笑んだ。


「そうと決まれば、朝のストレッチのお時間です」


「では失礼して」


「えっ、ちょ――」


次の瞬間。


また身体が浮いた。


「ちょっと!!」


「私をどこに運ぶ気!?」


「というか話を聞きなさいガルバーー!!」


廊下へ響く声。


側仕えたちが慌てる。


「お、お嬢様!?」



ピヨピヨ。


鳥のさえずりが響く。


朝の光が差し込むバルコニー。


「はい、吸って――」


ガルバの落ち着いた声。


「吐いて――」


「ふーーーー……」


リリアンはぎこちなく腕を伸ばした。


「……どうしてこんなことに」


ぶつぶつ呟きながら身体を動かす。


だが。


(……意外と気持ちいいかもしれない)


朝の空気は冷たく澄んでいる。


身体が少しずつ目覚めていく感覚。


それに。


ちらり、と視線を向ける。


ガルバの身体は、よく鍛えられていた。


軍属の家の執事らしく、無駄がない。


厚みのある肩。


引き締まった腕。


動きにも迷いがなかった。


(……さすがね)


リリアンは小さく感心する。


「さて、お嬢様」


ガルバが笑った。


「朝のストレッチは終了でございます」


「いかがでしたか?」


「……眠いわ」


「初日ですからね」


にこにことした笑顔。


「では朝食へ向かいましょう」


「ちょっと、運ばなくていいからね」


リリアンはぴしりと指をさす。


「ここは家の中よ」


「危険なんてないわ」


ガルバは少し残念そうにした。


「ふふ、承知いたしました」



朝食。


紅茶の香りが広がる食卓。


いつものように軽い朝食を取ろうとした、その時だった。


ぐぅぅぅ……


「――っ!?」


リリアンが固まる。


顔が一気に赤くなる。


「……」


ガルバが静かに微笑んだ。


「ストレッチをした甲斐がありましたね、お嬢様」


「本来、朝はお腹が空くものです」


侍女たちが微笑ましそうに視線を逸らす。


「今日はフルーツと紅茶だけではなく、サラダと卵料理もお持ちしました」


「ビタミンとタンパク質を摂りましょう」


「……」


リリアンは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……もう、あなたに任せるわ」


強引。


だけど。


自分のことを真剣に考えてくれているのは伝わる。


その真っ直ぐさに、リリアンは少しだけ弱かった。



午前の講義を終え。


午後。


執務室で書類整理をしていると。


「お嬢様」


ガルバの声。


「……何かしら」


「運動のお時間です」


「はい?」


リリアンが顔を上げる。


「書類仕事でお身体が凝り固まっておりますので」


「果たして貴族のレディに運動が必要なのか怪しいのだけれど」


「必要です」


またきっぱり。


「お嬢様は治安を司るグラナート家の当主でございます」


「いつでも執事に守られるだけではいけません」


「ご自身の身を守る術も必要です」


「護身術を覚えましょう」


「……」


確かに。


リリアンは小さく黙る。


今までは。


ずっとエヴァンがいた。


危険から守られることが当たり前だった。


だから、自分で戦うことを深く考えたことがない。


「……それもそうね」


ぽつりと呟く。


「今まではエヴァンがいたから、そんなこと考えもしなかったわ」


ガルバが穏やかに目を細めた。


「お嬢様の、そうやって柔軟に物事を受け入れられるところ」


「大変魅力的かと思います」


「エヴァン様もきっと驚かれますよ」


「エヴァンは関係ないわ!」


リリアンは勢いよく立ち上がった。


「必要だと思っただけよ!」


「ふふ」


ガルバが笑う。


「そうですね」


そして静かに一礼した。


「では、始めましょう」

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!

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