16
「やあ、リリアンちゃん!」
聞き慣れた大きな声。
振り向くと、背の高い男が片手を上げていた。
銀に近い灰色の髪。
軍服を思わせる黒い礼装。
アルヴェイン家当主――レオンハルト・アルヴェイン。
「“ちゃん”はやめてくださいと、以前にもお伝えしたはずです」
リリアンはため息混じりに言う。
「お久しぶりですね、レオンハルト様」
「ああ、そうだねぇ」
レオンハルトは豪快に笑った。
「前に会った時は君、まだ十歳にもなってなかったかな?」
首を傾げる。
「……あれ? 今もか?」
「……」
「はははは!」
リリアンは無言で目を細めた。
(相変わらずね……)
アルヴェイン家。
軍事と騎士団を束ねる、国防の名家。
グラナート家とは昔から関わりが深く、先代同士も親しかった。
そのせいか、レオンハルトは昔からリリアンを妹のように扱う。
軽薄そうに見えるが――
剣を握った瞬間、空気が変わる男だった。
幼い頃、一度だけ訓練場でその姿を見たことがある。
まるで別人のようで、少し怖かった。
「そういえば」
レオンハルトが声を落とす。
「君のところの執事も、やっぱり会場前で止められてたか」
「……ええ」
「今さら何を警戒してるんだかねぇ」
「そうね……」
リリアンも小さく頷く。
「そういえば、リリアン。もうすぐ誕生日だったね」
「ええ」
「何か欲しいものあるかい? クマのぬいぐるみとか」
「レオンハルト様」
リリアンはじっと彼を見る。
「私、もうそんな子供ではありませんので」
「おっと」
「お気持ちだけありがたく頂戴します」
「可愛げがないなー」
レオンハルトは肩を竦めた。
「本当に十二歳かい?」
「ちゃんと年齢わかってるじゃないですか」
その言葉に、彼は少しだけ目を細める。
リリアンは静かに続けた。
「……そんなふうに、わざと明るくしなくても大丈夫ですよ」
一瞬。
レオンハルトの笑みが止まる。
「あらら」
頭を掻く。
「バレてたか」
リリアンの壮絶な過去を知るレオンハルトは年齢に見合わず大人にならなければいけなかったリリアンをこうして、あえて子供扱いするのだ。
そして。
声を潜めた。
「……例の件は、その後どうだい?」
空気が変わる。
リリアンの表情も静かに沈んだ。
「……何もわかっていないわ」
「そうか」
レオンハルトは短く答えた。
そのとき。
「おいおい!」
会場の入口から大きな声が響く。
「執事を中に入れるなってどういうことだよ!」
現れたのは、赤茶色の髪の男。
ローデリア家当主――ディオン・ローデリア。
「ったく、王家も何考えてんだ?」
周囲を見回す。
「あー、お前らも執事外か?」
「ディオン様」
リリアンが軽く会釈する。
「お久しぶりです」
「おう、リリアン嬢」
ディオンは片手を上げた。
「災難だったな」
「ええ」
「しかしほんとどうなってんだよ」
肩を竦める。
「晩餐会くらい好きにやらせろって話だろ」
口調は荒い。
だが彼の外交手腕は国随一。
どんな相手とも渡り合う頭脳を持つ男だった。
そのとき。
「おや」
穏やかな声。
「皆様、お揃いでしたか」
会場へ入ってきたのは、細身の男。
ベルニエ家当主――セドリック・ベルニエ。
金縁の眼鏡を押し上げながら微笑む。
「おそらく今回の件で、王家も警戒しているのでしょう」
「……」
「それに」
視線がリリアンへ向く。
「グラナート家の執事は、なんというか……獣まがいですから」
空気が冷えた。
リリアンが静かに口を開く。
「……うちの執事は、自分の意思で変身くらいできますが?」
「ふふ」
セドリックは笑う。
「それは失礼」
「ただ、状況が状況だけに警戒されるのも仕方ない――そう申し上げただけですよ」
「おい、その辺にしとけ」
ディオンが割って入る。
「今は五大名家同士で揉めてる場合じゃねぇだろ」
「それもそうですね」
セドリックはあっさり引いた。
レオンハルトがふっと笑う。
「さて」
視線を入口へ向ける。
「王家と――例のエルシオン家当主のお出ましのようだよ」
会場内が静まり返る。
重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
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