20
ガルバが来てから、5日目。
朝。
リリアンは自然と目を覚ました。
薄く差し込む朝日。
静かな部屋。
以前のように、いつまでも布団に沈んでいることはない。
むしろ最近は、ガルバが来る前に起きるようになっていた。
――でないと。
(あの人、すぐ運ぶんだもの……)
思い出して、じわりと頬が引きつる。
貴族の令嬢が廊下を抱えられて移動するなど、本来あってはならない。
なのにガルバは真顔でやる。
本当に恐ろしい。
そんなことを考えていると。
――コンコン。
「お嬢様、失礼いたします」
「起きてるわよ」
リリアンはすぐに返事をした。
「さて、行きましょう」
扉が開く。
「お嬢様、おはようございます」
ガルバが柔らかく目を細めた。
「さすがでございます」
「毎朝運ばれそうになる恐怖があるもの」
「ふふ」
ガルバは楽しそうに笑うだけだった。
⸻
「吸って――」
「吐いて――」
朝のバルコニー。
いつものようにストレッチをしながら、リリアンはふと思う。
「……ねえ、ガルバ」
「はい」
「あなたって、もっと厳格な人かと思っていたわ」
「レオンハルト様と一緒にいる時は、もっと怖かったもの」
ガルバは少し考えるように目を伏せた。
「そう見えておりましたか」
「ええ」
「まあ、外では立場というものがございますので」
「そのように振る舞っていたのも事実でございます」
「それはそうよね」
アルヴェイン家は軍事を司る名家。
その執事ともなれば、自然と周囲へ威圧感を与える必要もあるのだろう。
だが今のガルバは、思っていたよりずっと穏やかだった。
するとガルバが、ふとこちらを見る。
「ですが」
「お嬢様も、この5日間で随分変わられました」
「……何が?」
「感情が豊かになられた」
「よく怒っていらっしゃる」
「それはあなたのせいでしょ!?」
リリアンが即座に言い返す。
ガルバは声を上げて笑った。
「失礼いたしました」
「ですが」
その声が、少しだけ優しくなる。
「あの事件の前は、お嬢様はもっと笑っておられました」
「……」
「その笑顔を」
「レオンハルト様も、私も、また見たいのでございます」
リリアンは動きを止めた。
風が金色の髪を揺らす。
「……ガルバ」
胸の奥が少し熱くなる。
自分が思っていたより。
ずっと多くの人が、自分を気にかけてくれていた。
そう気づかされる言葉だった。
ガルバは微笑む。
「ですが」
「1番お嬢様を想っているのは、やはりエヴァン様でしょうが」
「……わかってるわ、そんなこと」
少しだけ視線を逸らす。
「あと2日でございますね」
ガルバが空を見上げる。
「もう少しの辛抱です」
リリアンは少し黙った後。
ぽつりと呟いた。
「……そんなに悪くないわ」
「え?」
「あなたとの生活も」
ガルバが目を見開く。
「……っ」
珍しく言葉に詰まっていた。
「お嬢様……」
「もったいないお言葉でございます」
「大袈裟ね」
そう言いながらも、リリアンは少し笑っていた。
⸻
午後。
執務を終えた後の鍛錬。
「はっ……!」
木剣を振る。
以前より身体が軽い。
動きも随分良くなっていた。
「お嬢様、素晴らしい動きです」
ガルバが感心したように頷く。
「体幹も安定してきました」
「はあっ……はっ……」
リリアンは肩で息をしながら睨む。
「あなた、全然疲れてないじゃない!」
「私ばっかり疲れてるわ!」
ガルバは平然としていた。
「私は普段から戦っておりますので」
「わかってるわよ!」
悔しそうに髪を払う。
「……もう少しだけやるわ」
ガルバの目が柔らかく細められた。
「はい、お嬢様」
⸻
そうして。
ガルバとの時間は、驚くほどあっという間に過ぎていった。
そして。
夜会前日。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
「何かしら」
ガルバが少しだけ真面目な顔をする。
「明日の夜会ですが」
「私と、一曲踊っていただけますか?」
「……え?」
リリアンが瞬きをする。
「あなた、踊れるの?」
「もちろんでございます」
ガルバは当然のように答えた。
「これでも名家の執事ですので」
「……そう」
リリアンは少し考える。
「でも、夜会ではもう元の主人のところへ戻るのでしょう?」
「はい」
ガルバは静かに頷いた。
「ですが正直なところ」
「この一週間、大変楽しい時間を過ごさせていただきました」
「その最後の思い出として」
「夜会では、お嬢様をエスコートさせていただきたいのです」
リリアンは少し目を丸くする。
そして小さく息を吐いた。
「……そういうことなら」
「でも」
ぴしりと指を向ける。
「夜会までの時間、ちゃんと稽古つけてよね」
ガルバが吹き出した。
「ははははっ」
「お嬢様らしいですね」
「素晴らしい向上心です」
「当然よ」
リリアンもつられて笑う。
夜会の日まで稽古をしたい。
そんなふうに思っている自分が、少しおかしかった。
けれど。
悪くない。
本当に――悪くない一週間だった。
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